第56話 天兵長の謝罪
「いきなり来てもらってすまなかったな」
前にも来たことがあった天界の王宮にある応接室に私を通して、天兵長のルーンさんが謝ってくれた。
「いえ、大丈夫です」
応接室の中には、相変わらず金色の豪勢な家具がたくさん並んでいた。
「お待ちしておりました、ユキ様。わざわざお越しくださり、ありがとうございます」
部屋の中央で私に向かって深々とお辞儀をしてくれるのは、薄紫髪を腰の辺りまで伸ばした天使。
ルーンさんの秘書兼第一部下のフェルミナ・エンジェラさんだ。
「お久しぶりです、フェルミナさん」
私の言葉に、フェルミナさんはほんわかとした笑顔を見せてくれた。
「とりあえず座ってくれ」
ルーンさんに促され、私は赤いフカフカの毛布の椅子に座った。
「それで、話ってなんですか?」
「率直に聞くが、そなたは今吸血鬼界に赴いているのか?」
私がルーンさんとの約束を破ってしまったことがまだ気になっているんだ。
多分これは念のための確認のはず。
「いいえ、今は行ってないです。約束、ちゃんと守らなきゃって思って」
「そうか」
ルーンさんが安心したように、椅子の背もたれに背をつけた。
「それならば我も安心だ。一応のため、確認したかったんだ」
やっぱりそうだったんだ。確かに約束してた事だから気になるよね。
「あの、約束破っちゃって本当にすみませんでした!」
私が椅子から立ち上がって頭を下げると、
「謝られたところで我の気持ちは変わらん。……と言いたかったところだが、今はそなたも我との約束を守ってくれているようだし、別に構わないぞ」
「ありがとうございます!」
私は嬉しくなってもう一度お辞儀をした。なんだかんだ言ってルーンさんも優しい。
「あと、もう一つ言いたいこと、いや、謝りたいことがある」
ルーンさんの言葉に顔を上げると、彼女は何だか暗い表情で俯いていた。
「ルーンさん……?」
「先日の吸血鬼界での戦闘で、我の部下が……フォレスとウォルがそなたに攻撃したこと、本当に申し訳なかった」
ルーンさんが座ったまま、私に向かって頭を下げてきた。
「そ、そんなそんな! 大丈夫ですよ! 私が出しゃばったせいなので!」
それは当然の結果だと思っている。
吸血鬼と天使の戦闘に、人間である私が首を突っ込んでしまったのだ。
不快に思われて、攻撃されても文句は言えない。
先に首を突っ込んだ私が悪いんだから。
「二人にはちゃんと注意をしておいた。本人達も了承している。今後、そなたに一切手は下さないと」
「ありがとうございます」
やっぱりルーンさん優しいな。わざわざそんな気を回してくれてたなんて。
「話は以上だ。付き合ってもらって悪かったな」
「いえ、とんでもないです! こちらこそありがとうございました」
私がお礼を言って椅子から立ち上がると、
「出口までお送りします、ユキ様。さぁ、どうぞ」
フェルミナさんが応接室のドアを開けて優しく微笑んでくれた。
「ありがとうございました」
王宮の踊り場で後ろを振り返り、私はもう一度ルーンさんとフェルミナさんに頭を下げた。
「マコトが来るまで少し待っていてくれ」
ルーンさんに言われて驚く。
誠さん、わざわざ迎えに来てくれるの⁉︎
「は、はい。分かりました」
申し訳ないなと思いながらも彼女の言葉に頷く。
すると魔法陣による水色の光が地面から放たれ、VEO――吸血鬼抹消組織の隊長である鈴木誠さんが現れた。
今日は鎧ではなく黒いスーツを着ている。
「雪、遅くなってすまなかったな。業務が色々と立て込んでいた」
数段ほどの階段を上り、誠さんは王宮の踊り場に立つ。
「いえいえ! わざわざ迎えに来てくださってありがとうございます」
頭を下げてお礼を言うと、
「そもそも俺が来ないとお前、人間界に帰れないだろう」
呆れたような口調で言われてしまった。
確かにその通り。私は一人では帰れない。
吸血鬼界と人間界の行き来でも、イアンさんの力で魔法陣に乗らないと無理なのだ。
天界に行くにしても、今日みたいにルーンさんに連れて行ってもらわないと行けない。
おまけに帰りは、誠さんの魔法陣に乗って帰ることしか出来ない。
何から何までお世話になりっぱなしだ。情けない、トホホ。
「とりあえず帰るぞ。まだやらないといけないことが残ってるんだ」
「あ、はい! すみません……」
地面に魔法陣を出現させて誠さんが言う。
自己嫌悪に浸っていた私は、ハッと我に返って地面に続く階段を降り、魔法陣に乗った。
「世話になったな、ルーン」
「いや、我もユキと話が出来て良かった」
誠さんとルーンさんが会話を交わす。
魔法陣の光が強まって視界がどんどん白くなっていく。
「ありがとうございました!」
薄れていく二人の天使に向かって、私はもう一度深々と頭を下げたのだった。
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VEOの基地に降り立った後、ルーンさんに言われたこと――今、私が吸血鬼界に行っているのか行っていないのか、という確認と、フォレスとウォルが私を攻撃したことに対する謝罪――について誠さんにも報告した。
誠さんは私の話を聞いて『分かった』とだけ言うと、『もう少しで業務が終わるから待っていろ』と、VEOの部屋に入っていった。
それから私は、業務を終えた誠さんに車で家まで送ってもらった。
天界に行って帰ってきただけなのに、何だかすごく疲れた気がして、私はおじいちゃんが帰ってくるまでソファーで眠りこけてしまった。




