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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第二章 天界の天使編
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番外編① 心を潰したくないんだ

 同じ頃、天界の王宮では女性天兵長、ルーン・エンジェラと吸血鬼抹消組織、通称・VEOの隊長である鈴木(すずき)まことが話し合いをしていた。


「話というのは何だ? ルーン」


 誠が尋ねる。彼が座っているのは、かつて村瀬(むらせ)ゆきが通された応接室と同じ豪華な部屋だった。


 部屋の奥の窓際で窓の外を眺めているルーンが振り向いて、誠を見つめた。


「人間界のユキのことはマコト、お前に任せたはずだったな。あいつ自身も我と約束したはずだったんだ」


「雪が何かしたのか?」


 誠が尋ねると、ルーンは不機嫌そうに腕を組んだ。


「あいつは我との約束を破ったのだ。暫く吸血鬼界に行くのは止めると言ったのに」


「まさか、今も行き続けてるのか?」


 誠が驚いて椅子から立ち上がる。雪がルーンとそのような約束を取り付けたことは誠も耳に入れていたため、しっかり守っているものだと思っていた。


「ああ。しかも吸血鬼に庇ってもらったのをいいことに自分から帰ろうともしなかった。人間というのはそこまで腐った生き物だったか?」


「す、すまなかった」


 誠はルーンに向かって頭を下げた。


 だが、ルーンは不機嫌そうに、誠が座っている席の真正面の椅子に腰掛けた。


 机を挟んで二人は向かい合う形になる。


「我が欲しいのはお前からの謝罪ではない。ユキ本人からの謝罪だ」


「分かってる。雪には俺からよく言っておく。だから、今回だけは許してやってくれないか?」


 ルーンは怪訝そうに眉をひそめて、


「なぜ我が見逃さねばならんのだ。約束を破った相手を簡単に許せるわけがないであろう」


「あ、ああ。勿論それは充分承知の上だ。だが、ユキには心を落ち着かせる場所が必要なんだ。あいつのお爺様から色々と事情は聞いている。確かに現実逃避と言われればそれまでだが、あいつの心を潰したくないんだ」


「心を潰す、だと?」


 誠は黙って頷いて続けた。


「お前にも覚えがあるはずだ、ルーン。お前の彼氏も――」


「止めろ!」


 突如、誠の言葉を遮ってルーンが叫んだ。俯いているために彼女の表情は分かりにくいが、垣間見える口元は固く結ばれていた。


「嫌がらせか……? 我が話したくない事だとお前も知ってるだろう!」


 目は驚くほど大きく見開かれ、真っ白い歯は悔しげに食いしばられている。握られた拳の震えを見れば、ルーンの怒りがどれほどのものか容易に想像できる。


「す、すまない、ルーン。嫌がらせのつもりではなかった。ただユキにあいつと同じ運命を辿ってほしくなくて――」


「もういい」


 誠から顔を背け、ルーンは冷たく言い放った。


「帰ってくれ、マコト。もう用は済んだ」


 誠はルーンの背中をじっと見つめていたが、やがてゆっくりと椅子から立ち上がった。


「分かった。すまなかった、本当に」


 声をかけても振り返らないルーンを見つめながら、誠はそっと応接室を後にした。


「本日はお越しくださってありがとうございました」


 出口でフェルミナ――ルーンの第一部下兼幼馴染みである天使が頭を下げた。


「いや、こちらこそ呼んでくれてありがとう。それと」


 誠は申し訳なさそうにフェルミナを見つめた。


「俺が言い過ぎたせいでルーンの機嫌を悪くしてしまった。もしかしたらお前たちにも強く当たったりするかもしれないが……。本当にすまない」


 頭を下げて謝罪する誠に、フェルミナは優しく声をかけた。


「大丈夫です。ご心配くださりありがとうございます。天兵長の扱い、と言うのは少々言葉が悪いですが、関わり方は熟知しておりますので、ご心配なさらないでくださいませ」


「ありがとう、フェルミナ」


 フェルミナは首を振り、誠を見送った。


「気をつけてお帰りくださいませ」


 フェルミナに見送られて、誠はモヤモヤした気持ちで天界を後にした。


 ――やはり、あの話を持ち出すのはマズかったか。


 反省し、ルーンの気持ちを案じた。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 その後、誠から報告を受けたフェルミナは、ルーンが居る応接室に向かった。開いたままのドアをコンコンとノックし、


「天兵長」


 窓辺に佇むルーンに優しく声をかけた。


 だが、ルーンは聞こえていないのか振り向こうとしない。ただずっと窓の外を見つめている。


「ルーン」


 『二人だけの時は名前で呼び合う』という約束を思い出し、フェルミナは幼馴染みの名前を呼んだ。


 するとルーンはやっと振り向き、優しく微笑む部下の姿をその瞳に捉えた。


「マコト様から少し聞いたわ。何かあったの?」


「マコトが、我の想い人のことを口にしたのだ。彼が堕ちたことはあいつも知っているはずなのにわざわざ」


 拳で窓の縁を叩き、怒りを剥き出しにするルーンに、


「別にマコト様も悪気があって言ったわけじゃないと思うわ。ユキ様のことを心配して――」


「それでもだ!」


 フェルミナの言葉を遮ってルーンは叫ぶ。


「今でも時々夢に出てくるんだ。だから怖くて少しでも思い出さぬように努力していたのに」


 窓の縁に置かれた拳が小刻みに震えている。


「ルーン……」


 フェルミナは歩み寄り、その肩に手を置いた。


「あぁ、すまない、フェルミナ。そなたに八つ当たりする気はなかったのだが、つい怖くなって」


 自らの身体を抱きしめるように、ルーンは腕をさすって恐怖を紛らわせようとした。


「分かるわ。あんなことがあったんだもの。気にしなくていいのよ」


 フェルミナは、そんな彼女に優しく声をかけた。

 幼馴染みに慰めてもらったルーンは、ようやく口角を上げてお礼を言った。


「マコトには強く言い過ぎてしまったな。あいつにとっては過去のことなのに」


 ため息をついて、先程の訪問者を案じるルーン。


「大丈夫よ。マコト様も反省されていたわ。ルーンの気持ちは分かっているわよ」


「そうだと良いのだが」


 ルーンは腕を組んだ。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「なぁ、聞いたか? ウォル」


「う、うん。天兵長、怒っていらっしゃるね」


 応接室のドアの前では、そんな会話を耳にした天使・フォレスとウォルが、神妙な顔つきで見つめ合っていた。

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