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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第二章 天界の天使編
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第44話 行ってきます

 その後も二人の会話は続いていた。

 会話というより密談と言った方が的確かもしれない話し方だが。


「だがユキは普通の人間だろう? ましてやここに来るまでに、何かしらの力が彼女に働いたわけでもなさそうだしな」


 手を顎に当て考え込む黒髪に薄髭の吸血鬼、ブリス。

 彼は、ここ吸血鬼界を治める、人間界の言葉で言う王にあたる吸血鬼だ。

 もっとも、周りの者からは『陛下』と呼ばれ慕われているため、『王』であることも間違いではない。


「はい。ユキからは最初に会った時から、何も魔力のような力は伝わってきませんでした」


 頷き、自らの経験を口にする橙髪の吸血鬼、レオ。

 ただ、と前置きをして月光の背に立つブリスを見上げる。

 ブリスと彼では、少しばかりブリスの方が高身長なのだ。


「俺がユキと会ってる時間は限られてます。あいつが人間界の『がっこう』とやらに出かけているのですが、その迎えも隊長がなさっているので、俺よりも隊長にお聞きになった方が良いかと思います」


「そうか。人間界のシステムは少し小耳に挟んでいる程度だが、何でも、ユキはそこでうまくいっていないようだな」


 息子であるイアンから聞いたのだろうか、ブリス陛下がユキの現状を口にした。


「はい。一度は俺達に頼らずに努力しようとしてたみたいですけど、そのせいで怖い思いをさせてしまって……」


 レオはあの日のことを思い出しながら顔を歪める。


 ユキが吸血鬼界と人間界を行き来して間もない頃、天兵軍の奇襲に遭った。

 しかしそれでもなお吸血鬼界に居たいと言った彼女に、レオは苦言を放ったのだ。


「俺、天界と吸血鬼界の戦いが激しくなると思ってユキに言ってしまったんです」


 『もう来ない方がいい』


 ユキの身の安全を考慮しての言葉だった。


 だがそれが原因でユキは家を飛び出し、あやうく人身売買にかけられるところだった。

 幸いレオ自身が見つけることに成功し、大事には至らなかったが。

 しかし、そこでユキとは初対面となる天界の女天兵軍長・ルーンと遭遇してしまったのだ。

 彼女にユキを売ろうとしていたと誤解されて、あろうことか戦闘にまで踏み切られてしまった。

 おかげでレオは散々な目に遭ったのだが。


「今は勿論そんなこと思ってないですし、ユキがいてくれなかったら今の俺たちはいなかったかもしれませんから、あいつには感謝しています」


 微笑むレオに同意してブリスも言葉を発する。


「そうだな。ごく普通の人間なのに、天使どもに立ち向かうような勇気があったとは感心だ。わたしたちは良い人間と巡り合えたものだ」


「はい。人間も、悪い奴ばかりじゃないんですね」


 過去を思い出しながらレオは言う。


「さてと、もう夜も遅い。お前だって今日の戦いで心身共に疲れているだろう。早く床に入ると良い。彼女のことは出来る範囲で調査しよう」


 これは預かるよ、とレオの手の氷のような物体を手に取り、ブリスは微笑んだ。


「ありがとうございます」


 ユキの調査を提案したブリス陛下にレオは深々と頭を下げた。

 窓の側で話す二人をそこから差し込む月光が青く照らしていた。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 朝。暖かな日差しと小鳥のさえずりで私ーー村瀬雪は目を覚ました。

 見慣れた木製の天井が視界に映る。

 ふかふかのベッドから身を起こして辺りを見回すと、二つ先のベッドで橙髪の吸血鬼が眠っていた。

 腕や足、顔など体のあらゆる部位に施された治療を物語る白い包帯が、彼の呼吸とともに上下していた。


 ーーレオくん。


 昨夜の夕食中に私の活躍(と言っても私自身あまり自覚はないんだけど)を陛下やその秘書のテインさんに伝えてくれた。


「あ、ユキ、起きたんだね。おはよう」


 挨拶されてキッチンの方へ視線を移すと、そこには黒髪の吸血鬼がフライパンを片手に立っていた。


「イアンさん、おはようございます」


 彼の名を呼び私も挨拶を返す。

 見ると、イアンさんはキッチンに立って何かを作っているようだった。


「朝ごはんですか? 手伝います」


 天使たちとの戦闘でボロボロに破れた制服の代わりに、ミリアさんのお下がりであるパジャマを貸してもらった私は、その袖をまくってイアンさんの横に立つ。


「ありがとう。それより体は大丈夫なのかい?」


 イアンさんに問われて私は頷く。


「はい。もう元気です」


 拳を握って腕を曲げ、上下に振って元気をアピール。でもその直後、


「痛い……」


 腕を抱き込むようにして痛みに耐える私を見て、イアンさんは吹き出した。


「まだ痛むのに、無理して動かしたらダメだよ」


「もう大丈夫だと思ったんです……」


 過信し過ぎて涙を零す私の肩に手を置き、イアンさんは微笑む。


「あとちょっとで作り終わるからユキは座ってて。あ、そうだ。お箸とか並べててよ」


「はい!」


 仕事を貰えて私は声を張り上げた。

 そしてイアンさんが作ってくれたトースト(焦げ焦げ)と目玉焼き(黄身が潰れて何が何だか)をありがたく頂いた。


「制服……」


 朝食を終えた私は大事なことに気がついた。


 制服が、ない!


 昨日の夕方に、体を張ってキルちゃんたちを双子天使から守ったせいで、制服がボロボロになってしまっていた。

 流石にミリアさんから貰ったパジャマでは学校に行けない。


「おはようございます」


 頭を抱えていた私、と朝食を上手く作れなくてうなだれているイアンさんに、挨拶の声が飛んできた。


「テインさん」


 階段から降りてきたのは、紫髪のメガネ吸血鬼、テインさんだ。

 彼女はブリス陛下の秘書にあたる吸血鬼で何でも出来る凄い吸血鬼。

 そんな万能吸血鬼が、私にある物を差し出した。


「ユキ様、手入れが遅れて申し訳ございません。破れていたところを補修して汚れを落としただけの簡単な手入れになってしまったのですが」


 彼女が持っていたのはボロボロだった私の制服。

 でも彼女が手にしている制服は、昨夜そんな悲惨な状態だったとはとても思えないような新品同然のピカピカだった。


「ありがとうございます! テインさん!」


 感動のあまり、制服よりも先にテインさんの両手を握ってしまう。

 たった一晩でここまでの完成度。さすが万能吸血鬼!


「礼には及びませんよ。ユキ様。どうぞ」


 私が手を握ったせいで床に落ちてしまった制服を拾い、テインさんは差し出す。

 今度はちゃんと受け取ってトイレで支度をした。


「じゃあ行ってきます」


 支度を終えた私は、テインさんに手を振ってイアンさんと一緒に鬼衛隊のログハウスを出た。

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