第3話 吸血鬼界の秘密
「は、はい! よ、よろしくお願いします! って、えっ⁉︎」
きゅ、吸血鬼の世界⁉︎
吸血鬼の世界って、吸血鬼の調査隊みたいな人達とか、人間界の限られた人だけが行ける世界じゃなかったの⁉︎
わ、私みたいなただの一般人でも来られるような場所⁉︎
い、一応常識として吸血鬼の世界があるのは知ってるし、ニュースでも改めて説明されたから分かるけど……。
私が来ちゃった! そんな所に! 何で!
「元気そうで良かったよ。ごめんね、あんな乱雑なやり方しちゃって」
私が困惑のあまり辺りをキョロキョロと見回したり、これは夢じゃないかと頬をつねったりしていた時。
ものすごく申し訳なさそうな顔をして、そのイケメン吸血鬼・イアンさんが謝ってくれた。
ということは、あの長い廊下の先の角で私をマントに包み込んだのはこの人だったのか……。
「いえいえいえ! そ、そんな……」
慌てて否定すると、イアンさんはニコリと笑って言った。
「良かった」
「ていうか、あんな所で待機してる暇があるんだったら、私のこと手伝ってくれたってよかったでしょ」
ツンとふてくされたような女の子吸血鬼に、イアンさんは笑ってまた謝る。
「ごめんね、キル。キルは戦闘能力が高いから、あんな奴ら相手でも大丈夫かなって思ったんだよ」
「結構危なかったんだから」
あの施設で私を逃してくれた男の人と戦っていた、キルと呼ばれた女の子吸血鬼はプイッとそっぽを向いた。
「悪かったよ。ごめん」
イアンさんは、申し訳なさそうに頭を下げた。
まるで兄妹みたいだなぁと感心しながら、私が二人の様子を見ていると、
「それにしても、君があの攻撃に当たりそうになった時は、僕もひやっとしたよ」
イアンさんが胸に手を当てて、ホッと息をついていた。
「あ、は、はい、すみませんでした……」
何か迷惑になってしまった気がする。
「もっと周り見なきゃ。人間界に入ってる時点でアウトなんだから」
キルちゃんがイアンさんに向かって呆れたように言うと、イアンさんは急にものすごく不安な顔をした。
「そうだよね。隊長に怒られるかなぁ」
「今はイアンが隊長でしょ」
「あ、そうだった。アハハ」
キルちゃんのクールなツッコミに、イアンさんは明るく笑う。
「あ、あの、隊長って?」
おそるおそる、私は手を上げて質問する。
隊長とは一体何なのか、すごく気になったのだ。
尤も、イアンさんたちは吸血鬼で、ここは人間界とは違うから、そういう隊長とかの役職があるのかもしれないけど。
「ああ、ごめん。二人で喋ってばかりで置いてけぼりだったね」
私の方を向いて、イアンさんがパンと手を叩いて声高らかに言う。
「よし! 説明しよう! この世界の仕組みを!」
「仕組みって何よ」
咄嗟に思いついたらしい、あまり良いとは思えないネーミングセンスに、キルちゃんがため息をついた。
「まぁまぁ」
イアンさんは気にすることもなく、キルちゃんを笑顔でたしなめる。
イアンさんから言われた説明は、大体こんな感じだった。
まず、この世には、私達人間が生活している『人間界』と呼ばれる世界、そしてイアンさん達吸血鬼が生活している『亜人界』と呼ばれる世界、最後に天使達が生活している『天界』と呼ばれる世界があるらしい。
『亜人界』の中でも吸血鬼の占める割合が過度に大きいため、今では別名として『吸血鬼界』とも呼ばれることがある、とのこと。
文字通り天空にあるのが『天界』、その下に位置するのが『吸血鬼界』もとい『亜人界』、そして地上にあるのが『人間界』だと言う。
私達の感覚で言うと、『天国』『現世』『地獄』みたいな位置関係って考えた方が分かりやすいのかな。『天国』と『地獄』は人によって信じるか信じないかが違うけど……。
とりあえず、『人間界』よりも上空に『亜人界』があって、そのさらに上空に『天界』があるっていうイメージを持っておけば良いのかな。
「でもさ、『吸血鬼』って聞くと、人間もあまり良い印象を受けないでしょ?」
イアンさんに尋ねられ、私は躊躇しながらも頷いた。
実際、吸血鬼を悪者として描いた本もたくさんあるし、何となくイメージ的に『吸血鬼は悪い生き物』というものがある。
「やっぱりそっか……」
イアンさんは少し残念そうに呟いた後、再び笑顔を浮かべて説明を続けてくれた。
「それは天界の天使達も同じでね、僕達吸血鬼を排除するために、不定期で天兵軍を送り込んでくるんだ」
「そ、そのテンヘイグンっていうのが、ここを襲いに来るってことですか?」
「そう。たちまち王都は混乱。戦争勃発」
もううんざりだ、とイアンさんは息を吐いた。
なるほど、じゃあこの『吸血鬼界』……『亜人界』だっけ?
