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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第三章 夏合宿編
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第57話 少女と天使と悪魔

 話は数時間前に遡る。


 ちょうど、雪とルーンが天界に向かってから一時間後の時間帯だ。


 校舎の周辺を行き来する人は居ないため、ルーンに気絶させられて校門の側に寝かされている風馬が、第三者に発見されることはなかった。


 また放課後、生徒達は部活があるため、誰一人として校外に出ないという、風馬にとっては残酷な状況だった。


 下校完了時刻十五分前を報せるチャイムが放送部のアナウンスとともに流れ出した頃。


「……あれ?」


 部活動を終え、校外に出る生徒第一号となった少女が風馬の存在に気付いた。


「柊木くん? ……ねぇ、柊木くんってば!」


 少女――後藤(ごとう)亜子(あこ)の呼び掛けに対する風馬の返事はない。


 亜子はそっと風馬のもとに駆け寄り何度も彼を揺り起こしたが、まだ気絶したままの風馬には効果無し。


「寝てるってわけじゃないのよね。これだけ揺さぶっても起きないし」


 一人呟き、腕を組む。


「どうしよう。あたし一人でどうにかしなきゃ」


 本来なら教師や友達を呼んでからの共同作業になるところのはずが、学級委員長としての使命感からか亜子は彼女自身で解決する方法を模索した。


「ていうか、何があったのよ」


 辺りを見回すが当然怪しい物や人もいない。


 当事者である雪とルーンが天界へと飛び立ったのは一時間前の事なのだから。


「とりあえず……」


 そう独りごちると、亜子は風馬の身体に手を伸ばした――。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「……ん」


 風馬が目を覚ました。彼の目に見慣れない天井が飛び込んでくる。


 ここは一体……?


 彼の疑問に答えるかのように、


「起きた?」


 すぐ側で声がした。


 風馬が振り仰ぐと、腕を組んだまま椅子に座って彼を見下ろす亜子の姿があった。


「あ、確か学級委員長の」


 体を起こして風馬は亜子を見つめる。


「後藤よ。名前くらい覚えて」


 ふんとそっぽを向く亜子のツインテールが揺れる。


「ご、ごめん。……で、これ、どういう状況?」


 拗ねた亜子に謝罪し、風馬は尋ねた。


 彼が寝ていたのはフカフカのベッドの上で、側には学級委員長の亜子がいる。


 学校とは思えない見慣れぬ天井やその他部屋の中。


 目を覚ました途端にこれでは訳が分からない。


「あたしの家。あんた、何か知らないけど校門の所で倒れてたから運んできたの」


「えっ? ……あぁ、確か天使に」


「天使?」


 亜子の眉が訝しげにひそむのを見て、風馬は慌てて否定する。


「あ、ううん、何でもない! 助けてくれてありがとう」


「べ、別に。あのまま死体扱いされてごみ処理場で処分されるなんていたたまれないもの」


「流石に死体扱いはされないだろうし、第一死体はごみ処理場じゃなくて火葬場で火葬されるよ」


 亜子の間違いを華麗に訂正して彼女のとんでもない発想力に風馬は苦笑い。


「な、何よっ!」


 頬を赤らめて汗をかいている亜子を見て、風馬は首を横に振った。


「あら、起きたのね、柊木くん」


 エプロンをした女性がニコニコしながらやって来た。


「あ、はい。おかげさまで」


 風馬はその女性の正体に考えを巡らせながらもペコリと会釈する。


「あたしのマ……お母さん。怪しい人じゃないから」


「誰もそこまで言ってないよ」


 ポツリと呟き、風馬は改めて亜子の母親を見つめる。


 肩の辺りまで伸びたウェーブがかった艶のある髪。


 まつ毛が長く、くりっとした吸い込まれそうな瞳。


 品が良く優しそうな笑顔。


 とても亜子からは想像しにくい母親像だった。


「あ、そうだ。ちょうど夜ご飯が出来たのよ。柊木くん、良かったらご一緒しない?」


「えっ、良いんですか?」


 風馬の問いかけに亜子ママは笑顔で頷いた。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「柊木くん、下の名前は何て言うの?」


 食事中、亜子ママが尋ねてきた。


「風馬です」


「あら、カッコいいじゃない。あんたも下の名前で呼んだら? 亜子」


 目を輝かせて風馬の名前を褒め、横に座って黙々とご飯を口に運ぶ娘に提案する亜子ママ。


「別にいいじゃない。あたしは基本男子は名字って決めてるの」


 不機嫌そうな亜子を見て亜子ママはさらに笑みを浮かべた。


「じゃあ亜子が名前で呼んだ男の子は将来性があるってことね。ママ楽しみだわ~」


「そういう意味じゃないってば!」


 叫んでから亜子はそっと母親に耳打ちする。


「人がいるんだからママって言うの止めて。あたしだってさっきお母さんって言ったでしょ」


「あら、いいじゃない。ねぇ、風馬くん、亜子が私のこと『ママ』って呼んでも気にしないわよね」


 小首を傾げ、亜子ママは風馬に問う。


「あ、はい。別に大丈夫ですよ」


「だから何で本人に確認取っちゃうわけ!?」


 亜子は顔を手で覆い、両手の中でため息をついた。


「帰ったぞー」


 突如玄関から男の声がした。


「あら、お帰りなさい」


 箸を置き、亜子ママが玄関ヘ。


「あたしのお父さ……パパ」


 亜子は何とか呼び方で抵抗しようとしたが、母親を『ママ』と呼んでいるところを既に風馬に見られていたことに気付き、観念したように『パパ』といつもの呼び名で男性の紹介をした。


 ドアを開けて現れた男性の姿を見て、風馬は思わず箸を落としてその場に硬直した。


 不良のようなツンツンした短髪に細く鋭い目。


 歯にタバコを挟み、仕事着のポケットに乱暴に手を突っ込み佇む姿。


 おまけにその太く筋肉質の腕には真っ黒のタトゥー。


 耳にはいくつものピアス。


 まさに大黒柱と言える風貌だが……。


 ――怖い怖い怖い怖い怖い……!


 先程の天使のように穏やかな母親とは正反対の、悪魔のように恐ろしげな父親。


 亜子の性格は、悪魔のようなこの父親から譲り受けたものだと一目で分かる。


 獲物をその目に捉えた野獣のような目で見下ろされ、風馬は開いた口が塞がらなかった。

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