第46話 気のせい、よね?
その日はいつもよりも憂鬱だった。
朝礼前も授業中も移動教室の時も昼休みの昼食の時も、おじいちゃんの顔と言葉が頭に焼き付いて離れなかった。
おじいちゃんはすごく優しくて、ちょっとやそっとのことでは怒らずに諭してくれる感じだった。
それでもちゃんと厳しさは伝わってきた。
だからこそおじいちゃんを甘く見るなんてこともしなかったし、おじいちゃんの言いつけは守ってきていた。
……昨日までは。
気をつけないとって思ってた。
前はおじいちゃんが早く寝てくれていたから助かったけど、同じ手は通用しない。
当然のことだ。分かってた、はずなのに……。
私はおじいちゃんに叩かれた左頬に触れた。
まだ少し痛みが、熱が残っていた。
おじいちゃんの怒った表情、いや、むしろ泣きそうなほど残念そうだった顔が浮かんできた。
あんな顔させたくなかったのにさせてしまった。後悔で胸がいっぱいだった。
「……さん」
「……せさん」
「村瀬さん!」
「は、はい!」
しまった! 授業中だった!
教壇の前に立つ現代文の先生もクラスの皆も訝しげにこっちを見ている。
先生は呆れたようにため息をついて、
「教科書の四六ページ読んで」
「は、はい……」
恥ずかしさで火照る顔を教科書で隠しながら、言われた通りの箇所を音読した。
うう……、皆こっち向いて笑ってる……。
午後の授業は、そんな恥ずかしい失態で幕を閉じた。
「はぁ……」
終礼も掃除も終えて帰る準備をしながら思わずため息が零れ出た。
朝から今まで良いことなんて一つもなかった。
いつもなら朝はおじいちゃんのおかげで救われていたけど、あの後結局おじいちゃんは寝室から出てこなかった。
仕方ないから冷凍のおかずを温めて弁当箱に詰めていったから、今日の弁当はあまり美味しくなかった。
こんな時に友達がいたら愚痴話せるのになぁ……。
私が学級委員長である後藤さんに異議申し立てをしてから、その時に放った言葉通りに後藤さんは私に関わることがなくなった。
今まで私に関わってくれたのは後藤さんとその取り巻きだけだったため、彼女が離れてから私は本当にひとりぼっちになった。
それどころか……。
「ねぇねぇ! 聞いて皆! さっきの授業中に、先生の指示無視してボーッとしてた子がいるのよ!」
廊下で大声で叫んでいる少女。
彼女がAクラスの学級委員長・後藤亜子ちゃん。
「え? そうなの?」
「無視はひどいよね」
「あ、それ聞いたぞ! ぼっちの奴だろ?」
違うクラスの人たちが廊下に出てきて後藤さんの周りに集結。
後藤さんは何が面白いのか、私のさっきの失態を学年中に広めようとしているのだ。
私の話題で皆は大はしゃぎ。時折廊下から私の方をチラリと見ては、
「うわっ、目合っちゃった!」
「自分のこと言われてるのに何も言わないんだね」
「馬鹿なんじゃね?」
「鋼の精神ってあれね」
などと盛り上がっている。
はぁ、どうぞお好きに。そっちで勝手に楽しんでればいいよ。
もう何も言う気力がない。
後藤さんに勇気を振り絞って抗議した後に言われた言葉が怖くて、もう良いやって投げ出してしまう。
実際それで困ることなんてないし。
制カバンを肩にかけて教室を出て、廊下で大はしゃぎしている皆の前を通り過ぎて学校を出た。
皆の視線を痛いほど感じたけど気にしない、気にしない。
「あっ! ユキ!」
校門を出たところで手を振られた。
相手は勿論約束していたイアンさん。
彼の笑顔につられて、私の顔からも自然と笑みがこぼれる。
「お待たせしちゃってすみません」
駆け寄り頭を下げると、
「気にしないで。僕も今来たところだし」
と言って優しく労ってくれた。
幸い私が帰宅生徒第一号だったようで、校門の周りにも人の姿はない。いつも本当についてるなぁ。
「よし、じゃあ行こうか」
「はい!」
こうして私とイアンさんは魔法陣で吸血鬼界へと向かった。
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「----」
後藤亜子は思わずその場で立ち止まった。
行く手を阻む物があったわけでも、忘れ物に気が付いたわけでもない。
ただ何かが見えた気がしただけだ。
--気のせい、よね。
そうだ、きっと気のせいに違いない。
さっきまでずっと同じクラスのボッチについて皆と話していたから、脳が勘違いしてしまっただけだ、と言い聞かせる。
それに頭の中にずっとボッチが浮かんでいるのも胸糞悪いため、頭をブンブン振って姿形ごと抹消した。これで完璧だ。
「亜子様、どうされたの?」
「部活行きますよ?」
取り巻きの少女たちに呼ばれて、亜子は急いで振り返った。
「うん! 分かってるわよ!」
彼女たちの元に早足で走って追いつく。
だが、既に脳内から抹消したはずの光景がまた頭の中に流れ込んできた。
一瞬だったため、亜子の見間違いである可能性は高い。
それに常識的に考えてあんなことが起こるはずもない。
見間違いか幻覚か、あるいは亜子が疲れていただけだと思いたい。
実際ここのところ、学級委員長としての仕事やその他諸々の用事が多くて、学校生活もキツキツの状態だ。
変なものを見てしまっても、なんら不思議はないのだ。
--村瀬さん、だったわよね。
それでもやはり気になって仕方がない。
自分が見たあの光景はあまりにも鮮明とし過ぎていた。
同じクラスのひとりぼっち、村瀬雪が誰かと一緒に淡い光に包まれて姿を消した光景は、あまりにも--。




