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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第三章 夏合宿編
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第74話 差し出された手

「……ごめんなさい」


「え?」


 肩で息をしながら、風馬くんが聞き返す。


「私、風馬くんの気持ちも考えないで自分勝手に動いて、今だって勝手に逃げ出して皆に迷惑かけて、本当にごめんなさい」


 私は風馬くんに向かって頭を下げた。


「き、急にどうしたんだよ、村瀬」


「……ごめん、なさい」


 唇を噛みしめ、目を瞑り、その拍子にまた涙が流れる。


 また謝らなければいけないことが増えた。


 こうやって風馬くんの手を煩わせてしまったから。


「な、泣くなよ、村瀬。もう大丈夫だから」


 『何が』とは言わないで、風馬くんは私の涙を指で拭ってくれた。


 そして優しい笑みを浮かべてくれた。


「あはは、恥ずかしい……。こんなところ見られたくなかったのに」


 自分に対する情けなさへの自笑と、泣き顔を見られた恥ずかしさを誤魔化すための笑い。


 その二つが結合されたように笑って、私は涙を両腕で拭った。


「もしかして後藤に何か言われたのか?」


 風馬くんが私の顔を覗き込むようにして尋ねてきた。


「ううん、違う」


「じゃあ……藤本か?」


「ううん、藤本くんじゃない」


 思い当たる人物の名前を挙げていって、風馬くんは私が萎れている理由を探り始める。


 でも私は全てに対して首を振った。


 確かに金網の場所に行って藤本くんや後藤さんに冷たい視線を送られたのは事実だ。


 でもその後の言葉は全くの嘘。


 あくまでも私が悪口を言われているような気になっただけで、実際は何も言われていないのだ。


 つまるところ、私の被害妄想であり勝手な想像なのだ。


 自分で作り上げた勝手な悪口を本当に言われるに違いないと思って、実際に言われるのが怖くて言われる前に私の方から逃げ出したのだ。


 ただの被害妄想を、たとえ風馬くんといえど話すわけにもいかない。


 風馬くんは『違うのかー』と困ったように頭を掻いた後に笑顔を浮かべて、


「とりあえず戻ろうよ。肉とか冷えちゃうぞ。熱いうちに食べないと美味しくないからな」


 そう言って風馬くんは手を差し出した。


 私は散々迷惑かけたのに、それを何とも思っていないような明るい笑顔で。


 迷った。この手を私が握って良いのか。その資格があるのか。


 でも、風馬くんの笑顔が語ってくれている。


 『握って良いよ』と。

 『その為の手なんだ』と。


 これが私にとって都合の良い解釈であっても、風馬くんが許してくれるなら。


「う、うん、ありがとう、風馬くん」


 差し出された手を握って歩き出す。温かい、大きい、強い風馬くんの手。


 戻ったら皆に謝らないと。私のせいできっとBBQは中断しているはずだから。


「ん? 何だあれ」


 不意に風馬くんが前を見て眉をひそめた。


 私もつられて前を見ると、空中に水色の魔方陣が出現していた。


 もしかして……。


「風馬くん、隠れて!」


「え? ……あ、うん」


 風馬くんの手を引いて脇道へと降りた。


 少し広めの窪みに足を置き、二人で並んで水色の魔法陣をじっと見つめる。


 私の推測が正しければきっと……。


 そう思っていると、その魔法陣から出てきた黒マントを羽織った人影が地上に降り立った。


 やっぱり。魔法陣から出てきたのは吸血鬼界の吸血鬼達だった。


 でもイアンさん達ではなく、見たことのない吸血鬼達。


 一体何のために人間界に、しかもこんな山奥に来たんだろう。


 やって来た吸血鬼は全部で三人。


 そのうちの一人がキョロキョロと辺りを見回して言った。


「どこに隠れやがったんだ? スピリア」


 彼の口から発せられた名前に、私は驚きを隠せなかった。


 どういう事だろう。あの吸血鬼達はスピリアちゃんを追っているのだろうか。


 あの言い方からしてもスピリアちゃんを迎えに来た家族ではなさそうだ。


「おい、ハイト。それよりあいつがここに逃げ込んだのは確かなんだろうな」


 ハイトと呼ばれた吸血鬼の胸ぐらをもう一人の男の吸血鬼が荒々しく掴んだ。


「だからわざわざ降りてきたんでしょ。ハイトもスレイもみっともない喧嘩なんて止めてくれる?」


 長髪の女の吸血鬼が割って入り、呆れたように二人を仲裁する。


「マーダ……。ったく、しょうがない。さっさと捕まえて引き上げるぞ。VEOの連中に見つかったら厄介だ」


 短髪の吸血鬼・スレイがハイトの胸から手を離して辺りを警戒するように見回した。


 脇道から三人の様子を窺っていた私は急いで頭を引っ込めた。


「って、こんな所探すのかよ。日が暮れるぞ?」


 ハイトがため息をついてあからさまに嫌そうに言った。


「じゃあ他にどうすると言うんだ」


 またハイトに食ってかかろうとするスレイ。


「残り香とか無いの? 血の匂いとか嗅げば分かるんじゃなぁい?」


 相変わらず口を開けば喧嘩が飛び出す二人にマーダが助け舟を出す。


「残り香ねぇ。そんなに簡単に見つかるもんかね。人間の匂いとかに混じるんじゃね?」


 そう言ってハイトがクンクンと鼻を嗅ぎ始めた。


 マズイ! もしかしたら私達の匂い嗅ぎつかれちゃうかも⁉︎


 でも三人の背中はどんどん遠ざかっていく。


 どうやら私と風馬くんは気付かれずに済みそうだ。


 と、胸をなでおろしたのも束の間。


 あ! 旅館の方に向かってる!


 私はハイト、スレイ、マーダが向かっている方向に気付いて思わず口を押さえた。

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