第69話 責任持つよ
「スピリアちゃん……」
私に抱きついたまま私を見上げる水色髪の吸血鬼は、可愛らしい笑顔で微笑んだ。
「ありらとうリ」
スピリアちゃんはもう一度言った。
もしかすると、私と一緒にクラスの皆から逃げてきたことを言っているのかもしれない。
ううん、もしかしなくても絶対そうだ。
私がスピリアちゃんにしたことと言えばそれだけだから。
「ど、どういたしまして」
スピリアちゃんはまた微笑んだ。
こうやって見ると小学生みたいでとても可愛い。
妹ができたみたいだ。
すると、大浴場に続く道の方から話し声が聞こえてきた。
きっと皆が旅館に帰ってきてるんだ。
「スピリアちゃん、ごめんね」
彼女に謝罪しつつ、その小さな体を抱いて茂みに身をひそめる。
「何してるリ?」
「しーっ」
茂みの中で小首を傾げるスピリアちゃんを人差し指を立てて制し、私は大浴場に続く夜道をそっと見つめる。
だんだんその声は大きくなり、予想通り入浴を終えたクラスの皆が旅館に向かって歩いてきた。
その中には風馬くんもいて、さっき私に突っかかってきた不良男子に肩を組まれながらも笑顔で応対していた。
やがてその群れは旅館の中へと消えていき、私はホッと胸をなでおろした。
「もう大丈夫だよ、スピリアちゃん。さっきの怖い人たちはもういないから」
そう言って微笑みかけると、スピリアちゃんはコクリと頷いて、
「ありらとうリ」
と言って笑った。
昼頃の警戒心むき出しだったスピリアちゃんとは大違い。案外人懐っこくてそれがとても可愛い。
でもこれからどうしよう。あとは寝るだけだし私は大丈夫なんだけど、スピリアちゃんが困るよね。
こんな暗い中に放っておくなんてできないし、かと言って旅館の中に連れて入るわけにもいかない。
腕の中にすっぽりと収まって欠伸をしている彼女を見ながら、私は思考を巡らせた。
でも何も良い方法が思い浮かばない。早くしないとこのまま二人でずっと暗い外にいることになっちゃうのに。
「どうしよう……」
呟いたところで状況は変わらない。それでもスピリアちゃんが首を傾げた愛らしさに少し救われる。
私が自力で吸血鬼界に行けたら今すぐにでもスピリアちゃんを送ってあげられるのに。
生憎、私にはそんな大層な魔法力は無い。
「二人で一緒に寝ちゃう?」
本格的な夏はまだ来ていなくても、実質季節は夏だ。
スピリアちゃんと外で夜を明かして翌朝に仲良く凍死体となって発見されることはまずあり得ないはず。
でも先生が就寝時間に見回りに来るんだよね。風馬くんには何も言ってないから心配かけちゃう。
おまけに私が部屋にいないせいで風馬くんが怒られちゃったら申し訳なさ過ぎる。
夏合宿は始まったばかり。それなのに私のせいで風馬くんの夏合宿まで台無しにしたくない。
「よし……」
こうなったら一か八か!
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「あら、村瀬さん、何してたの? もうすぐ就寝時間よ」
旅館に入ってきた私を見て先生が声をかけてきた。
「はい、すみません。ちょっと星が綺麗で寄り道しちゃって……」
先生には申し訳ないけど適当に誤魔化すしかない。
「もう、早く寝なさいよ」
「はーい」
素直に返事をして足早に部屋へと向かう。
「村瀬。どこ行ってたんだ?」
「ちょっとね」
部屋に入ってきた私に風馬くんが尋ねてきたけど、あえてぼかせる。
私は手に持っていたバスタオルや制服を大きい鞄に余裕をもたせてそっと入れた。
「風馬くん、ちょっと話があるんだけど」
風馬くんは不思議そうに目を大きくさせて私の方を見た。
こうして私たちは藁色の畳の上で向かい合った。
風馬くんに吸血鬼界やルーンさんのことを説明した時のことが脳裏を過ぎる。
彼と向かい合って大事な話をするのは実に二回目だ。
就寝時間まであと十分。それまでに終わらせないといけないミッションが、私にはある。
「この子のことなんだけど」
そして鞄の上にそっと置いていたバスタオルを取って、風馬くんに見せた。
「えっ……!」
「しーっ」
思わず声をあげそうになった風馬くんは、慌てて口を両手で塞いでくれた。
ふわふわの白いバスタオルに包まって眠っていたのは、水色の髪の吸血鬼、スピリアちゃんだった。
「実は大浴場の所でクラスの皆に見つかって弄ばれてたの。それに夜だし外に放っておけないから連れてきた」
「でも、先生に見つかったらまずい。どっちにしろ保護施設行きだ」
私も風馬くんも声をひそめる。
「大丈夫。この子にも事情は説明した」
「……分かってくれたのか?」
問いかけに頷き、私は続ける。
「私の鞄から一切出ないように約束してる。あと二日なんとか乗り切るまで私がちゃんと責任持つよ。だから風馬くんにはそのことを分かっててほしいの」
事情は話すけど、風馬くんには一切迷惑はかけない。
万が一先生達にバレてしまっても、風馬くんは私がスピリアちゃんを匿っていることを知らない設定だ。
それにちゃんと打開策も考えてある。
さっき、スピリアちゃんが見せてくれた魔法なら確実に突破できる。
自らを小さな光の粒に変化させるという魔法なら――。




