第278話 青天の祝福
「【破滅鎚】!」
右側から迫ってきたキルちゃんとスピリアちゃんを蹴り飛ばし、左側から迫ってきたグレースを殴り飛ばした後で、グリンさんは自分に向かって迫ってきた攻撃を打ち消すべく、勢いよくハンマーを振り下ろす。
フェルミナさんの【月光銃撃】は弾かれたけど、ルーンさんの【太陽神魔術文字】はまだ消えていない。
黄金の輝きはそのままグリンさんへと飛んでいく。でも、グリンさんにはまだ手があった。
「【悪魔囁】!」
グリンさんの詠唱を合図に、操られた亜人界の皆が部屋の中に駆け込んできた。
そのうちの一人が、グリンさんに向かって飛んできた【太陽神魔術文字】を槍で廃墟の壁へ跳ね除ける。
「なっ……!」
「せっかく元に戻してたのに、また……!」
ルーンさんが驚き、キルちゃんが悔しげな声をあげる。
以前、グリンさんに操られた亜人界の皆__通称・グリン大群が鬼衛隊のログハウスを襲撃してきた時も大変だったけど、イアンさんやキルちゃんがすぐさま王宮の牢獄に送り込んで、ヴァンさんやパイアさんに洗脳を解いてもらっていた。
だから、もう皆がグリンさんの手に墜ちることはない、とそう思っていたのだろう。
実際は違った。洗脳が一度解けたヒトに対しても、もう一度【悪魔囁】を行使すれば、簡単に操ることが出来るのだ。
なんて厄介な技なんだろう……。誰かに身体と心を支配されて操られてる皆だって、しんどいに決まってるのに……!
そんな中で、あろうことか氷結鬼同士のぶつかり合いも始まってしまう。
グレースを見つけた氷結鬼が、目を赤く光らせながら飛びかかっていったのだ。
「ねぇ、皆! 目を覚まして! お願い!」
グレースは身を捻って避けつつ叫ぶけど、氷結鬼の皆は唸り声をあげるだけ。グレースの声は全く届いていない。
氷結鬼の村でパーティーをした時は、皆、愛想も良くて面白くて、とても素敵なヒト達ばかりだったのに。グリンさんに操られたせいで、怪物化したイアンさんみたいに我を失っている。
と、何十人もの氷結鬼のうちの一人が、雄叫びをあげて別の方向からグレースを襲った。
グレースは間髪を入れずに飛びかかってくる氷結鬼達を避けるのに精一杯で、背後からの奇襲に気付くのが遅れてしまったみたい。ハッと振り返った時には、もう氷結鬼の爪が間近にあった。
「グレース!」
反射的に、私は叫んでしまう。そしてグレースを傷付けようとしている氷結鬼に向かって掌を向けるけど、その掌がガタガタと震えて焦点を定められない。
あんなに優しくしてくれた、ただ操られているだけの氷結鬼を【氷柱針】で傷付けたくない。
それに、もしブラックホール内の時みたいに攻撃が逸れてしまったら、逸れた攻撃がグレースに当たってしまうかもしれない。
そんな二つの気持ちが混ざり合って、私は掌を氷結鬼に向けたまま動けなくなってしまった。
「【雹氷】】!」
でも、そんな私の葛藤なんて不要だった。
ルミレーヌ様が氷結鬼の身体に直接____ではなく、氷結鬼とグレースの間に出来た塵ほどの隙間を狙って氷の礫を飛ばしたのだ。
その反動で、グレースに迫っていた氷結鬼は大きくのけ反り、グレースから離れる。
「ルミレーヌ様……!」
驚くグレースの横に並び立ち、氷結鬼ではなく地面や壁に氷の礫をぶつけながら、ルミレーヌ様は言った。
「直接攻撃はできなくても、間接的になら攻撃は可能です! グレース、しっかり自衛を!」
「は、はい!」
弾かれたように頷いたグレースは、自分も掌をかざして廃墟の地面や壁を狙って、氷結鬼達の動きを封じ込め始めた。
一方の操られた吸血鬼や亜人は、雄叫びをあげて槍を振り回し、目にも止まらぬ速さで攻撃を仕掛けてくる。
「皆の相手は私達がするから、イアンはグリンをお願い!」
鬼衛隊や使い手を狙ってきた吸血鬼や亜人達を、キルちゃんを始めとした他のメンバーが受け止め、自分が引きつけるとイアンさんに告げる。
キルちゃんは短剣で吸血鬼を押し留め、レオくんは【炎嵐】で地面に炎を巻いて、ミリアさんは新しく取得した【金花乱舞】で花吹雪を巻き起こし、吸血鬼や亜人達の動きを封じている。
「ああ、分かった!」
鬼衛隊の皆に向かって返事をするイアンさんだったけど、奥のグリンさんが目を伏せながら歯軋りし、漆黒の剣をイアンさんに向かって飛ばした。
「イアンさん! 【氷柱針】!」
私は叫び、とにかく無我夢中で掌から鋭い氷柱を放つ。それは幸運にも剣にぶつかって割れた。
グリンさんの方へ剣を弾き返すことは出来なかったけど、イアンさんに被害が及ばなくて良かった。
「ありがとう、ユキ」
イアンさんに向かって頷いてから、私は両隣の誠さんと亜子ちゃんに向き直る。
「ごめんなさい、誠さん、亜子ちゃん。イアンさんと一緒に____」
「行ってこい。イアンを助けてやれ」
「気をつけるのよ、雪」
__イアンさんと一緒に、グリンさんと戦いたい。
そう言い終わるよりも早く、二人は私の言いたいことを察して快く背中を押してくれた。
「ありがとうございます!」
二人の快諾を聞いてお礼を言ってから、私はイアンさんの元に走っていく。
「イアンさん、私も一緒に戦います!」
「ユキ……。心強いよ、ありがとう」
イアンさんの言葉に、私は素直に嬉しくなる。本当はキルちゃん達と戦う方が何百倍も慣れてるはずなのに、戦闘に慣れていない私との共闘でもイアンさんは『心強い』と言ってくれた。
「フウマ! 我の強化は解除しろ! 皆の強化をしてやってくれ!」
「えっ、わ、分かりました!」
ルーンさんの強化を解除して本当に大丈夫なのか。そんな不安が表情に宿りつつも、風馬くんは【魔術文字・太陽】を解除して、新たな魔法陣を発動させた。
「【魔術文字・助力】!」
風馬くんの詠唱が終わると、私達の体にみるみる力が湧いてくる。仲間からの助けを導くルーンを使ったみたいだ。
「ありがとう! 風馬くん!」
私は風馬くんを振り返り、お礼を言う。風馬くんも力強く頷いてくれる。
今、グリン大群の方の相手をしているメンバーを覗いた人数____私、イアンさん、ルーンさん、フェルミナさんの四人で、グリンさんに立ち向かう。
突然、青空が開けた。
グリン大群と戦ってくれていた皆の攻撃のおかげか、もともとボロボロだった廃墟に限界が来たのだろう。
同じ仲間であるグリン大群を傷付けまいと、皆がこぞって廃墟の壁や床などを攻撃し続けていた結果だと思う。
廃墟の壁が鼓膜を刺激するほどの大音量で崩壊し、青空が開けて眩しい朝日が差し込んだのだ。
まるで、私達の開戦を祝福してくれているかのように。
「皆さん、行きましょう!」
他の三人も、私のかけ声を合図に、グリンさんへ迫っていった。




