第71話 試練の幕開け
朝は予想外のハプニングがあった夏合宿三日目も、それ以降は特に何も問題が起きることはなかった。
集中講座と補習のダブル攻撃でみっちり絞られて一日が終わった。
それにしてもあの不良みたいな子、何でスピリアちゃんに興味持ってたんだろう。
一目で分かった。もう二度とあの子とスピリアちゃんを会わせてはいけない、と。
もしまた男子達とスピリアちゃんが鉢合わせてしまったら彼女の身に何が起こるか。
想像しただけで背筋が凍る。
あんな人達がいる以上、スピリアちゃんの事は気を引き締めて守らなきゃ。
夜の部屋で、私は決意を固めた。
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――そしていよいよ夏合宿最終日がやってきた。
今日のビックイベントと言えば、バーベキュー!
私達のような少数班の負担を考えてのことだと思うけれど、バーベキュー班の中には特別措置として、少数班同士を合体させた班がいくつかあった。
勿論、班のメンバーが二人だけの私と風馬くんも適当な班と合体することになった。
風馬くん以外の人と関わらないといけないのは気が滅入るけど、これも自立するための練習だ。
練習というより試練と言った方がぴったりかもしれない。
「じゃあ行ってくるね、スピリアちゃん」
正午が近付いてきた頃、旅館を出る前に私は光の粒となっている鞄の中のスピリアちゃんにそう告げた。
私の声を聞いて光の粒から吸血鬼に姿を変えたスピリアちゃんは、畳に座ったままコクリと頷いて笑った。
「リ!」
スピリアちゃんの可愛い声に癒されながら私は部屋を出た。
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そしてバーベキュー会場に赴いた私は思わず息を呑んだ。
私達のバーベキュー班の場所には同じ班の風馬くんの他に数名が既に集合していた。
なんとその中には学級委員長の後藤さん、そしてあの不良男子の姿もあったのだ。
「えっ……」
「はぁ……?」
後藤さんが私を見て顔を引きつらせ、不良男子は訳が分からないと不満の声を漏らした。
「え、えっと、とりあえず、よろしくお願いします……」
消え入りそうな声で頭を下げて一応挨拶をしておく。
勿論この二人と同じように私も頭の中では大パニックを起こしているけれど、始まってしまったからには仕方がない。
いわゆる社交辞令という武器を駆使して何とか乗り切るしかない。
最も、駆使すると言っても、上手く出来るという自信が全く無いのだけど。
あの一件があったからか、風馬くんも後藤さんに対してはやりづらそうに肩を竦めていた。
『あの一件』というのは、後藤さんが風馬くんを呼び出した件だ。
『ボッチの村瀬とは関わるな』
後藤さんが、そう忠告しても私と関わるのを止めずにいてくれた風馬くんを体育館裏まで呼び出してしつこく問いただしたのだ。
結局、最終的には風馬くんが言いくるめてくれたおかげで丸く収まったのだけど、私は未だに風馬くんに申し訳ないと思っている。
対する後藤さんは少しつんけんはしているけど、前と比べるとそこまで怒っていない様子だった。
ツンデレの女の子のツンツン状態のような態度。
風馬くんと後藤さんの気まずさを分かりやすく例えるなら、初めて家に上がったホヤホヤのカップルみたいな……。
ハッ! ダメダメダメ! 良からぬ例えを思い浮かべてしまった私は思わず首を横にブンブンと振ってそれを打ち消した。
だって風馬くんと後藤さんが結ばれるなんて展開許さないもん!
風馬くんの隣はあわよくば私が、なんて……えへへ。
って! 今は変な妄想して浮かれていられる状況じゃない!
風馬くん以外の子とも自然に話せるようにしないといけない。
合宿最終日にして最高の時間のはずが、最悪の試練へと変貌を遂げてしまったバーベキュー。
頑張るしかない……。
私が密かに覚悟を決める中で、いよいよバーベキューがスタートした。
机の上には既にお肉や野菜などが用意されていて、私達がそれらを切ったりして調理するという簡単な手法だった。
「村瀬って普段料理するのか?」
私が玉ねぎを切っていると、横で風馬くんが人参の皮剥きをしながら尋ねてきた。
「うん、たまにね。おじいちゃんの帰りが遅い時は私が夜ご飯作ってるの」
「へぇ、すごいな」
風馬くんは顔を輝かせた。
「風馬くんは料理しないの?」
「ううん、やってるよ」
「そうなんだ」
料理男子かぁ。私の脳内に新たに風馬くんのカッコいい要素『料理男子』が追加される。
また風馬くんの作る料理食べてみたいな。あ、でも実質このバーベキューが風馬くんの手料理みたいな感じだ。
つまり、人参を食べれば風馬くんの料理を食べたことと同じ!
心の中でガッツポーズをする私を、風馬くんが不思議そうに見ていたのには気づかなかった。
「チッ、あのボッチ、柊木とイチャつきやがって」
そんな私達を遠目で見ながら不良男子――藤本剛くんが舌を鳴らしたこと。
後藤さんが眉をひそめながら私達を見ていたこと。
その二つについても、私は全く気付くことなく、風馬くんと仲良くバーベキューの材料を切り進めていったのだった。




