第5話 天兵の襲撃
「もう何でこんな時に来るのよ」
キルちゃんがバッと立ち上がって周りにいた吸血鬼たちに逃げる指示を出す。
私たちの方へと沢山の吸血鬼が逃げてきた。
「まずいな……、こんな時に襲撃に来るなんて」
イアンさんが歯を噛み締めた。
「私が相手するからイアンはユキのことお願い!」
そう叫ぶと同時にキルちゃんは天兵の光の方へ素早く走って行った。
「わ、わかった!」
イアンさんが返事をしたけど、もうその時にはキルちゃんの姿はなかった。
「は、速いですね……」
この状況を飲み込めず、私はつい空気の読めない事を言ってしまう。
「そうだね。キルは運動神経がいいからね」
でもイアンさんは優しく答えてくれた。
「とりあえず逃げよう」
そう言って私の手を掴み、吸血鬼たちが逃げて行った方へ走り出す。
「え、でも、キルちゃんが……」
「キルなら大丈夫。僕が行っても足手まといになるだけなんだ。もうじき仲間も来るはずだから」
走りながらイアンさんは私をなだめてくれた。
「あそこに広場があるんだ。広場には結界も張ってあるから天兵とかVEOとかが襲ってきてもまず破れる心配はないよ」
私の目にも吸血鬼たちが集まっている芝生のような場所が見えてきた。
「は、はい!」
返事はしたけどやっぱりキルちゃんのことが心配だった。
あんなに小さいのに一人で大丈夫なのかな……。
イアンさんは大丈夫って言ってたけど……。
私は後ろを振り返りつつキルちゃんの無事を祈った。
お願い、死なないで……!
「結界に入るよ!」
イアンさんの声に、私はハッと前を見る。赤色のダイヤモンドが敷き詰められたような模様の結界が、目の前に迫ってきた。
「はい!」
結界に入る!
私は覚悟を決めた。
それなりの痛みか何かが伴うと思ったから。
思わず目をつぶってしまう。
______!
あれ? 何も起きない。
体に痛みもないし、何かが当たったっていう感触もない。
私はおそるおそる目を開ける。
そこには、遠目で見た景色が広がっていて、沢山の吸血鬼がうじゃうじゃと居た。
「よし、結界に入ったよ」
イアンさんがそう言った。
「あ、ありがとうございます……」
ペコリと頭を下げる私に、イアンさんは笑った。
「良いよ、気にしないで」
でも私が再度見上げた時には、イアンさんの表情は変わっていた。
真剣な表情で結界の外を眺めている。
やっぱりイアンさんもキルちゃんのことが心配なんだ。
そりゃあそうだよね。同じ部隊の仲間だし、なによりイアンさんはその隊長だもん。
するとその時、ビュン! と風を切る音が聞こえた。
結界が開く。
吸血鬼たちが一斉にざわめいた。
結界を破って飛ばされてきたのはキルちゃんだった。
「キル! 大丈夫かい?」
イアンさんが慌てて駆け寄ると、キルちゃんはすぐに身体を起こして言った。
「大丈夫。不意打ち食らっちゃっただけ」
そして勢いよく立ち上がり、小さく言った。
「もしここに天兵とかVEOが来ても守れるよね?」
真剣な表情でイアンさんを見つめるキルちゃんに、イアンさんはコクリと頷いた。
「絶対だよ」
キルちゃんはそう言って、またあの瞬足で天兵の方へ走り出した。
私とイアンさんがキルちゃんの走っていった方を見つめていると、急にイアンさんのスーツの胸ポケットからピロンという着信音が鳴った。
イアンさんがそれに気づき、急いで携帯を開く。
「もしもし。……あぁ。みんな無事だよ。今結界の中。……キルが戦ってくれてるから屋台の方に向かってくれ」
誰かと会話をしてイアンさんは携帯を閉じた。
吸血鬼の世界にも携帯あるんだ……! しかもちょっと懐かしい感じのガラケーだし。
私がイアンさんを見つめていると、イアンさんがにっこりと笑って説明してくれた。
「今のは鬼衛隊のメンバーだよ。キルを助けに行ってくれる」
「そ、そうなんですね。良かった」
私はホッと胸をなでおろす。
次の瞬間、後ろの方でざわめきが聞こえてきた。
私もイアンさんもバッと後ろを振り返ると、そこにいたのは銃を構えた人間たち___VEOだった。
「VEO!?」
イアンさんはそう叫ぶと、私を連れて彼らの方へ向かった。
「来たか。鬼衛隊長」
そう言ってイアンさんに銃を構えたのは、人間界で私を助けてくれたあの男の人だった。
「やぁ、さっきぶりだね、マコトくん」
イアンさんは微笑んで手を振る。なんか、友達みたい。
拳銃を向けられてるのに余裕綽々って感じ。
すごいな、イアンさん。
「気安く名前を呼ぶな! 今すぐその結界を解け!」
「無理だよ。結界を解いたらみんなの命が危ない」
「……その子も道連れにする気か!」
『マコトくん』と呼ばれた男の人が私に気づいて、イアンさんに問いかけた。
違います! これは誤解です! イアンさんは私に恩返しをするために連れてきてくれたんです!
そう言おうとしたけど、恐怖と緊張でうまく言葉が出てこなかった。
「あ、あの……」
それでも何とか口を開いたその時。
首のすぐ横で何かがキランと光った。
慌てて見上げると、イアンさんが私の方に長い爪を向けて不吉な笑いを浮かべていた。
「き、貴様、やはり……!」
誠さんが銃を構えてイアンさんを威嚇する。
え、嘘でしょ!? イアンさん! さっきのさっきまであんなに優しかったのに……!
突然のことに、頭が真っ白になってしまった。
ど、どうしよう……私、イアンさんに殺されちゃう……!
「この子がどうなってもいいのかな? マコトくん。もし君が結界を解けって言うなら……」
イアンさんは、さらに私の首元に爪を近づけて言った。
「この子の血を頂くぞ」