第80話 二種族の話し合い
吸血鬼達でごった返している市場を抜けて家に着くと、イアンさんがドアを開けてくれた。
「ただいま」
「お帰りなさいませ、イアン様、ユキ様」
黄色の長髪を持つ吸血鬼、ミリアさんが礼儀正しくお辞儀をして私達を出迎えてくれた。
「お久しぶりです」
私もペコリと会釈を返す。
「ユキ様、お怪我は大丈夫ですか?」
礼儀正しく手をおへその辺りで重ねたミリアさんが尋ねてきた。
「えっ? どうしてそれを……」
「俺が言ったんだ」
私がミリアさんに問うよりも早く、誠さんが家の奥から歩いてきた。
「誠さん!」
誠さん、何で吸血鬼界に居るの? しかもイアンさん達の家に……。
そんな私の心の内を読んだのか、誠さんが吸血鬼界、そしてイアンさん達の家に来た理由を話してくれた。
「雪が吸血鬼に怪我を負わされたことを報告していたんだ。あの三人は俺も初めてだったからな」
どうやら合宿中にスピリアちゃんを襲った吸血鬼達ハイト、スレイ、マーダの三人組は、誠さんも見たことがなかったようだ。
武器と能力を奪った上で吸血鬼界に送り返したことは聞いていたけど、まさか誠さんが知らない吸血鬼達だったなんて。
「だが、俺が訪ねた時はイアンが不在でな」
「イアン様がお戻りになるまで待ってもらっていたんです」
誠さんの言葉を次いでミリアさんが言った。
誠さんは眼鏡をくいっと上げて、
「ひとまずイアン、話をしよう。お前を待っていたんだ」
「待たせてごめんね、マコトくん、と言いたいところだけど、僕のこと待っててくれたなんて嬉しいなぁ」
「別に他意は無い。そんなに嬉しそうにするな。気持ち悪い」
満面の笑みを見せるイアンさんに、誠さんは呆れたように吐息。もう一度眼鏡をくいっと指で押し上げていた。
※※※※※※※※※※
暫くして、イアンさんと誠さん、そして私とミリアさんによる話し合いが行われた。
元々はイアンさんと誠さんの二人だけの予定だったのだけど、ハイト達の事をよく知っているのは夏合宿中に彼らに出会った私だという話になって、私も二人の話し合いに混ざることになった。
さらにミリアさんをひとりぼっちにしてしまう状況になったので、私がミリアさんも呼んで、最終的にその場にいた全員で話し合うことに。
「そういえばキルちゃんとレオくんはどこにいるんですか?」
この家の住人が二人欠けていることに気付いて、私はイアンさんに尋ねた。
「二人は今王都で訓練してるよ」
「そうなんですね。偉いなぁ」
「聞きたいことはそれだけか? 出来れば話し合いを始めたいのだが」
誠さんが私を見て眼鏡をくいっ。三回目。
「あっ! すみません!」
慌てて謝ると、ミリアさんが上品に笑って言った。
「ふふふ。ユキ様は変わらず優しいですね。キル様達を気遣ってくださるなんて」
まるで自分が気遣われたみたいに嬉しそうなミリアさん。
「い、いえ、優しいなんてそんな。ただ気になっちゃっただけで。話し合いしなきゃいけないのにすみせん」
「謝るな。俺も他の吸血鬼がどこにいるか内心気になっていたんだ。話し合うふりをして奇襲されても困るし、居場所が分かって安心だ」
「奇襲なんて汚い手を僕達が使うわけないだろ? しかもマコトくんはユキを助けてくれた恩人だし、僕の友達だ。簡単には殺したりしないよ」
誠さんの懸念を否定して、イアンさんがまた嬉しそうに言った。
「一つ訂正しておくが、俺とお前は友達などという近しい関係ではない。正真正銘、敵同士だ」
今度は誠さんがイアンさんの言葉を否定した。
イアンさんはそれでも嬉しそうに『素直じゃないなぁ』と笑っていたけど。
「いつまでも喋っているわけにはいかん。手短に進めるぞ」
誠さんはそう前置きしてから私を見た。
「雪、まず奴等に出会った時から説明してほしい。もしかしたらこいつなら奴等を知っているかもしれない」
『奴等』というのはハイト達三人組のこと、『こいつ』というのはイアンさんのことだろう。
