第78話 事態の収束
「――――」
私はゆっくりと目を開けた。
ぼやけた視界が徐々に鮮明になっていく。視界に映ったのはどこか懐かしさを感じる白い天井だった。
「起きたか」
次に視界に映ったのは誠さんだった。
「誠……さん……?」
どうして誠さんが? 私、旅館に居たはずなのに……。
背中に伝わる柔らかい感触。
それに仰向けになっているから、きっとここはベッドの上だ。
この一面白の部屋。そして誠さんが居ることを踏まえると。
ここはおそらく吸血鬼抹消組織=VEOの基地だ。
「俺のことが分かるなら大丈夫だな」
安心したように誠さんが口角を上げる。
意識が途切れる前のことを思い出そうと頭を捻った。
徐々に浮かんでくる光景。その中にスピリアちゃんの姿があった。
そして彼女を狙っていた三体の吸血鬼も。
場所は旅館の前で、何故か居場所がバレてしまったスピリアちゃんが三体に襲われていたんだ。
それを助けようとしてマーダに腕を噛まれて、でも最終的には助けることができたんだよね。
腕の中で涙を流していたスピリアちゃんは覚えてるから。
そうだ。スピリアちゃん、大丈夫なのかな。それに今どこにいるの……?
「スピリアちゃんは……」
「あの子なら大丈夫だ。こちらで保護している」
「そう、ですか……。ありがとうございます……」
「にしても、無茶し過ぎだぞ、雪。担任の先生が通報してくれたから俺達も駆け付けることが出来たが、もしあのまま倒れていたら確実に死んでいた」
ベッドの側の椅子に腰掛け、誠さんが腕を組んだ。
「す、すみません……」
「いくら吸血鬼の女の子が狙われているからと言って生身で助けようとする馬鹿がどこにいる」
誠さん、相当怒ってる。
「ご、ごめんなさい……私、どうしても、守りたくて……」
「お前の気持ちは分かる。だが少しは自分の事も考えろ。噛まれた所が悪かったら神経にまで影響していたかもしれなかったんだぞ。一生歩けない体になるところだったんだ」
「はい……」
誠さんの言葉に頷くしかない。悪いのは何も顧みずに飛び出していった私だ。
あれ、でも、私がマーダに噛まれたのって……。
「誠さん。私、噛まれたの腕だけですよ」
「他にも噛まれていたぞ。背中やら肩やら。多分お前があの娘を助けて気を失った後だ」
いつの間に噛まれた部位が増えてるの? どうりであちこちが痛むと思った。
「スピリアちゃんは、大丈夫なんですか? あの子も、いっぱい、怪我してたんです」
「あぁ。あの子の処置も終わっている。他人の心配出来るくらいならもう大丈夫だな、雪」
誠さんはため息をつきながら呆れたように笑って、
「それと、少年にも感謝しておくんだな」
「少年……?」
「雪がどんな状態で噛まれて、最後気を失ったかを詳しく全部教えてくれた生徒がいたんだ。自分で名乗っていたが、確か、柊木とか言う名前だったか」
風馬くんか。やっぱり優しいな。ちゃんと私の事報告してくれたんだ。
「じゃあ、俺は他の仕事もあるから一旦失礼する。安静にしておけ」
誠さんはそう言って部屋を出て行った。
それから私は傷が完治するまで余裕を持って二週間、VEOの基地で入院する形となった。
後から聞いた話では、私が気を失った後、先生の通報で誠さん達VEOが旅館まで駆けつけてハイトとスレイとマーダを捕獲。同時に倒れていた私とスピリアちゃんを保護して、基地まで運んでくれたそうだ。
あの後、夏合宿は生徒の安全を考慮して中止となり、生徒達は速かに自宅に送られたらしい。
なお、捕獲された三体は後の調べで身元が判明した。
VEOによる特別な措置で、彼らの持っていた武器や能力を奪った状態で、三人とも無事に吸血鬼界へ送り返されたという。
彼らはキラー・ヴァンパイアという種族に属していた。その名の通り他種族を攻撃して血肉を糧に生活している種族らしい。
スピリアちゃんの属するホーリー・ヴァンパイアという種族は、その犠牲になった種族の一つで、彼らの中で唯一生き残ったスピリアちゃんを殺すためにあの三体はずっと彼女を追い続けていた。
そして何かの拍子に人間界へと降りてしまったスピリアちゃんを追った結果、今回の事態が起こったという――。
入院中はもちろん学校を欠席することになってしまった。
だけど先生と風馬くんが毎日お見舞いに来てくれた。
先生は勤務が終わった夜にその日の宿題や連絡事項を伝えてくれて、風馬くんは放課後にVEOの基地に欠かさず来て私とたくさん話してくれた。
私のせいで夏合宿が中止になってしまったことを謝ると、風馬くんは『村瀬のせいじゃない。悪いのはあの吸血鬼達だ』と笑顔で言ってくれた。
――それに、もう最終日でバーベキューも終わってたからあとは帰るだけだったし。帰る時間が早まっただけだよ。
とも言ってくれた。
そのおかげで少し心が軽くなった。
一週間が経った頃には傷も塞がり、数日のリハビリの甲斐あって私は一人で歩けるようになっていた。
そのため、スピリアちゃんの部屋に遊びに行くことも許された。
初めて彼女の部屋に行った時、彼女は号泣しながら私を怪我させてしまったことを謝ってくれた。
スピリアちゃんの方が私なんかよりもずっとずっと痛くて苦しい思いをしたはずなのに、そんな事にはお構いなしで、私のためにたくさん涙を流してくれた。
彼女の優しさが私には素直に嬉しかった。
そして二週間の入院生活を経て、いつも通りの学校生活が始まった。
これにて第三章 夏合宿編完結です!
ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!
次話から第四章 宿命の吸血鬼編をお楽しみください!




