第50話 笑顔とか可愛いし
イアンさんからのアドバイスを受け、その日から私は吸血鬼界と暫くおさらばすることにした。
でもイアンさんは私のわがままも尊重してくれて、『もしどうしても、ど~うしても、吸血鬼界に行きたい。来ないと死んでしまうという状況に万が一なってしまったら来ても良い』と許しを与えてくれた。
キルちゃん、レオくん、ミリアさん、そしてイアンさん……。
鬼衛隊の皆からエールも貰ったし、よし、頑張ろう!
というわけで、学校から帰宅した後も、こうして家にいるわけだけど……。
暇だ。暇すぎる。
宿題は休み時間を使って全部終わらせたし、時間割も完璧だ。
本来なら『友達と仲良く楽しくメッセージのやり取り』なんだろうけど、あいにく私にはそのための道具も相手もいない。
ただダイニングの椅子に腰をかけて、頬杖をついて机にのしかかってじっと過ごすしかないのだ。
って、ずっと座ってるのもなんだかな〜。
椅子から下りてリビングに移動し、特に意味もないけどテレビをつけてみる。
おじさんたちがギャハギャハ笑ってる……。
いや、おじさんたちって言っても世間一般的には芸人っていう職業の人たちなんだろうけど。
私、あまりテレビ見ないし。見るとしたらニュースとか?
おじいちゃんは、普段野球見たりお笑い番組見たりしてるっけ。
一緒になって見てみたけど、あまり面白くなかったな。
そうだよ。私には心が無いよ。分かってるもん、そんなこと。
「はぁ」
思わずため息をついてしまう。
やっぱり急に『吸血鬼界に行かない』なんて言うんじゃなかったな。
勿論こう思うこと自体が現実逃避で、私の甘えだっていうのは分かってる。
でもやっぱり……。寂しいな……。
まぁ、いいや。おじいちゃんが帰ってくるまで昼寝でもしよう。
まだ十六時か。
もう昼寝って時間帯じゃないけど昼寝、昼寝。
そうやってまぶたを閉じようとした瞬間に、転校生の柊木風馬くんに言われた言葉が脳裏をよぎった。
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時間は今日の午前中まで遡る。
実は今日の授業中、誤って風馬くんが落としてしまった消しゴムが私の席まで転がってきたのを拾って渡すと、あのカッコいい笑顔でお礼を言ってくれたのだ。
それだけで私の胸はときめいて、もう授業どころじゃなかった。
勿論ちゃんと最後まで受けたけど。
そしてその後。何故か風馬くんの方から『お弁当を一緒に食べよう』と誘いが来たのだ。
言う必要もないけれど、私の答えはYes。
まるで親友みたいに机をくっつけて、弁当のおかずを口にしていた時だった。
「何だ、村瀬、別に普通じゃん」
笑いながら風馬くんが言ったのだ。
ん? 普通? それってどういうこと?
私はイマイチ風馬くんの発言を理解できなかった。
私が頭上に?マークを浮かべた表情をしていたのが風馬くんにも分かったのか、彼はまたにっこりと笑った。
「何か、村瀬と関わらない方が良いって言われたから、村瀬ってそんなに変な奴なのかなって思ってたんだよ。あ、ごめんな」
言ってから、私を気遣うように謝罪してくれる。
私が首を横に振ると、風馬くんはまた喋り始めた。
「でもさっきの時間も俺の消しゴム拾ってくれたし、今だって俺と一緒に弁当食ってくれてるし。何か、想像以上にいい奴だな」
「え? あ……ありがとう」
唐突に褒められて、どうリアクションすれば良いのか困ったけど、とりあえず私はお礼を言う。
「笑顔とか可愛いし」
はいぃぃぃ⁉︎ ふ、風馬くん、い、今、何て仰いました……?
『笑顔とか可愛いし』
風馬くんの言葉が脳内で永遠にループする。
わ、私が、可愛い⁉︎
そ、そんなそんな、そんな事は断じて無いはず!
だって私、小学の時からずっとボッチだし、友達との付き合い方も分かんないし、多分挙動不審だし。
でも目の前の風馬くんは、何の偽りもない笑顔で卵焼きを口に運んでいる。
さっきの言葉、恥ずかしくないのかな。可愛い子に言うならまだしも、こんな私に『可愛い』だなんて。
でも風馬くん、全然気にしてない。本音なのかな。
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「う〜ん、分かんないよぉ……」
私は寝転んだソファーの上で手足をバタバタさせて暴れた。
風馬くんがどういう気持ちで『可愛い』って言ってくれたのか、何回考えてもそれらしい答えが浮かばない。
ただ『関わらない方がいい』って言われたような女子だからどんな奴か知りたいし、暇つぶしにからかってやろうって魂胆?
でも、それにしては何か自然過ぎた気がする……。
まだ出会って一日しか経ってないから何とも言えないけど、風馬くんは嘘をつくような子じゃない。
私の勘がそう言ってる!
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とは言ったものの、一人で考えてても埒があかないので、翌朝、学校に来ていた風馬くんに尋ねてみた。
「ねぇねぇ」
「ん?」
読書をしていた風馬くんが、不思議そうに私を見る。
はうう、全てがカッコいい……!
じゃなくて! 質問質問!
「あ、まず、おはよう」
朝の挨拶忘れてた。風馬くんも自然に『おはよう』と返してくれる。
「あ、あのさ、昨日、言ってくれたじゃない? そ、そのぉ、『可愛い』って」
たじたじな私の言葉に、風馬くんは一瞬目を泳がせたけど、すぐに笑顔を見せて頷いた。
「うん、言ったよ。もしかしてマズかった?」
その後で、急に不安そうに私の顔を覗き込んでくる風馬くん。
私のことまで心配してくれるなんて優しすぎるよ……!
「ううん! ううん! 全然そんなことないの! 寧ろ嬉し過ぎて夢なんじゃないかって思ったくらいで」
ん? 何言ってるの私?
「あ、そ、そうじゃなくて」
そう! そうじゃない! 聞きたいのは……。
「……『可愛い』って何で言ってくれたの?」
よし、言えた! 頑張った私! お疲れ私!
ここぞとばかりに自分を労りつつ、私は風馬くんの返答を待つ。
「何でって」
風馬くんはまた目を泳がせた後、
「村瀬の笑った顔が可愛いなって思ったからだよ」
ズキュン! と、私の心が打ち抜かれた音がした。




