第76話 襲われたスピリア
「村瀬」
風馬くんが私を真剣な顔で見つめてくる。
「う、うん!」
私も頬に汗を浮かべつつ頷く。
きっとさっきの吸血鬼達が旅館の近くに来たんだ。
行かなきゃ。
私と風馬くんは『何かがいる』と叫んだ人の方へ走った。
何と、叫んでいた人がいたのは旅館の前だった。
既に叫び声を聞きつけた多くの生徒達で現場はごった返していた。
何事かと首を伸ばし、友達同士でコソコソと何か言い合ったり。
まるで殺人現場を目の当たりにしているような状況だった。
「どうした?」
風馬くんが息を切らしながら群がりの一人に尋ねる。
「い、いや、何か黒マントした変な奴らが喧嘩してるんだよ」
男子生徒が震える手で現場となっている所を指差した。
その方向に視線を移すと……。
「っ!」
私は思わず息を呑んだ。
目の前に広がっているのは戦場だった。
旅館の前の砂の上で四体の吸血鬼が攻撃し合っていた。
いや、正確には三体vs一体。
攻撃を躱して飛び回り、周りの木の幹を踏み台にして、また三体へと突っ込む小さな体の吸血鬼。
水色の髪を乱して、槍を振り回す傷だらけのスピリアちゃんの姿があった。
そして相手となっている三体は、さっき私が見たハイト、スレイ、マーダだった。
「あいつら、さっき見かけた奴らだよな」
風馬くんがそっと私に耳打ちをする。私は頷き、再び視線を戦場へと戻した。
何で、何でスピリアちゃんの居場所が分かったの?
それに、スピリアちゃんは光の粒に姿を変えて私の鞄に隠れていたはず。
私と風馬くんの部屋の中に入らなければ分からないこと……のはずなのに。
「ふん! 槍で突っ込んできたからって、俺が怖気付くと思うなよっ!」
赤紫色の短髪を五本指でかき上げ、ハイトが余裕綽綽と剣を構える。
彼が構えた剣からは赤い炎がメラメラと燃え盛っている。
そして身を挺して槍ごと突っ込んできたスピリアちゃんを、
「隙だらけだっ!」
身を屈め、彼女が突っ込んでくると同時にそのみぞおちを斬りつけた。
「リィィっ!」
お腹に傷を負ったスピリアちゃんは、その反動で土煙を上げて地面に落下。
「これでケリをつけてやる」
倒れたスピリアちゃんに向かって手をかざしたスレイは、右の掌から青白い光のようなものを放って、スピリアちゃんの身体を宙に浮かせた。
その青白い光は、まるで鋭い電磁波のような突風を巻き起こす。
辺りの砂が宙を舞い、砂埃が起こる。
現場を目の当たりにしている私達は、巻き起こる風と砂埃に、思わず手腕で防御体勢を取る。
「マーダ」
振り返り、もう一人の吸血鬼の名を呼ぶスレイ。
「りょーかい。私に始末しろって言うのね」
マーダは濃い桃髪をたなびかせながら優雅に歩き、宙に浮いたままのスピリアちゃんに近付く。
「ごめんね、おチビちゃん。あんたを消さないと私達も怒られちゃうわけ」
顔を歪めるスピリアちゃんの頬をツンとつついて笑みを浮かべ、拳を掲げて固く握った。
「リッ! くぅぅぅ……っ!」
突如苦しそうに首を押さえて悶えるスピリアちゃん。
「何⁉︎ 何が起こってるの⁉︎」
目前にいる吸血鬼は空中で拳を握っただけ。
それなのに急にスピリアちゃんが苦しみ始めたのだ。
あまりにも信じがたい光景に、生徒達も息を呑む音が微かに聞こえる。
「マズい。奴ら、本気でスピリアを殺す気だ!」
風馬くんが隣で叫ぶ。
そんな……。駄目だ。殺したら駄目だ。
「止めてぇー!」
ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……。
地面を見ながら、私は呼吸を整える。
「な〜に? お嬢ちゃん」
地面に影がかかって顔を上げると、マーダが目の前にいた。
「えっ……」
彼女の殺気を感じる冷たい目に圧倒され、呻くような声しか出なかった。
私は、思わず叫んでいたのだ。あまりにも残酷な光景を目の当たりにして、考えるよりも先に口が動いていたのだ。
止めてほしい。スピリアちゃんを殺さないでほしい。
その思いが口をついで言葉に、叫びになっていたのだ。
目だけで視線を移すと、スピリアちゃんは震えて涙を流しながら白砂の上にうつ伏せになっていた。
そして彼女の近くで電磁波を発していたはずのスレイも、剣撃を終えたハイトも、そこにはいなかった。
いや、移動していた。移動して、私の目前にマーダと並んで立っていた。
気付けば周りにごった返していたはずの皆も数メートルほど離れている。
風馬くんは藤本くんに手を引かれ、でも皆よりは少し前にいた。
「てめぇ、何のつもりだ? 叫ばれたら耳がぶっ壊れるだろうが」
赤紫髪のハイトが眉をつり上げ、手を腰にやって私を睨んでいた。
「人間、何故俺達の邪魔をする」
腕を組み、私を見下ろす青紫髪のスレイ。
そして、私の目の前にいる笑顔のマーダ。濃い桃髪を風に揺らして微笑んでいる。
「え、えっと、あの、だから……」
予想外の出来事に頭が追いつかない。言葉が思いつかない。言うべき言葉が出てこない。
「だから、どうしたの?」
マーダの微笑みに優しさは欠片もない。
彼らから鋭い刃のような殺気だけが、ムンムンと伝わってきた。




