第42話 ユキは充分役に立ってくれたじゃないか
イアンさんがブリス陛下の息子⁉︎
ってことは、イアンさん、吸血鬼界の王子⁉︎
すごい……! 私、そんなすごい人と関わってたってことだよね?
私がイアンさんの方に顔を向けると、イアンさんは恥ずかしそうに頬を掻いて言った。
「いやぁ、言うべきか言わないべきか、迷ってたと言えばそうなんだけど」
ものすごく曖昧な切り出しで始まるイアンさんの言葉をじっと待つ。
「別に言ったところで僕には王子っぽい所なんて何にもないし、お兄様たちの方が寧ろ似合ってるからわざわざ言わなくてもいいかなって」
「お、お兄様もいらっしゃるんですか⁉︎」
「あ、うん。お兄様とお姉様の三人兄弟なんだ」
そう言ってニッコリ笑う吸血鬼をまじまじと見つめながら、たった数分間で脳内に入ってきた膨大な量の情報を整理しようと試みる。
まず、イアンさんはこの吸血鬼界を治める国王、ブリス陛下の息子さん。
それからイアンさんの上にも王子のお兄様と王女のお姉様がいらっしゃる、と。
すごい、すごすぎる……。
「あ、あの、お父様」
イアンさんが文句を言いたげな表情で、私が寝ているベッドの側に立つブリス陛下を見る。
「ユキは今目覚めたばかりなのです。ユキにとって衝撃すぎることは言わないでいただけませんか? 衝撃すぎてユキの頭……口がフリーズしてしまっています」
どうやら、私はぽかんと口を開けたままベッドに横たわっていたようだ。
「あぁ、すまんすまん」
開いた口を急いで閉じた後、謝ってくれたブリス陛下に両手を振って応じ、
「あ、あの、キルちゃんたちはどうしてるんですか?」
ふと三人のことを思い出してブリス陛下に尋ねてみた。
天使たちとの戦闘中に意識が無くなったから、その後のことを私は何も知らないのだ。
「キルちゃんとミリアは今別室でございます」
メガネをくいっと上げて教えてくれたのは、ブリス陛下の秘書の紫髪吸血鬼・テインさんだ。
「別室、ですか?」
「左様でございます、ユキ様。二人は天使の毒撃を受けておりますので、別室にて特別な処置を行っている途中でございます」
頷き、テインさんは二階を指し示した。
別室。私たちと離されたってことはやっぱりひどい毒だったんだ。結局ミリアさんのこと守れなくて、そのせいでキルちゃんまで……。
「ごめんなさい。実は二人が毒撃を受けちゃったのは私のせいなんです」
「ユキ様の?」
不思議そうに首を傾げるテインさんに頷いて続ける。
「あの時はキルちゃんもレオくんも天使の二人と戦ってたから、ミリアさんを助けられるのは私しかいなかったんです。なのに私何も出来なくて。そのせいでキルちゃんも毒撃を受けてしまったんです」
その時のことを思い出すと今でも悔しい気持ちでいっぱいになる。
私に何か特別な力とかがあればミリアさんを助けられたのに。後悔の念は未だに消えない。
「だから、本当に申し訳ありません」
ブリス陛下、テインさん、そしてイアンさんを見て私は頭を下げた。
「ユキ……」
イアンさんはポツリと私の名前を呼んだ後、笑顔でこう言った。
「大丈夫だよ、ユキ」
「え?」
「ユキは充分役に立ってくれたじゃないか」
「そ、そんなことないですよ! 何も出来なかったんです、本当に」
「ううん。だって僕のこと手当てしてくれたでしょ?」
首を振ってイアンさんは穏やかな笑顔を見せた。
でも私がしたのはそれだけ。実際、戦闘現場では何の役にも立たなかった。
それに手当ても応急処置並みしか出来なかった。
イアンさんの身体に包帯を巻いてくれたのはきっとテインさんだろう。
「そんなに落ち込まないで」
ベッドから降りてイアンさんは移動し、私の肩に手を置いた。
「ありがとう。ユキのおかげだよ」
草原の中で聞いたセリフだ。
でも声も少し似ているけどイアンさんの声じゃない。じゃあ一体誰が……?
「大丈夫さ。ユキ。皆助かったではないか」
この声だ! 草原の中で聞いた声、ブリス陛下だったんだ。
「あ、そうだ! レオくんは」
唐突にキルちゃん、ミリアさんと一緒に天使と戦ってくれた吸血鬼のことを思い出した。
レオくんも天使ウォルの攻撃で立てないくらいの怪我を負っていた。
「レオはここだよ」
イアンさんが指を差して教えてくれた。
レオくんはイアンさんより奥のベッドで横になっていて、まだ意識は戻っていないようだった。
「レオくん!」
立ち上がり、ベッドをつたってレオくんが寝ているベッドまで移動する。
「あ、ユキ様」
よたよたと歩く私をテインさんが支えてくれた。
「レオくん!」
側に行き、もう一度呼びかける。
「……」
ゆっくりと、レオくんの目が開いた。
とろりとした目で天井を見た後、数回瞬きをして私の方を見る。
「レオくん」
私は、もう一度レオくんを呼んだ。
「ユキ……無事……だったのか……」
ゆっくりで途切れ途切れだったけど真っ先に私を心配してくれた。
イアンさんや私と同じくらい全身が包帯や絆創膏、ガーゼまみれのレオくんはそう言って口角を上げた。
「うん。ありがとう」
私がお礼を言うとレオくんは首を横に振った。
「俺、じゃない。……陛下が、助けに……来てくださったんだ。あと……テインさんも。その……おかげで……俺も……キルも……ミリアさんも、ユキも……助かったんだ」
レオくんの言葉を聞いて、私はブリス陛下と横で支えてくれているテインさんの方に向き直り、頭を下げた。
「本当にありがとうございました。私たちのこと助けてくださって」
「いいや、国を治める者として当然のことをしたまでだ」
「礼には及びませんよ、ユキ様」
二人ともが首を振り、笑顔でそう言ってくれた。
「では、キルちゃんとミリアの様子を見て参ります」
そう言ってテインさんは私をベッドまで送った後、二階に上っていった。
「イアン」
ブリス陛下がイアンさんを険しい顔つきで呼んだ。
「はい、お父様」
イアンさんも真面目な顔つきになって、しゃんとベッドの上で背筋を伸ばす。
「お前がいながら天兵軍にボロ負けするとは一体どういうことだ。明らかに訓練が足りていないぞ。もっと気を引き締めろ。吸血鬼界が天界に潰されてもいいのか」
「い、いえ、そんなことはありません。もっと訓練を積んで強くなります。そして、吸血鬼界を守り抜きます」
ブリス陛下はしばらくイアンさんを見つめていたけど、やがて頷いて言った。
「その言葉、しっかり行動に移せ」
ブリス陛下の言葉にイアンさんは首を縦に振った。
「二人とも経過は良好です」
テインさんが二階から降りてきた。
「おそらく明日には目覚めるかと思われます」
「テインさんありがとう。二人の治療までしてくれて」
イアンさんがテインさんにお礼を言った。
「とんでもございません。イアン様。治療や修理などがわたくしの仕事ですので」
窓の外___すっかり夜も更けた暗い空を見上げてブリス陛下が言った。
「今日はもう遅い。イアン、わたしたちもここで泊まっても良いだろうか」
「勿論です、お父様」
こうして天使との戦闘の夜は、ブリス陛下とその秘書であるテインさんも一緒に過ごすことになった。




