第58話 話したいことがあるの
「おはよう、風馬く――」
朝、教室に入って自分の席に座りながら、隣の席の風馬くんに挨拶しようとした私は思わず口をつぐんだ。
昨日のことがあって少々、じゃなくて、ものすご〜っく気まずいのをすっかり忘れていた。
『昨日のこと』というのは、ルーンさんと一緒にいるのを風馬くんに見られて、仕方なくルーンさんにお願いして風馬くんを気絶させてもらって……ああああああ!
思い出したくなかった……!
何で私あんな酷いことしちゃったの⁉︎
バカっ! バカっ! バカっ! バカっ! バカっ! ……痛い。
力任せになっちゃった。頭にタンコブ出来てないよね。よし、大丈夫! ……多分。
じゃなくって! 今は私の頭の心配よりも風馬くんの心配!
脱線したら駄目!
確かに昨日は状況が状況で色々とマズかったのは事実だけど、もしルーンさんの腹突きが原因で風馬くんに何かあったら……?
私責任取れなかったよ!
見た感じ元気そうで良かったけど……元気そう、だよね?
そぉーっと風馬くんの横顔を覗き込む。
まつげ長いな。本のページめくる指が細くて長くて綺麗……じゃなくてっ!
私ってば何ですぐ脱線しちゃうの⁉︎ やっぱりバカっ! もうっ!
「……村瀬?」
風馬くんと目が合う。
「ひぃっ! あ、あの、だから、ごめんなさい! 風馬くん! 昨日はあの、色々と複雑過ぎる事情が……」
てっきり昨日のことに文句を言われると思った私は、一生懸命言い訳をした。
私が持っている最大級の語彙力を駆使して、風馬くんに対してのお詫びと、でもどうしても譲れない事情があったのだという主張を交えつつ、頑張って脳内で単語を選び、文節にしてそれを言葉に出した。
そしてその結果、
「いや、そんなにビックリしなくても。う、うん。何で俺に謝ってるの?」
私の言い訳に対して律儀に返事をしてくれる風馬くんに気付かなかった。
さらに、言葉が思い付かない時は『こそあど言葉』で場を持たせる。
「だからその……あのぉ……!」
「村瀬!」
「……!」
不意に風馬くんに右腕を掴まれた。
「……はい」
泣きそうになりながら横を見ると、風馬くんが真剣な表情をしていた。
「言いたいことは何となく分かったから、とりあえず落ち着こう。流石に机を思いっきり叩くのは良くないぞ」
「え?」
風馬くんに言われて机を見下ろすと、力いっぱい握られた拳が机の上にものすごい強さで置かれていた。
机の上の拳がブルブルと震えている。
……私、机叩いてたの⁉︎
「ひっ……!」
気付けばクラス全員の冷たい冷たい氷のような視線が私に突き刺さっていた。
早朝から自分の机を拳でぶっ叩くボッチ……。
そう言われている気がする。声が聞こえるような気がする。
「ご、ごめんなさい……」
このボソボソとした謝罪がクラスの全員に届くことを祈りながら、私はすごすごと席に座った。
「……落ち着いた?」
私の顔を覗き込むようにして風馬くんが尋ねてくれる。
「う、うん。ごめんね、朝から大暴走しちゃって。あと昨日のことも」
「あ、うん。昨日のことはまた放課後話そう。ここじゃちょっとマズイ気がする」
声をひそめて風馬くんがそう言った。
「そうだね……」
風馬くんの提案により、昨日の私の黒歴史且つとんでもない失態の話はお預けになった。
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そして約束の放課後。
「ど、どうぞ……」
私は家のドアを開けて風馬くんを中に通した。
流石に学校の中で話すと、誰が聞いているか分からない危険があるという話になって、今は誰もいない私の家で話すことにしたのだ。
と、悠長に語っている私だけど、実際は心臓の鼓動が速すぎて呼吸困難に陥ってしまいそうなほどガチガチに緊張していた。
だって男の子を家に入れるなんて初めてだし、しかも相手は風馬くんだよ。
私と関わってくれている今でも衰えることのない人気者。
顔も良し、性格も良し、成績優秀、スポーツ万能。
まさに非の打ち所がない完璧少年。
そんな彼がボッチで挙動不審で引っ込み思案な私の家に来てくれているなんて、こうして風馬くんを家に通した今でも信じられない。
「お邪魔します」
風馬くんは礼儀正しく挨拶をして制靴を脱いだ。
「とりあえずリビングで」
風馬くんをリビングに案内する。
「ありがとう」
風馬くんはこれまた律儀にお礼を言ってくれた。
床に風馬くんと横に並んで座り込む。
「えっと、お茶、とか飲む?」
「良いのか?」
「うん」
風馬くんの返事を聞いて、立ち上がりキッチンに向かった。
とりあえず健康的な緑茶をコップに注いでリビングに持っていく。
「どうぞ」
「ありがとう」
机の上にコップを置くと、また風馬くんがお礼を言ってくれた。
……ていうか、私達、昨日のこと話すために家に帰ったのに、何もしてないじゃん。
「え、えっと、風馬くん、昨日のことなんだけど」
緑茶をすする風馬くんに話しかける。
「あ、うん。聞くよ。話したいことがあるんだよな、村瀬」
風馬くんはコップを机に置いて私の方に向き直ってくれた。
私は風馬くんに頷いて話し始めた。




