第77話 小さな命を守るために
三体の吸血鬼が放つ殺気に負けそうになるのをグッと堪える。
ここで尻込みしたら駄目だ。スピリアちゃんを助けなきゃ。
「何でスピリアちゃんを攻撃したんですか」
すると赤紫髪のハイトがさも当然と言わんばかりに笑って言った。
「フンッ! 当たり前だろ。こいつをぶっ倒せば俺達の生活が豊かになるからだ」
どういうこと……? スピリアちゃんを倒したら生活が豊かになる……?
「ふざけないでください! そんな理不尽なこと許されるわけないでしょ!」
「はぁ⁉︎ っるせぇな! 理不尽なのはあの世界だろーが!」
あの世界? 吸血鬼界のこと? あそこが理不尽ってどういうことなの……?
「ハイト。今はそんな話をしている場合ではない。こんな人間など放っておけ」
青紫髪のスレイが私に背を向けて、再びスピリアちゃんの元へ行こうとした。
「待って! スピリアちゃんを殺さないで!」
「お嬢ちゃん、あんたには関係ないでしょぉ? これはね、私達吸血鬼の問題なの」
他の皆に聞こえるのが嫌だったのか、『吸血鬼』という言葉だけを私の耳元で囁いてマーダは言った。
口調こそ穏やかだけど、その裏に隠れている殺気は尋常じゃない。
「私達はね、他の種族を殺してその血肉を食べて生活しているの。その生活源が絶たれると困るわけ。理解ってくれるわよねぇ?」
ますます理解できない。同じ吸血鬼同士で殺し合ってるってこと?
どうしてそんな……。戦争状態になってるわけでもないのに。
「理解ってね、お嬢ちゃん」
マーダは長い爪で私のおでこをピンと弾いた。
軽い痛みがやってきた。と思った時には。
「うっ!」
物凄く強力な衝撃波みたいなものに飛ばされ、強かに尻もちをついていた。
「村瀬! 大丈夫か!」
風馬くんが駆け寄って体を支えてくれた。
「あ、ありがとう……」
「あらぁ、ごめんなさいね。ちょっと力入れ過ぎちゃったかしらぁ」
指を顎にやって私を見下ろすマーダ。
何で? 私はいわゆるデコピンをされただけなのに。
こんなに飛ばされるなんてあり得ない。
「リィィっ!」
「っ!」
スピリアちゃんの叫び声に視線を移すと、ハイトとスレイが彼女の肩やお腹にかぶりついていた。
吸血鬼。その名の通り血を吸う鬼の姿がそこにはあった。
私がマーダに気を取られている間に二人はスピリアちゃんの元に行ってたんだ。
「あぁ、駄目! スピリアちゃんから離れて!」
叫び、彼女の元へ行こうと駆け出した。
「行かせないわよ、お嬢ちゃん。仕方のないことなんだから黙って見ててちょうだい」
「くっ!」
マーダに腕を掴まれて身動きが取れなくなる。
「嫌だ! 離して! スピリアちゃんが死んじゃう!」
それでも何とかマーダから離れようともがく。でも彼女の握力は予想以上に強くて簡単にその手を解くことが出来ない。
「無理だって、言ってる、でしょ!」
こうしてもがいている間にもスピリアちゃんの体からは血が吸われていき、噛まれたところから大量に血が溢れ出している。
「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 離して! お願い! お願いだから!」
「うるさいわね……出来るだけ手は出したくなかったけどっ……」
ガブリ。
「うぅっ!」
「村瀬!」
後ろで風馬くんが叫んだのが聞こえた。
と同時に腕に襲いかかる突き刺すような激痛。そして肌色が赤色に染まっていく。
突き刺すような激痛はやがてジンジンと長く続く痛みへと変貌する。
噛まれたのだと、瞬時に感じた。
見れば、マーダが掴んでいる右腕にかぶりついていた。
体にあるものが無くなっていくような感覚。言葉では言い表せないけど確かに何かが出て行っていると分かった。
「あぁっ……! い、痛い……! っ!」
血を吸われるということがこんなにも痛くて苦しいものだとは知らなかった。
むしろ普通に生きていれば、まず体験しないことだから当然だけど。
「なに? どうしたの――」
背後から声がした。先生の声だ。
おそらく今までの騒ぎを聞きつけて来てくださったのだろう。
「む、村瀬さん……!」
先生が息を呑んでいる。離れていても分かった。
「何よもう、邪魔者ばっかり……」
マーダは鬱陶しそうにため息をつくと、私の腕を離して強く突き飛ばしてきた。
「うっ!」
「村瀬!」
地面とは違う柔らかくて温かい感触を背中に感じた。そして頭上から降ってくる風馬くんの声。
受け止めてくれたんだ。やっぱり優しいな。なんて、そんな悠長なことを考えている暇はない。
早くスピリアちゃんを助けなきゃ。
「駄目だ村瀬! 怪我してるんだぞ!」
立ち上がろうとした私を風馬くんが引き戻した。その拍子に腕が風をきって激痛が走る。
「うぅっっ!」
思わず右腕を押さえて座り込む。
駄目だ。私がここで立ち止まってちゃ駄目だ。
遠くからスピリアちゃんの叫び声が聞こえている。助けなきゃ。分かってるのに。
いや違う。分かってるからこそ体を動かさなきゃ。腕を噛まれただけだ。他の部分はまだ動くんだから。
「スピリアちゃんから離れてっ!」
叫び、駆け出した。痛みに苦しみ悶えている小さな命を守るために。
敵を振り切り、命の光を両手で抱き止める。
身体全体で砂の上を滑り、ようやく止まったところで声がした。
「ユ……キ……」
腕の中で、スピリアちゃんが涙を流していた。
「良かった……」
突如として視界が暗闇に包まれた。




