番外編③ 家壊さないでね?
「おはよう、キル」
朝、欠伸をしながら階段を降りてきた黒髪の吸血鬼、イアンは桃髪の吸血鬼、キルに挨拶する。
「うん」
だがキルの返事は素っ気ない。
そんな彼女を改めて視線に捉え、イアンは疑問を投げかけた。
「……で、何やってるの?」
「見てっ、分からっ、ないのっ? 素振りっ、よっ」
キルが戦闘の時に愛用している短剣を振り回しながら答える。
「うん、それは分かるんだけどさ、ここではあまりオススメしないかな〜」
「何でよ」
素振りを止め、不服そうにイアンを見上げるキルに、
「ここ家の中だし、色々壊すと面倒なんだよね」
「あ、ごめん」
我に返ったように目を一瞬見開き、キルは素直に短剣を腰にしまった。
「最近ずっと頑張ってるみたいだね」
ダイニングの椅子に腰掛け、イアンが言う。
「何で分かるの?」
イアンの向かいに腰掛けたキルが頬杖をついて尋ねた。
「だって……」
イアンはぐるりと家の中を見回しながら、
「日に日に壁が汚れていくんだもん」
「えっ⁉︎ ……あ、ごめん……」
頬杖を止め、キルは目を左右にキョロキョロさせてから申し訳なさそうに頭を下げる。
イアンの言う通り、確かに家の壁には短剣で斬りつけた痕や、踏み台用に使ったと思われるキルの足跡が痛ましく残っていた。
掃除しても掃除しても毎朝毎朝汚されてはスピードが追いつかない。
「お父様に頼んで僕達の訓練場を手配してもらわないとね」
「ごめんごめん。今度から家は汚さないようにする! あと、ちゃんと汚れてるところは私が掃除するから!」
両手を合わせて懇願するキルに手を振り、イアンは人差し指を立てて、
「ううん、キルのせいだけじゃないよ。どちみちそろそろお願いしないとな、とは思ってたんだ。訓練にしても、今まではずっと人間界に行ってやってただろ? でもそんなの人間にとってみたらいい迷惑だ。それに僕達もあまり思いっ切り出来ないしね」
「確かに。でも急にお願いできるの?」
イアンの意見に納得しつつ、キルは質問する。
いくらイアンが国王の息子とはいえ、国王陛下であるブリスも暇ではない。
王都に行っても肝心の王が不在では話にならない。
「そこの所はまた改めてお父様に聞いてみる。お父様の都合が合う時に僕が行くよ」
「ありが」
キルがお礼を言おうとした途端、突如地響きが鳴るかと思うほど大きな音が聞こえた。
「え⁉︎ 何⁉︎」
キルが思わず椅子から立ち上がる。
「あ、すみません、隊長。ちょっとやり過ぎました……」
頭を掻きつつダイニングに顔を出したのは橙髪の吸血鬼、レオだった。
「レオ! 何してるんだ?」
現れた人物に驚き、イアンが尋ねると、
「この間の天使との戦いで負けたのがすごく悔しくて、炎の使い手としてももっと腕を磨かないとって思って朝練してたんです。そしたら気合入れ過ぎてボワッと……。あ、勿論火はすぐ消し止めました!」
苦笑いしながらレオは言い訳をした。そして敬礼と共にビシッと報告するのも忘れない。
「家壊さないでね」
イアンは祈るような気持ちでポツリと言った。
その横で、家を汚していたのが自分だけではないと知ったキルはホッと胸をなでおろしていた。
「おはようございます、皆様。先程少し爆発音が聞こえた気がしたのですが、どうかされましたか?」
眠そうに目を擦りつつ降りてきたのは黄髪の吸血鬼、ミリア。
耳をつんざくほどの音を出した爆発を『少し爆発音が聞こえた気がした』と言うあたり、どれだけ熟睡していたのだろう。
とはあえて言わず、イアンはその疑問を密かに胸にしまい、
「おはよう、ミリア。大丈夫だよ」
「すいません、ミリアさん。俺がちょっと失敗して」
呑気そうに欠伸をするミリアを見上げ、レオが頭を下げて必死に謝罪する。
だが、ミリアは穏やかな声音で優しく言った。
「あ、そうなのですね、レオ様。大丈夫ですよ。私には何の迷惑にもなりませんので」
「この家が大変迷惑なんだよね」
また、イアンはポツリと呟いた。
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そしてそれから約十分後。
「申し訳ありませんでした! 寝ぼけていたとはいえ、レオ様の爆発を自分のものさしだけで捉えてしまいました! 私にとっては迷惑でなくても、この家にとってはとんでもないほど迷惑ですのに、本当に申し訳ありませんでした!」
長髪を振り乱して、何度も何度もイアンに向かって頭を下げるミリアの姿があった。
『この家にとってとんでもない迷惑』と半分ディスられたような気がして、心を痛めるレオには誰も気付かず……。
ミリアの言葉が終わるごとに、イアンはうん、うんと相槌を打ちながら、最終的にミリアの謝罪が終わったところで優しく声をかけた。
「大丈夫だよ、ミリア。皆も反省してるわけだし、今度から気を付けよう」
鬼衛隊の隊長として朝の大惨事を丸く収め、イアンはパチンと両手を合わせ、
「よし、じゃあ今日も一日頑張ろう!」
こうして、吸血鬼界の朝が幕を開けた。




