第47話 強くなろう
家に着いた私たちをブリス陛下の秘書であるテインさんが迎えてくれた。
「おかえりなさいませ。イアン様、ユキ様」
作業していた手を止めて玄関先まで駆け寄って頭を下げるテインさん。
「ありがとう、テインさん。……あれ? お父様は?」
イアンさんは家の中をくるりと見回して問う。
「陛下は御用事があるとのことで王宮へ戻られました」
「そうなんだ。ありがとう」
そう言って律儀に礼をするテインさんにお礼を言って、イアンさんはもう一度質問をする。
「キルとミリアの具合はどうかな?」
「だいぶ良好です。もう体内に毒素は残っていません」
そう言うテインさんの牙が少し黒いのは……。
「そっか。良かった」
イアンさんの安心した顔を見て私もホッと胸を撫で下ろす。
でも……。あの牙は明らかにおかしい!
「あ、あの!」
「はい、何でしょうか? ユキ様」
私は思い切ってテインさんに聞いてみた。
「牙が少し黒いんですけど、大丈夫ですか?」
「ああ、これでございますか」
テインさんは一部が黒くなった牙を指で触って笑顔を向けた。
「ご心配をおかけして申し訳ございません、ユキ様。大丈夫です。キルちゃんとミリアの毒素を吸ったので……」
「えぇ⁉︎」
衝撃的なことを聞いてしまい思わず変な声が出る。
「あ、ユキ様にはまだお伝えしていなかったでしょうか」
「な、何をでしょうか……」
何か怖いことを話されそうで私の方も身構えて敬語になってしまう。
一体何を話してくれるんだろう。
「わたくしはナース・ヴァンパイアという吸血鬼の部類に属する吸血鬼なのでございます。ナース・ヴァンパイアというのは、主に傷ついた仲間を治療する吸血鬼のことでございます」
な、なるほど……。
だから毒素を抜いてキルちゃんとミリアさんの治療をしてくれたんだね。
ん? でも待って! だったら今度はテインさんに毒が回っちゃう!
「テ、テインさん! 早くどこかに吸った毒吐き出してください! じゃないとテインさんまで……!」
「大丈夫でございますよ、ユキ様」
焦って叫ぶ私を宥めるようにテインさんが微笑む。
だ、大丈夫なわけないじゃん。だって毒を吸ってるんだよ⁉︎
「わたくしたちナース・ヴァンパイアは、体内に入ってきた悪い物質を瞬時に自らの血液で浄化する能力を持ち合わせているのです。ですので、もうわたくしの体に毒はございません」
「えっ……?」
「ご安心くださいませ」
そう言ってテインさんはもう一度微笑んだ。
「よ、良かったです」
私はホッとした。
毒を吸ってしまったせいでテインさんまで具合が悪くなるんじゃないかと思ったからだ。でもそれは取り越し苦労に終わった。
テインさんに、毒素や体にとって悪い物質を浄化して消し去る能力があるなら心配ない。
「ちなみに」
テインさんが指を立てて補足説明してくれた。
「ミリアもナース・ヴァンパイアでございますよ。わたくしの後輩に当たります。ユキ様はもうご存知かとは思いますが」
そっか。だからミリアさんにもキルちゃんを治療できたんだ。
でもミリアさんがテインさんの後輩吸血鬼だってことは知らなかった。
テインさんがミリアさんだけ呼び捨てで呼んでたのは先輩後輩の関係だったから。
ミリアさん、ただ単に治療が出来る吸血鬼かと思ってたけど、実はそういう部類の吸血鬼だったんだ。
私がなるほど、と納得していると、
「テインさん!」
突然ドタドタと階段を降りてくる音がしてレオくんが降りてきた。
「レオくん!」
「レオ!」
私とイアンさんは同時にレオくんを呼んだ。
「あ、隊長にユキも」
レオくんは私とイアンさんの方を向いて頬を緩めた。
「何かあったの? レオくん」
私が尋ねると、レオくんは笑顔で言った。
「キルとミリアさんの意識が戻ったんだ!」
「本当か⁉︎」
イアンさんもパッと顔を輝かせた。
「はい! 隊長!」
私たちはレオくんに続いて急いで階段を上った。
「キル! ミリア!」
ドアを乱暴に開け、イアンさんが二人の名前を呼んだ。
一階と同じ木造の部屋に置かれたベッドの上で、キルちゃんとミリアさんは横たわっていた。
「イアン……」
「イアン様……」
まだ少ししか開いていない目で、二人はイアンさんを見つめて笑顔を見せた。
「良かった……本当に良かったよ、二人とも」
イアンさんの目が潤み、数秒もしないうちに大粒の涙が溢れ出す。
私もレオくんもテインさんも目尻を潤ませた。
「毒素はもうありません。今まで意識のない状態でずっと横になっていましたから、あと数分あまり意識が朦朧とする状態が続きますが、すぐに元気になれますよ」
「テインさんありがとう」
「ありがとうございます、先輩」
キルちゃんとミリアさんがテインさんにお礼を言う。
テインさんは二人に微笑んだ後、腰を曲げてミリアさんを見下ろした。
「でもミリア。貴方はもっと危機感を持つべきです。後衛で戦闘中の仲間を援助する攻撃スタイルであることは、強い天使ほどすぐに見抜きます。今回のように狙われて先に潰されてしまっては後衛で待機している意味がありません」
「も、申し訳ありません」
ミリアさんは申し訳なさそうに謝罪する。
指を立ててミリアさんに顔を近づけてテインさんは忠告した。
「いいですか? ミリア。今後は戦法をもっと工夫してください。それに狙われて対処出来ないようでは困ります。治癒魔法は充分に使えるのですから今後は戦闘用の魔法を使えるように修行しなさい」
「私も戦闘をするということですか?」
「いずれ天界との戦いが厳しくなれば、わたくしたちナース・ヴァンパイアも戦力にならなくてはいけません。その為の準備だと思ってしっかり戦闘能力を身につけておくことです」
ミリアさんはテインさんの言葉に頷いた。
「説教も終わったことですし、わたくしはそろそろ王都に戻ります。鬼衛隊の皆様、そしてユキ様、くれぐれもお気を付けて。また会う日まで御元気で」
テインさんは、私たちに深々と礼をして空中に魔法陣を出現させて王都に戻っていった。
「皆様」
テインさんが去っていった後の部屋の中でミリアさんが口を開いた。
「今回は私のせいで、皆様を危険な目に遭わせてしまって本当に申し訳ありませんでした」
「そんなことないよ、ミリア」
イアンさんが微笑み、横になっているミリアさんの肩に優しく手を置く。
「そもそも最初に僕が天兵を止められなかったのが原因だ。全ての責任は僕にある」
「そ、そんな、隊長は何も……」
「ううん、僕の責任だ」
ミリアさんの言葉を遮ってイアンさんは俯く。
「僕ももっと強くならなきゃいけない。あんなことじゃ、そのうち吸血鬼界は天界に潰される。吸血鬼界を守るために僕たち鬼衛隊がいるんだ。目的を達成出来ないで、鬼衛隊長を務める資格はないよ」
「イアン……」
キルちゃんが俯くイアンさんを見つめる。
「皆、今回は僕が悪かった。本当にごめん。皆でもっともっと強くなろう。お父様やテインさんの手を煩わせるのは今日で最後だ」
イアンさんの言葉にその場にいた全員が頷いた。




