第60話 絶対に許さない
日も沈んだ吸血鬼界で、家内の食卓用の机を囲む吸血鬼達の姿があった。
「ユキには自立っていう名目でここから一度離れてもらったけど、最近天界からの奇襲も減ってきてる」
現在の状況を口にする黒髪吸血鬼のイアン。
「じゃあユキに離れてもらう必要はなかったってこと?」
彼を見上げ、そう問うのは桃髪吸血鬼のキル。
「いや、隊長の判断は正しかった。何せ奇襲だ。いつここが火の海になるか分からないからな」
イアンの判断を支持する橙髪吸血鬼のレオ。
「私も同意見でございます。先程イアン様は『名目』と仰られましたが、ユキ様の自立と吸血鬼界からの遠のきは彼女のためにもなりますから、まさに一石二鳥だと思います」
そう賞賛するのは黄髪吸血鬼のミリア。
この四人によって話し合いが行われていた。
ミリアの言葉に頷き、イアンは続ける。
「暫くユキには離れてもらおう。いつどうなるか分からない以上、下手に連れて来てまた天使達に攻撃されたってなったらユキが可哀想だ」
「ユキ、大丈夫かな」
キルが不安げに声を漏らす。
強化訓練のために人間界に赴き、イアンと一緒にユキの学校を覗きに行った時、ユキは一人で昼食を取っていた。
周辺の人間はユキのことなど気に留める様子もなく、ユキはひとりぼっちだった。
そのことが今でもキルは気がかりなのである。
「大丈夫だろ。あいつだってちゃんと覚悟決めて俺達と別れたんだぞ」
別れ際のユキの意気込みを脳裏に思い出しつつレオが言う。
「そうだね」
キルは少しだけ口角を上げた後、改めて三人に向き直った。
「それでね、皆。前から言ってたことなんだけど」
「充分承知しておりますよ、キル様」
未だ不安の色が消えないキルの肩に手を置き、ミリアが微笑みを浮かべる。
「それを承知で君を鬼衛隊にスカウトしたんだから」
「イアン」
キルは鬼衛隊長の名を呼び、安心したように目を細めた。
「襲ってくる可能性が高いのは天使どもよりもそっちか」
「多分、そうなると思う」
レオの言葉にキルが頷く。
「何となく直感的に感じるって言うか、最近あの時のことが夢に出てくるの」
燃え盛る炎。互いに剣を交える吸血鬼達。泣き叫ぶ子吸血鬼の声。
それらを思い出し、キルは膝の上の拳を握りしめる。
「あと、あの子の声も」
『キラー・ヴァンパイア! お前らだけは絶対許さない!』
「私、あの子の声を聞いた時に初めて思ったの。この種族に生まれてくるんじゃなかったって。でも周りの大人達はそれが当然みたいな顔してたから何も言えなくて」
キラー・ヴァンパイアという種族は、ミリアがナース・ヴァンパイアであるのと同様、この吸血鬼界に存在する種族の一つである。
キルはその一族として過ごしていたが、名前の通り他の種族を殺して生活することが嫌になって家出し、イアンに誘われて鬼衛隊に入隊したという過去を持つ。
『同じ吸血鬼なのに、何で生きるために殺すのかが理解出来なくなったの』
彼女がイアンに家出した理由を問われた時に出した答えだ。
キルにとって今もその気持ちは変わっていない。
王都から遠く離れたあの場所で、今も一族が吸血鬼を殺して生きていることを考えると背筋が凍る思いがするのだ。
貧乏で狩りに行くための十分な道具がなく、狩りに行けたとしても獲物を捕らえることが出来ない日々が続き餓死する仲間も出てきたことが、キラー・ヴァンパイアという種族が他種族を殺し始めた理由である。
そして一族が初めて襲いにかかった種族がホーリー・ヴァンパイア。
神を信じ、祈りの精神を大切に暮らしていた種族である。
万が一のために武器の使い方もマスターし、定期的に訓練も行っていた種族である。
しかし当然と言うべきか、殺すための素質が備わったキラー・ヴァンパイアには勝てるはずもなく、ホーリー・ヴァンパイアは殆ど命を落としていった。
「あの子だけは何故か倒れなかったの。あの子を包んでるオーラのせいか私達も近寄れなかった。仕方なく退散してた時に言われたの。『絶対に許さない』って」
傷だらけになり、ほとんど立つ力も話す力も残っていなかった彼女は、槍のような武器にもたれかかるようにして立ち、両足を震わせながらも、力の限り叫んでいた。
彼女に言われて初めて、キルは自分達が行ったことの重さを痛感した。
それから何度も何度も他種族を襲いに行ったが、気分は乗らなかった。
反撃に向かってくる種族に対する防御くらいしか手を出さなかった。
やがて仲間から『役立たず』、『落ちこぼれ』と罵られるようになった。
それが家出を決めた理由でもあるのだ。
「今も殺しやってるのかな」
かつての一族を思い出して、キルは吐息まじりにそうこぼした。
キルが家出をしてかれこれ三年が経つ。
命を狙える種族も減ってきているはずだ。
もしかしたらそれが全くいなくなって一族が絶滅しているかもしれない。
そんな不安が頭を過ぎる。
「とりあえず」
イアンが手を叩く音にキルはハッと我に返った。
「今日はもう遅いからこの話はまた後日。明日も気合入れて訓練しないとだし」
「はい、隊長」
「承知致しました、イアン様」
イアンの言葉にレオとミリアが頷く。
キルが立ち上がると、イアンの手が肩に置かれた。
「イアン」
見上げるとイアンの笑顔が目に飛び込んできた。
「大丈夫だよ。もしその種族の生き残りがキルを襲ってきても僕らが守るから心配しなくて良い」
「ありがとう」
イアンの言葉にキルは少しだけ口角を上げた。
刃のような鋭い三日月が暗い夜空に浮かんでいた。




