第82話 私のせいで
キルちゃんの言葉が沈黙の内に落ちた後、私達はその衝撃的な事実に言葉を失っていた。
キルちゃんは、ハイトとスレイとマーダが自分の昔の仲間だと告白したのだ。
「ということは、その三人も種族はキラー・ヴァンパイアってことか」
イアンさんの言葉にキルちゃんは黙って頷いて続ける。
「ユキにはまだ話してなかったんだけど、私、昔は一族の皆と一緒に暮らしてたの。私の種族はキラー・ヴァンパイアって言って、名前の通り『殺し』を目的としてる種族で」
キルちゃんは声のトーンを落として静かに言った。
「他の種族を殺してばかりだから嫌になって家出して、王都まで逃げてきた時にイアンが拾ってくれたんだ」
イアンさんを見上げながら、キルちゃんは少しだけ表情を緩める。
「そう、だったんだ……」
キルちゃん本人によって明かされた過去に、私はただ素直に頷くことしか出来なかった。
「ごめん、急に色んなこと言われても困るよね」
微笑してキルちゃんはまた謝る。
「ううん! そんなことないよ!」
「そう? ありがとう」
私が急いで否定すると、キルちゃんは私の顔を見上げて微笑をたたえたままお礼を言った。
「……まだ、生きてたんだ」
次に言葉を発した時には、キルちゃんの顔には微笑さえも消えていた。
「……ごめん」
キルちゃんは一言置くと、椅子から立ち上がって家を飛び出した。
「あっ、キルちゃ」
「ユキ」
追いかけようと立ち上がった私を、イアンさんが呼び止めた。
イアンさんは重い表情で振り返った私を見つめ、
「今は、そっとしてあげてくれ」
辛そうなその表情に、私は素直に頷くことしか出来なかった。
気付けばレオくんもミリアさんもイアンさんと同じ顔をしていた。
「も、申し訳ありません。私がキル様とレオ様を待とうなどと提案したばかりに……」
ミリアさんが申し訳なさそうに頭を下げた。
「ううん、ミリアのせいじゃないよ。誰も予想できなかったことだ。仕方ない」
イアンさんは、机の上で組んだ手を見つめながらそう言った。
「い、いえ、私の責任です。取り返しのつかないことをしてしまいました」
それでもミリアさんは肩を落として暗い顔をしていた。
※※※※※※※※※※
「俺、素振りしてきます」
「あっ……では、私は回復魔法の練習を」
重くのしかかった沈黙を振り払うように、レオくん、そしてミリアさんが声をあげ、二人とも家を出ていった。
「ごめんね、ユキ」
閉まるドアを見ていると、イアンさんがポツリと言った。
「え? 何でイアンさんが謝るんですか?」
振り返って、未だダイニングで座っているイアンさんを見る。
「せっかく久しぶりに来てくれたのに、こんなに重い空気になっちゃって。まさか、奴等がキルの仲間だったなんて思わなかったんだ」
「それは私もです。だから大丈夫ですよ」
私はもう一度座り直して言った。
まさかハイト達がキルちゃんの仲間だったなんて思いもしなかった。
「あ、あの、キルちゃんって……」
本人には『困っていない』と言ったものの、正直のところは頭の中がパニックを起こしていた。
ミリアさんが『ナース・ヴァンパイア』であることを知った際に、吸血鬼界の吸血鬼達は様々な種族に分かれていることは理解していた。
だから『キラー・ヴァンパイア』というのもこの世界に存在する種族の一つだと何となく察しがついた。
ついたけど……だからこそ気になってしまう。
キルちゃんについて、彼女の過去について、私が知らないことは山ほどある。
今の状況を踏まえると、無責任に『大丈夫だよ』とか『気にしないで』なんて言えるわけがない。
ちゃんとキルちゃんのことを知りたい。
知った上で、キルちゃんが困っているなら助けてあげたい。
イアンさんはそんな私の思いを汲み取ってくれたのか、ふぅと息をついてから、前置きをして話してくれた。
「これは、僕が彼女を鬼衛隊にスカウトした時に本人から聞いた話なんだけどね」
※※※※※※※※※※
___吸血鬼界に存在する様々な種族。
その中の一つである『キラー・ヴァンパイア』は、その名の通り殺しを目的に、生き甲斐にして命を繋いでいる種族だった。
自分達が生きるために他の種族を襲って殺し、その血肉を糧にしていた。
『キラー・ヴァンパイア』として生まれた者達は幼い頃からその精神を育まれ、こどもながらに殺すことが当然だと思っていた。
一族が一丸となって他種族を襲来する時も、こども達が率先して戦力になっていた。
そんな一族の中に命を宿した一匹の吸血鬼も、同じように殺しの精神を育まれて、同じように襲う際の戦力として求められた。
その甲斐あってか、彼女はみるみる成長し、一般的なおとなをも抜くほどの実力をつけた。
彼女の実力や実績を認めた一族は、彼女を『キル』と名付けた。
だが、キルと名付けられた彼女にある変化が生じた。
彼女はその実力があるにも関わらず、戦闘を好まなかった。
他種族の襲来に足を運んでも、その剣を振るうことはなかった。
何とかして彼女に戦闘精神を植え付けようと考えた一族のおとな達は、戦力が欠けているひ弱な種族を標的にした。
それが『ホーリー・ヴァンパイア』だった。
彼らはその名の通り、唯一神を主として崇め信じる平和な種族だった。
思わぬ奇襲をかけられた彼らに戦う術は当然無く、あっという間にやられていった。
『ほら、最後の一人だ。こいつを刺せば俺達の勝ちだぞ』
横たわる意識の無い吸血鬼をキルの前にやって、おとな達は言った。
『お前の手でこいつを終わらせてくれ』
『そうすれば俺達の明日のご飯が助かるんだ』
自分の行動が一族全員の運命を左右する。
そう言われた彼女は、腰に差した短剣を手に取った。
目の前で倒れている吸血鬼は息はしている。が、意識がない。
いとも簡単にその命を終わらせることができる。
(このヒトをこれで刺せば、皆が喜ぶのね)
戦闘は好きではない。だが、用意された状況は違う。
戦闘ではなく、一方がもう一方を殺める行為だ。
(大丈夫)
おとな達に期待の目を向けられながら、キルはとうとうその手を真っ赤な血で汚してしまったのだった___。