まぁ、分かりやすいから『吸血鬼界』って呼ぼう。
この『吸血鬼界』の人達も、いつ天兵軍が襲ってくるか気が気じゃないよね……。
「最初、君が居た場所は、人間界の組織のアジトなんだ」
と、イアンさんが補足してくれた。
そ、組織!?
壁が真っ白でベッドだけポツンと置かれていたあの部屋と、やけに長い廊下から考えて、あそこは普通の家じゃないことは予想がついてたけど。
でもまさか、組織のアジトだったなんて……。
ん? アジト? よくテレビに出てくる悪役の? じゃあ、あの人悪い人だったの!?
「あ、あの、組織って……」
またも、私はおそるおそる質問した。
けれどイアンさんは、ニッコリ笑って説明してくれた。
「組織っていうのは、人間が僕たち吸血鬼を抹殺するために作った『VEO』っていうものなんだ」
「ぶ、ぶいいーおー?」
一般国民には知られないように、政府が筆頭となって極秘で立ち上げた『吸血鬼抹消組織』。
吸血鬼=Vampire の V。
抹消=Erasure の E。
組織=Organization の O。
それぞれの頭文字をとって『VEO』。
イアンさん達吸血鬼もその通称で呼んでいるとか。
VEOも、不定期にここを襲撃してくるらしい。
そして私を助けてくれたあの男の人は、VEOの一員だったのだ。
「そうなんだ……」
私は複雑な三つの世界の関係を聞いて、いとも簡単に納得してしまう。
「色々大変なんですね」
私が言うと、イアンさんもキルちゃんも頷いた。
「あ、でも、じゃあどうして私をここに連れてきてくれたんですか?」
説明を聞く限りでは、人間界とも天界とも敵関係にある吸血鬼界。
そこに住んでいるイアンたちが、危険を犯してまで敵である人間界のアジトに踏み込んで、私を助けに来てくれたのはどうしてなんだろう。
「ああ、それは僕たちの訓練に君を巻き込んでしまった謝罪をするためだよ」
イアンさんがそう言ってキルちゃんも頷く。
「私達、さっき言ったVEOとか天兵と戦うために毎日特訓してるんだけど、その訓練、ここじゃ上手い具合に出来なくて。土地も狭いし吸血鬼も多いから、みんなを巻き込むわけにもいかないの」
と、キルちゃんが説明してくれた。
「だから広い下界にお邪魔して、そこで隊員の皆で訓練してたんだけど……」
どうやらイアンさんもキルちゃんも、天兵やVEOの襲撃から吸血鬼界を守るために結成されたチーム『鬼衛隊』のメンバーで、なおかつイアンさんはその隊長のようだ。
色々な武器を持っていたり手からビームが出たりするのは、全て自衛のためで、吸血鬼界では親から受け継いだ遺伝子の関係もあって様々な技を得意とする吸血鬼がいると言う。
「チームの一人が放った攻撃を僕が避けちゃってね。その先に君が居て……」
イアンさんがポリポリと頭をかく。
「ご、ごめんなさい! 迷惑かけちゃって!」
反射的に頭を下げると、
「違うわよ、あなたのせいじゃないから」
キルちゃんは優しく微笑んでから、イアンさんをキッと睨み付け、
「イアンってば、隊長のくせに一番弱いから訓練で鍛えなきゃいけなくてね。なのに……」
「え!? だ、だってあそこは逃げるのが普通じゃないのかい?」
イアンさんが驚くと、キルちゃんは大きな声で一喝叫んだ。
「周りを見てって言ってるの!」
キルちゃんの大声に、イアンさんも(何故か)私も肩を縮めてしまう。
「ごめん、続き話すわね」
キルちゃんが続きを話してくれた。
「それで、助けに行こうとしたらVEOの人間が来てあなたのこと助けてくれたの。VEOに見つかると戦闘になっちゃって厄介だし、人間界にこれ以上迷惑かけるわけにはいかないと思って、私達は一旦撤退したんだけどね」
「そうだったんだね」
私の方はと言うと、ようやくあの全てがわかってスッキリしていた。
あの時は、全てが一瞬で夢のように過ぎ去っていったように感じていたから、こうやって説明してくれるとすごく有り難い。
「でも訓練に巻き込んじゃった以上、このまま放っておくこともできないでしょ」
キルちゃんの問いかけに、私は思わず頷いてしまう。
「人間をここに連れてくるのにはいっぱい反対意見もあったけど、やっぱりお詫びしないといけないから、イアンの指示で私もVEOのアジトに行ったってわけ」
「改めて謝罪するよ。僕たちの訓練に巻き込んで、怖い思いをさせてしまって本当に申し訳なかった」
キルちゃんの説明を受けて、イアンさんが深々と頭を下げた。
キルちゃんも、イアンさんに倣って頭を下げる。
「そ、そんな! 大丈夫ですよ! ほら、普通に元気ですし……」
私は慌てて上げた腕を曲げ、二の腕を膨らませて元気アピールをする。
「もう歩けるのかい?」
イアンさんが心配そうに聞いてくれた。
「はい、大丈夫です」
私は頷いてベッドから降り、立ち上がってみせる。
ホッとした様子のイアンさんは笑顔を浮かべると、
「よし、せっかくだ。お詫びも兼ねて僕達の住んでる王都を案内しよう」