第53話 行かなくちゃ
「ね、ねぇ、風馬くん」
昼休み。今日も机をくっつけて弁当を食べながら、私は思い切って尋ねてみた。
「本当に、私と同じ班で良かったの?」
だって本当に心配だよ。こんなボッチの私と同じ班になりたいって言い出す事すなわち、クラス全員から嫌われる、なんだから。
まぁ、幸い風馬くんは持ち前のイケメン効果もあってか、例の取り巻き女子達からは、不服そうに文句言われただけで済んだみたいだけど。
それも、返し方がまた神対応なんだよね。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「何であんな子と一緒の班になるの? 風馬くん! あいつがボッチだからって情けかけてあげなくても良いんだよ?」
(うっ、胸が痛い……!)←私
「情けじゃないよ。俺が一緒の班になりたいなって思ったから声かけただけだし」
「でもでもでも、あの子ボッチだよ⁉︎ 友達いないんだよ⁉︎」
「俺が一緒だからもうボッチじゃないし、俺が村瀬の友達じゃん?」
その返しに女子達は自分が言われたみたいにキュンキュンってなっちゃって、その場は丸く収まった。
文句言われたのにこの返しが出来る風馬くんはやっぱり凄い!
多分、イケメンだから散々言われてて慣れてるんだろうけど。
本当に今でも夢みたいだよ。風馬くんと同じ班に決まったなんて。
幸い、班の条件は二人以上だったから、私達も班としてギリギリ認められたんだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「本当に、私と同じ班で良かったの?」
心配になって尋ねると、風馬くんはにっこり笑って、
「うん。そもそも俺から誘ったんだし、寧ろ村瀬が嫌じゃないか心配だったんだよ。大丈夫か?」
「う、うんうんうん! 私は、勿論! その、風馬くんと一緒の班ってだけで幸せだし」
顔が熱い……! 恥ずかしい……! 私は挙動不審な言い方しか出来ないのかっ!
「だ、だから、その、ありがとう!」
箸を置き、頭を下げる。
「うん。なら良かったよ。俺、正直不安だったんだ。俺が勝手に誘ったから村瀬がもしかしたら嫌だったかもって」
不安げに俯き、風馬くんは心情を打ち明ける。
ううん、ううん、そんな事ないよ!
心の中で言って、ブンブンと首を振り、その意思を伝える。
今は、何というか、体で伝えるので精一杯だったから。
それに、この気持ちは体で伝えた方が良さそうな気がしたから。
だから首を思いっきり横に振った。
風馬くんはそんな私を見て微笑し、
「良かった」
と胸をなでおろしていた。
私もずっと不安に思っていた事が解消されて、肩の荷が下りたような解放感を感じながら、再び弁当のご飯を口に運んだ。
でもやっぱりツケが回ってきたというか、制裁が下されたようだ。
放課後、帰宅しようと教室を出た風馬くんに、後藤さん達が話しかけているのが見えたのだ。
後藤亜子。
何故か私を目の敵にして執拗に悪戯や嫌がらせをしてくるAクラスの委員長だ。
長い髪を高い位置で二つに結び、猫のような鋭い目を光らせて、狙った獲物は容赦しない。
風馬くんが手を差し伸べてくれた今でも変わらず、私が校内で最も恐れている人物。
後藤さんは風馬くんに一言二言何かを話した後、ちらりと私の方を見てからまた風馬くんに視線を戻した。
そして顎を軽く動かすと、風馬くんと一緒にどこかに行ってしまった。
どうしよう。風馬くん、後藤さんにも何か言われるのかな。
いつも後藤さんが引き連れている女子達がいないから、彼女にとって本当に大事な話なんだと思う。
でも私は知ってる。後藤さんの呼び出しが何を意味するか。
彼女は学級委員長としての権力を半分乱用する形でクラスの治安を厳しく取り締まっている。
……と言えば聞こえはいいけれど、実際のところは自分にとって気に入らない相手や嫌いな相手に制裁を下しているだけだ。
相手が行った失態についてしつこく聞き回り、問題があれば先生に報告すると脅し、あの鋭い目力で圧力をかけてくる。
吸血鬼界と人間界を行き来したてだった頃、しょっちゅう遅刻していた私は、その地獄を身をもって体験した。
そんな後藤さんが風馬くんを呼び出す理由として考えられるのは一つだけ。
夏合宿の班決めをする際、たくさん誘いを受けていたにもかかわらず、ボッチだった私に同じ班になろうと誘った事だ。
クラスで浮いている存在に手を差し伸べる事は、世間一般的には評価される行為。
でもこの学校、このクラスにおいては許されない行為へと変貌する。
クラスで浮いているひとりぼっちの人間は、これからもずっとひとりぼっち。
後藤さんが政権を握っている限り、彼女にとって気に入らない大嫌いな相手である私はずっとそのまま。
……のはずだった。
それが、風馬くんの転校によって大きく覆った。
先程の呼び出しから考えて、風馬くんに『村瀬雪と関わらない方がいい』と忠告したのは後藤さんで間違いない。
風馬くんは、そう忠告を受けても自分の目ではっきりと見定め、私を『普通』だと言ってくれた。
そして手を差し伸べ、暗い闇の中にいた私を明るい光へと連れ出してくれた。
『人間』として扱ってくれた。この学年でそんな扱いを受けたことのなかった私を。
私にとって人生を変えたプラスの転機が、学校では罪として処理される。
つまり、風馬くんは罪人。罪人は委員長によって罰せられる。
このクラスの、生徒達だけの、暗黙の了解だ。
だからと言って見過ごすわけにはいかない。
助けてくれた相手を助けないなんて間違ってる。いくら後藤さんが怖いからって逃げたら駄目だ。
足が、膝がガクガクと震えている。握った拳も、気付けば身体中が震えていた。
それでも行かなくちゃ。
助けてくれた恩人に間違った制裁を下そうとする後藤さんを止めなくちゃ。
私は意を決して二人の後を追いかけた。




