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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第四章 宿命の吸血鬼編
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第83話 変えたい

 ___鈍い音と共に短剣が吸血鬼の腹を貫通し、刺した所から赤黒い血が流れ出ていく。


 彼女は思った。自分の手でこの吸血鬼が死んだのだ、と。


 自分がこの吸血鬼を殺してしまったのだ、と。


 彼女にとっては人生で初めての出来事だった。


 戦闘を好まない彼女は、今まで一度たりともその手を汚すことはなかった。


 だが、それも全て過去のこと。


 もう彼女は手を汚してしまった。潔白ではなくなったのだ。


 彼女は自分の手を見て震えが止まらなかった。


(殺しちゃった……もうこのヒトは死んだ……私が殺ったんだ……)


 落ち込み撃沈する彼女とは裏腹に、おとな達は歓喜に満ち溢れていた。


『偉いぞ、キル! よくやった!』


『やれば出来るじゃないか!』


 だがそんな彼らの賞賛も、死体を見つめている彼女には聞こえなかった。


 そんな時だった。


『おーい! もう一匹居たぞー!』


 声がしておとな達と共に彼女が向かった先には、一匹の小さな吸血鬼が血だらけ傷だらけの状態で地面に座り込んでいた。


 仲間を全滅させられたショックからか、戦意は消失しており、キラー・ヴァンパイア達が近付いても、ぴたりとも動かなかった。


 しかし、キラー・ヴァンパイア達は吸血鬼___少女を殺めることは出来なかった。


 金色のオーラは彼女が座る地面から放たれていて、その身体を包んでいた。


『な、何だあのオーラは』


『少ししか近付けねぇ……!』


 近付けることは出来るものの、彼女を纏うオーラを前にして彼らは太刀打ち出来ずにいた。


 と、突然戦意喪失していたはずの彼女の表情が変化した。


 キラー・ヴァンパイア達を見た彼女の眉がつり上がり、歯が音を立てて食いしばられる。


 彼女のまさに鬼のような形相と同じくして金色のオーラもその力を増して激しく放たれ始めた。


『な、何だ急に……』


『何が起こったんだ……?』


 目の前に広がっている異様な光景に、キラー・ヴァンパイア達の表情も深い恐怖に包まれていく。


 ホーリー・ヴァンパイアは神を信じ崇める種族であるため、一族を少女残して全滅させたことが神の怒りを買ったのだろうか。


 そしてその神の怒りが彼女の力を増幅させて、今のようにオーラとして可視化されているのだろうか。


 そんな考えが彼らの頭をよぎる。


『撤退! 撤退だぁー!』


 リーダーの鶴の一声により、キラー・ヴァンパイア達は蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げていった。


 これ以上この場に居てはいけない。誰もがそう思ったからである。


 彼女___キルも仲間と共にその場を後にしようと少女に背を向けて走っていた。


『お前らだけは絶対に許さないっ!』


 不意にそんな叫びが聞こえてきた。


 キルは弾かれるように振り返る。


 燃え盛る炎の中、座り込んだままの少女が目を見開いてこちらを睨んでいた。


 キルは背筋が凍るような気持ちになった。


 まるで呪いをかけられたように、その少女から目が離れない。


 少女とキルでは大分距離がある。


 しかもキルは走るのを止めていないため、その差はどんどん開いていく。


 それなのに、まるで金縛りにあったかのように少女から目を離すことが出来ないのだ。


 怒りと憎しみと悲しみと、色々な感情が少女の中で渦巻いているのが感じ取られた。


 その渦巻く感情が、少女の表情となり力となり叫びとなっているのだ。


 少女は座り込んだまま、ただひたすらに走り去っていく奇襲者達を憎悪の目で見つめていた。


 許さない、と怒りが込められた叫びは、その後もキルの頭から離れることはなかった___。


 ※※※※※※※※※


 イアンさんから全てを聞き終えた私は、今まで知らなかったキルちゃんの過去を知って暫く言葉が出なかった。


 決して人間界で言う戦国時代に生まれたわけではないのに、種族が違うだけで殺すことを当然と考えるような吸血鬼が育ってしまうという事実が信じられなかった。


 そしてキルちゃんが唯一殺めてしまったという吸血鬼のことも。


「そんな、酷いことがあったんですね……」


 私の言葉にイアンさんは黙って顎を引いた。


 きっと初めてこの事を知った時のイアンさんもこんな気持ちだったんだろう。


 何とも言えない歯がゆさ。


 与えられた運命に抗うことを許されなかった屈辱。


 誰かを自分の手で殺めた逃れられない過去と後悔。


 それらの感情が胸の中で渦巻いていた。


「この間キルが僕達に教えてくれたんだ。『最近その時のことを何度も夢に見るようになった』って」


「夢に出てくるんですか?」


「うん。ここ数日は無いみたいだけど」


 イアンさんは頷いて天井を仰いだ。


 きっとイアンさんもキルちゃんのことが心配なんだ。


 当たり前だ。家族同然の仲間が目の前で苦しんでいるのだから。


 分かっている。分かっているけど……。


 イアンさんならともかく、私に何か出来ることはあるのだろうか。


 良かれと思って行動しても、キルちゃんにとって良くないことだったら意味が無い。


 何よりキルちゃんの苦しみを増やしてしまうことになる。


 でも、だからって何も行動しないのは嫌だ。


 何とかしないといけない。してあげたい。


 キルちゃんを苦しめている悪夢だけでも消すことが出来たら。


 過去は変えられないし起こった事実も変わらない。


 だけど、せめて変えられるものは変えてあげたい。


 キルちゃんの過去を知った今だからこそ、キルちゃんの力になれるはずだから。


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