第40話 これが、死ぬってことなんだ
「なー、ボスよー」
ため息をついたあと、フォレスが事の成り行きを黙って見ていた天兵長・ルーンさんに文句を言う。
首だけでルーンさんを睨むように見つめるその瞳には、手の双剣が焼き尽くされそうな強い炎が漲っていた。
「何だ」
ルーンさんが無表情のまま応じる。
「何で人間が吸血鬼やろーのこと庇ってんだ? 天界と人間界で同盟組んでんじゃなかったのかよ。話がちげーぞ」
「もちろん同盟は組んでいる」
「じゃあ何でこいつはこんなことしてんだ」
双剣で私を指してフォレスは尋ねる。
「我が知ったことか。本人に聞け」
舌打ちをしてフォレスは私に向き直る。
「おい人間。こいつら吸血鬼はオレたちの敵なんだぞ。それを庇うとか、お前頭おかしーんじゃねーの?」
「おかしくないです」
「ああん?」
フォレスの眉が吊り上がる。口答えをしたせいで明らかに不機嫌になってしまったみたいだ。
でも言わないと、キルちゃんたちは敵じゃないって言わないといけない。
「それにキルちゃんたちは敵じゃないです。ちゃんと私のこと守ってくれます。優しくしてくれてすごくありがたいんです」
初めて吸血鬼界のイアンさんたちの家で目覚めたときに見た、イアンさんとキルちゃんの笑顔。
吸血鬼三人組に誘拐されて天兵長のルーンさんにも誤解された私を、命懸けで守ってくれたレオくん。
どんなに重傷でもちゃんと治してくれて、私を励まそうとしてくれるミリアさん。
皆の顔が順番に浮かんできた。
「本当は敵視されてる世界の住人なのに、そんな私にも優しくしてくれるんです。そんな人たちが……敵なわけないじゃないですか!」
フォレスが怒りの眼差しを向けて歯軋りする。
「貴様優しく言ってりゃちょーしに乗りやがって。マジで殺されてーみてーだな!」
双剣を構えて戦闘待機に入り、フォレスがじりじりと後ずさる。
同時に構えた双剣からは先端に毒を持つ茶色の蔓が伸びて、うようよと揺らめいていた。
____皆を守れるなら死んでもいい。
おじいちゃんに会えなくなるのは寂しいけど、それ以外なら未練なんて何一つない。
あ、そういえば今日早く帰ろうって思ってたのに。
おじいちゃん、きっと怪しむだろうな。
でもいいか。それも今日でお終いだ。
それに私がいなくなれば、吸血鬼界もこんなにこっぴどく天界から狙われる必要もなくなる。
いいこと尽くしだ。
「フォレス、こんな奴いちいち構えなくても一撃で殺せるよ」
弟のウォルが不吉な笑みを浮かべて弓越しに私を見る。
「うるっせー! オレはな、たとえ相手が弱い奴でも手加減したくねーんだよ! 戦うなら正々堂々と! それが天使のモラルだろーが!」
双剣を振り回して叫ぶフォレス。
「それ、フォレスが勝手に言ってることでしょ」
呆れたようにため息をついたあと、ウォルはまた笑みを浮かべる。
「さてと、じゃあね人間」
「行くぜ……!」
二人が勢いよく地面を蹴り、ものすごい速さで私に迫ってくる。
逃げなきゃ!
……でも無理だ。
急いで後ろを振り返る。そこには三つの不安げな顔。
逃げたらダメだ。
私がここから一歩でも動いたらキルちゃんにもミリアさんにもレオくんにも危険が及ぶ。
私が攻撃を全部受けるしかない!
「フォレスト・バイン!」
「ウォーター・アロー!」
二人の攻撃が迫ってきた。
しっかりしなきゃ!
絶対に倒れるわけにはいかない。少しでも私がへばったら皆が傷ついてしまう。
肩幅に開いた足をしっかり踏ん張って拳にグッと力を込める。
一瞬も瞬きしないように目を見開いて迫りくる蔓攻撃と水矢攻撃を見定める。
蔓は左目で矢は右目。
両目をフル活用して攻撃がどこに落ちるか、加速度、どんなモーションか、曲がってくるか、まっすぐ来るか、瞬時に見分けて動かなければ。
「……っ!」
待って! 予測と違う!
迫ってきた緑の蔓と青の矢は加速度をつけて一気に分身し数を倍増させた。二つだと思っていた攻撃が何百にもなる。
流石に全部受け切れるか分からない。でも、やらなきゃ!
「キルちゃん! レオくん! 剣、借ります!」
こうなったら無防備で大人しくってわけにはいかない。ちゃんと武器を活用して守らないとダメだ。
キルちゃんとレオくんの短剣と片手剣を両手に持ち、構える。
そして倍増した攻撃を休む間もなく弾いていく。
でも今まで武器を扱ったことがない私がそんなに上手に弾けるわけもなく……。
かろうじてキルちゃんたちに怪我は負わせてないけれど、弾けなかった攻撃が私の身体を容赦なく切っていく。
「ユキ、血が……!」
キルちゃんが驚いて声を上げる。
剣を振り回している腕をチラリと見ると、何カ所もすり切られた痕があった。
痛い。体全体が痛い。
手に、足に、お腹に、頬に、何倍にも増えた蔓と矢が突き刺さって私の体を蝕んでいく。血が迸り、地面へ垂れていく。
今まで体験したこともないような桁外れの痛みに思わず膝をつきそうになる。
ダメだ! ここで動いたらキルちゃんたちが怪我しちゃう。
でも序盤より剣で弾く速さが弱まってしまった。動かそうと思っても、傷の痛みでうまく動かせない。
そのせいで、どんどんどんどん身体に突き刺さる攻撃が増えていく。
あぁ、最後まで役立たずだったな。せめて私が何かしらの能力者とかだったら皆に心配かけずに守れてたはずなのに。情けなくて笑みが溢れる。
痛い。痛い。痛い。
あはは……。本当に情けないなぁ、私。でもあと少しだ。あと少し攻撃に耐えれば、嫌な自分ともお別れできる。
誰かを守って死ぬなんて、まるで戦国武将みたいだな。ちょっとかっこいいかもしれない。
こんな自分だったら少しは好きでいられたのかも……しれないな……。
「うぐっ!」
こ、これはっ、ヤバイ。マズイ、非常事態だ。
私はゆっくりと視線を下にやって、お腹を貫いた蔓と矢を見つめる。
終わった。刺さったところから赤黒いものが流れて止まらない。
これが、死ぬってことなんだ。
死ぬのも案外怖くないな。もっと生きたいって気持ちが湧いたりするのかと思ってたよ。
だんだん視界が狭まっていく。外側から黒く黒く染まっていって。
やがて、何も、見えなくなった____。




