第34話 ごめんなさい
「ルーンさん!」
私は後ろを振り返った直後、思わず声をあげた。
吸血鬼界に着いたばかりの私とイアンさんに声をかけてきたのは、天界の天兵長を務めている女性天使、ルーン・エンジェラだった。
「何の用だい? 天兵長。また奇襲しに来たなら僕が相手になるよ」
イアンさんが表情を一変させて、険しい顔でルーンさんを見る。
「別に奇襲しに来たわけではない。用があるのはユキ、お前だ」
「は、はい!」
鋭い目で睨まれて背筋がピンと伸びる。
もしかして……。ルーンさんの『用件』に、心当たりがあった。
「お前、以前我と約束したな。今後吸血鬼界に行くのはやめると」
「はい、約束しました……」
やっぱりそうだ。私の予感は当たっていた。
ルーンさんは、私が約束を破って吸血鬼界にいることを問いただしに来たんだ。
「ユキ、どういうこと? いつ天兵長とそんな約束したんだ?」
イアンさんが訳が分からないと言いたげな表情で私を見る。
「あ、えっと……」
こんなことなら、ちゃんとイアンさんにも打ち明けるんだったよ。
「……ごめんなさい」
謝るしかなくて頭を下げた。
イアンさんは私とルーンさんとを交互に見比べて不思議そう。
「何故約束を破っているんだ。当分吸血鬼界には行かないと言ったのはユキ、お前だろう」
「そうです」
「なら何故だ。あの日我と交わした約束は嘘だったのか」
「ち、違います」
「この状況でも嘘だと言い切れるか」
……言えない。
そうだ、私はちゃんと約束してたのに。いつも通り迎えに来てくれたイアンさんに甘えて、吸血鬼界に行ってしまった。
待って。そんな言い方したらイアンさんが悪いみたいじゃない。
イアンさんは悪くない。ただ私を元気づけようと思ってやってくれただけなのに。
私が……私が約束を破ったって知りながら引き返そうとしなかったからだ。
あの時もルーンさんとの約束は覚えてた。
でも、罪悪感で胸が痛くなる程度で身体はイアンさんが発動してくれた魔法陣に、吸血鬼界の方に向かってた。
まただ。また甘えてしまった。
「黙るな。黙っていれば事が済むとでも思っているのか」
「い、いえ」
「我はお前が何故約束を破ったのかと聞いているんだ。素直に答えろ」
「甘えてしまって……。つい、楽な方に行ってしまいました……」
ルーンさんは厳しく言い放つ。
当然だ。約束を破られたんだから怒って当たり前だ。私が悪い。
ルーンさんとの約束を破ったから、私が守れない約束をしたからこんな事になってるんだ。
「また甘えか」
呆れたようにルーンさんはため息をつく。
「甘えるのもやめるんじゃなかったのか。そのために吸血鬼界から離れるとか言ってなかったか」
「い、言いました……」
もう返す言葉もない。ルーンさんから受ける指摘は全部正しい。紛れもない事実だ。
「ご、ごめんなさい……」
頭を下げて謝罪しても許されないのはわかってる。でも謝らなきゃいけない。反省の意を示すのがせめてもの礼儀だ。
「申し訳ないと思っているなら、今から人間界に戻っても問題ないな? 今後一切吸血鬼界との縁を切っても____」
「何を言い出すんだ!」
冷たいルーンさんにイアンさんが怒りの声をあげた。
「黙って聞いてればユキを責めることばかり。もう我慢できない。お前はユキが人間界でどれだけ苦しい思いしてきたか知らないだろ!」
「こいつの自業自得だ」
だがそんなイアンさんをもろともせず、ルーンさんは静かに言う。
「だからって辛い場所に無理やり拘束するのか?」
「本来ならそうだ。お前たち吸血鬼と出会っていなければこいつは自分一人で解決するしかなかった」
ルーンさんは私とイアンさんを交互に見つめて、
「こうやって現実逃避に甘えることもなかったんだ」
「逃げる場所も必要だ。じゃないと心が____」
「なぁ、ユキ。自分でわかっているのであろう? 吸血鬼界という現実とは違う異世界に身を置いて、現実から目を背けているだけだと」
イアンさんの発言を遮ったルーンさんの冷たい瞳の矛先が私に移る。
「吸血鬼どもと出会っていなければ、お前は今も一人ぼっちだ。逃げる場所などどこにもない。そうであろう?」
「……はい」
「そうなれば、誰にも頼らず自分だけの力で何とかするしかないであろう?」
「……はい」
「ほら」
ルーンさんの口角が上がり、勝ち誇ったような笑みを作った。
「こいつも自分で認めているではないか。吸血鬼、お前も本当にこいつのことを思うのであれば、現実から目を背けさせずにしっかり向き合わせるべきだ」
「そんなことする必要はない。ユキは自分でわかってるんだ。ユキが変わらないと何も変わらないって事も、ユキが甘えてるって事も。だから今、頑張って変わろうとしてるよ。変わろうと、現実と向き合おうと頑張ってる途中なんだ」
「イアンさん……」
ちゃんとわかってくれてた。イアンさんはこんな私でも、全然進歩していない私であっても頑張ってるって気付いてくれてた。
「無理やり人間界に戻したら、今せっかく芽生え始めてるユキのやる気も無くなると思うんだけど」
「はぁ。……わかった」
ルーンさんがため息をついて言った。
「言葉で通じないなら実力行使だ」




