第36話 これから行くのは戦場なんだ
____動きたくても動けない。
私の周辺にはイアンさんが張った結界が覆っていて、内側からも外側からも手出しできない状態だった。
イアンさんが術式を外せば、きっとこの結界は剥がれるはず。
でも当のイアンさんは天兵軍達からの攻撃を受けて体勢を保つのもやっとのこと。
とても私なんかに構っている場合ではない。
そんなことを考えている間にも、天兵軍達の放った光は空中で大きな集合体となり、どんどん大きく膨らんでいく。
「ルーンさん」
私は、自分の横でイアンさんを哀れみの目で見ている女性天使の名を結界越しに呼んだ。
「何だ」
「私が人間界に帰ると言えば、イアンさんの攻撃止めてくれますか」
私の質問にルーンさんは暫く黙り込む。
私が余計な詮索をしていないかと疑う視線を向けているようだった。
「あぁ、勿論だ」
ルーンさんが頷いたので、私はイアンさんに向かって叫んだ。
「イアンさん! 私、人間界に帰ります! そうすればここが攻撃されることもないです! だから……」
そこで言葉を切り、もう一度大きく息を吸う。
「結界を外してください!」
イアンさんは息切れしながら苦しそうに私の方を振り返った。
「大丈夫、僕一人で守れる。ユキは無理して帰る必要ないよ」
でもイアンさんから返ってきた答えはノーだった。
つまり私はまだ結界の中にいなければいけない。イアンさんを助けられないのだ。
「で、でも……」
その間にも、イアンさんは息つく暇もなく天兵軍達から攻撃を受けている。
剣術をかろうじて避けても今度は弓矢が飛んでくる。
どうやら天兵軍の中には剣で戦う部隊と弓矢で戦う部隊、そして拳銃で戦う部隊があるようだ。
剣術部隊で接近戦に持ち込んだあと、残る弓矢部隊と拳銃部隊が遠方から攻撃をくり出すという戦法だ。
当然イアンさんに勝ち目は無く、天兵軍達の攻撃に振り回されていて体力の限界も垣間見える。
「ううっ……!」
痛みに耐えられずイアンさんは思わず膝をつく。その間も攻撃は止まない。
服、黒マント、破れた隙間に見える肌……。
イアンさんの体の様々な部位が一瞬にしてボロボロになっていく。
もう駄目だ。このままじゃイアンさんが……。
そう思っていたその時だった。
「うわぁっ!」
攻撃に声を上げたのはイアンさん……ではない。天兵軍達の方だ。
私とイアンさんがハッとして振り返るとそこには、
「イアン! 遅れてごめん!」
「イアン様、お待たせ致しました!」
「あとは俺達に任せてください! 隊長!」
鬼衛隊のメンバーの三人、キルちゃん、ミリアさん、レオくんがいた。
さっき天兵軍達に攻撃したのはおそらくレオくんだろう。
彼の持つ剣が紅炎に包まれているから、きっとそうに違いない。
「あれが炎の使い手という奴か」
ルーンさんがレオくんの方を見てポツリと声を漏らした。
炎の使い手……。
私には聞き覚えがあった。
その言葉は、前に私を売ろうとしてきた吸血鬼三人組も言っていた。
あの時は色々と大変で結局何のことか聞きそびれてしまって今に至るけど、炎の使い手って一体何なんだろう。
でも今はそんなこと考えてる場合じゃない!
イアンさんが弱ったことで、私を守ってくれていた結界が外れる。
「イアンさん!」
私は急いで走って、今にも倒れそうなイアンさんの元に駆け寄った。
「ユキ、イアンのことお願い」
「後は私達が引き受けます」
安心して力が抜けたのか、その場に座り込んだイアンさん。
そんな彼と私を天兵軍達から庇うように、キルちゃんとミリアさんが前に出る。
「こ、こいつら……! 何人増えたって変わらない!」
天兵軍の中の剣術部隊のリーダー格のような天使が剣を構えるけど、レオくんが放った火炎で怯む。
「今のうちに隊長を!」
「は、はい!」
レオくんに返事をして、私はイアンさんの脇に手を入れて支えながら家に向かって歩く。
「さ、させるか!」
「こっちのセリフよ!」
まだイアンさんにとどめを刺そうとする剣術部隊の天使をキルちゃんが止めてくれた。
背後で闘いが繰り広げられている。
少し前にVEOの基地で、イアンさんとキルちゃんの襲撃に遭った時に私を逃がすために必死に守ってくれた誠さんの姿が、不意に思い起こされた。
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「と、とりあえず、ここで休んでてください!」
鬼衛隊のログハウスに着いた私は、すぐにイアンさんをベッドに座らせた。
何から始めればいいのか全く分からないけど、ひとまず傷の手当てが最優先だ。
服が破れて見えているイアンさんの肌は血で真っ赤に染まっていた。
家の中を見渡して救急箱があるのを発見し、ベッドの側に持って行こうと思いつく。
でも吸血鬼って確か十字架マーク嫌いだったような気がするけど大丈夫なのかな。
そう思いながら救急箱を持ち上げると、人間界の救急箱とはまた違ったデザインであることに気付いた。
箱の主な白色は同じだけど、赤い十字架マークの代わりに黄色い花があったのだ。
「これ……」
「あぁ、それ、ミリアの救急箱なんだ」
私がベッドの側まで持ってきた救急箱を見て、イアンさんが教えてくれた。
確かにミリアさんの髪型は黄色い長髪に白い花冠を被った姿だから、花がトレードマークなのかもしれない。
「え、えっと、じゃあ、失礼します……」
おずおずとイアンさんの傷口に消毒液を塗って、その上から絆創膏をペタリと貼る。
消毒液が染みるようで、イアンさんは始終痛そうに顔を歪めていた。
何だかすごく申し訳ない……。
「ありがとう。ユキのおかげで傷もだいぶ痛くなくなったよ」
ベッドで横になりながらイアンさんが笑顔で言ってくれた。
「良かったです」
とりあえず救急箱を元あった場所に戻す。
「ねぇ、ユキ」
「はい?」
「悪いんだけどキル達の様子見てきてもらえないかな? やっぱり心配で」
イアンさんが後頭部をかきながら言った。
「分かりました! 行ってきます!」
「くれぐれも気を付けてね。天界と人間界が同盟を結んでるとはいえ、あいつらのことだからユキにも何するか分からないよ」
ドアを開けて出て行こうとした私に、イアンさんが忠告をしてくれた。
「分かりました!」
そうだ。安心できない。これから行くのは戦場なんだ。気を引き締めないと。
私は覚悟を決めた。
そして、キルちゃん、ミリアさん、レオくんが戦っているあの場所へと走った。