私は頷いて話し始めた。
海水浴の帰りにスピリアちゃんに出会ったこと。
最初は私と風馬くんを警戒して唸っていたけど、徐々に心を開いてくれたこと。
BBQ会場の近く、もとい山の中でハイト達の目的がスピリアちゃんの捕獲であると彼らの発言から分かったこと。
風馬くんと一緒に会場に戻ってBBQを終え、後片付けをして旅館に帰ろうとしていた時に、同級生の叫びが聞こえ、その場所に行ってみると、旅館に居たはずのスピリアちゃんがハイト、スレイ、マーダに襲われていたこと。
スピリアちゃんを助けるべく立ち向かったけど、逆にボコボコにされて、挙げ句の果てにマーダに右腕やその他の身体の部位を噛まれたこと。
結果的には、スピリアちゃんの救出に成功して彼女と共に二週間VEOの基地で療養してもらったこと。
全てを話し終えて私が一息つくと、誠さんがイアンさんに尋ねた。
「というわけだ。イアン、雪の話に出てきた吸血鬼達を知っているか?」
「私もマコト様からおおよそはお聞きしましたが、お見受けしない方々でした」
ミリアさんが誠さんの話の感想を伝え、それを聞いたイアンさんが顎に手をやって考え込む。
誠さんとミリアさん、そして私が沈黙のまま見守る中でイアンさんはやがて口を開いた。
「悪いけど、僕も聞いたことがないよ。少なくともこの辺に住んでる吸血鬼達じゃないね」
「そうか。お前でも分からなかったか。陛下の息子のお前なら知っていると思ったんだがな」
イアンさんはこう見えて(と言うと失礼だけど)吸血鬼界の王の息子なのだ。
だから誠さんも『イアンなら』と思ったのだろう。
イアンさんでさえハイト達のことを知らなかったのを考えると、彼らは王都周辺から離れた所に住んでいる吸血鬼達なのだろうか。
「イアンが知らないなら仕方がないな。VEOの方でも何か分かったら報告はするが……お前達も手は尽くしてほしい」
誠さんが諦めたように息をついた。
イアンさんとミリアさんが頷く。
それからイアンさんは続けて、
「分かった。この世界の者が人間に危害を加えたことは謝らなきゃいけない。申し訳なかった」
机に頭がつきそうなくらい深々と頭を下げた。
「それからユキも。怪我させてごめん。この世界の者として謝るよ。本当は彼らの口から直接謝らせないといけないんだけど、あいにく僕の知らない吸血鬼達だから」
私の方にも向き直って謝罪してくれた。
「そんな。イアンさんは何も悪くないんですから責任感じないでください。私は別に良いとして、スピリアちゃんが無事だったので謝ってもらわなくて大丈夫です」
「いや、吸血鬼が人間を襲ったとなれば大問題だ。僕もこの事はお父様に伝える。その三人には処罰を与えなくちゃいけない。もとより法律で定められてるんだ。『たとえどんな状況であっても罪のない天使や人間に危害を加えないこと』。彼らはそれに反した違反者だからね」
「あの、皆様」
イアンさんの言葉が途切れたのを見計らって、ミリアさんが手を挙げて私達に呼びかけた。
「ん? どうしたんだい? ミリア」
イアンさんが優しく尋ね、帰ろうと席を立った誠さんもミリアさんの方を見る。
「先程の三人、キル様やレオ様なら知っておられるかもしれません。お二人がお戻りになるのを待ちませんか?」
「そうか。キルもレオも違う種族だし、もしかしたら知ってるかもしれないね」
ミリアさんの言葉に頷き、イアンさんは名案だと顔を輝かせる。
「すまないが、これ以上長居は出来ない。組織の仕事も残っているから、俺はここでお暇する」
でも席を立った誠さんは、そう言ってそのまま出口へと向かった。
「そうなのか。残念。じゃあ後は僕達に任せて」
イアンさんは残念そうに肩を竦めたけど、親指を立てて明るく言った。
「あぁ。頼む。スピリアの容態が完治したらまたお邪魔する」
イアンさんの言葉に頷くと、誠さんはドアを開けて家を出て行った。




