第271話 国王と国王秘書
イメージを膨らませ、イアンさんを苦しめている膨大な闇の能力を私の氷で氷漬けにして消し去ることを考える。
グレースの強さがイアンさんを上回っていたなら、能力単体だって闇属性より氷属性の方が強いはず!
私が抱きしめているイアンさんの腰部分が、カチカチと音を立てて徐々に凍っていく。このままイアンさんを飲み込んでいる闇の能力を氷漬けにすることが出来れば、イアンさんを元に戻すことができるかもしれない。
お願い……! 上手くいって……!
「ウガアアアアアッッッ!」
「イアンさ____ああっ!」
我慢してください、と言う暇もなく、私はイアンさんに跳ね除けられて地面に倒れてしまう。
仕方ないよね。急に腰辺りが凍り始めたら、誰だって怖いし凍りたくないって思う。
「雪!」
イアンさんに跳ね除けられて地面に倒れた私を振り返り、風馬くんが声をあげる。でもそのせいで、風馬くんの前方は無防備になってしまう。
「よそ見してる場合⁉︎」
グリンさんの声を聞いて反射的に前に向き直り、風馬くんは白金の剣でガードしようとする。でもそれより早く、グリンさんがハンマーで風馬くんのお腹を叩いた。
「ガハッ!」
唾を吐きそうになりながら前のめりになり、そのままうつ伏せに倒れる風馬くん。
だ、駄目だ、私が負けたら風馬くんの集中が削がれちゃう……!
「全く、こんなことまでして余を倒して、こいつを元に戻そうとしているのかい?」
ブリス陛下がブラックホールを作り、異空間に私達を送り込んでくれたにもかかわらず、私も風馬くんもそれぞれの目的を未だ達成することが出来ていない。これでは、ブラックホールで周りを遮断して別空間に移動した意味がない。
風馬くんの頭を踏み付け、グリンさんは呆れたように息を吐いてから、ハンマーを剣に持ち替えた。
「命知らずはここで死んだ方が良いよ!」
風馬くんの頭を踏みつけることで地面に固定し、身動きの取れない状態を作ったグリンさんは、風馬くんの背中へと漆黒の剣を振り下ろす。
「風馬くん‼︎ 【氷柱針】!」
私は風馬くんを守るため、掌を向けて氷柱を放った。
「うっ! 何だよもう!」
攻撃が当たり、グリンさんの剣を地面に落とした。その攻撃はグリンさんの手にも当たったようで、グリンさんがしきりに右手をさすっている。
「イアン! しっかりしなさい!」
親が子を叱るような、凛とした声が響いた。私や風馬くんが振り向くと、そこにはブラックホールを作ってくださった張本人のブリス陛下が立っていた。
「「ブリス陛下‼︎」」
私と風馬くんは同時に叫ぶ。ブリス陛下は地面に伏した私達をチラリと見やって微笑むと、グリンさんに掌を向けた。
「【漆黒弾丸】!」
「なっ!」
ブリス陛下が詠唱したとたん、グリンさんが闇のオーラに包まれた。まるでシャボン玉のように銀髪の天使を閉じ込める真っ黒の球体を完成させてから、ブリス陛下はイアンさんに向き直る。
「そんなところで叫んでいても何の解決にもならんだろう! 目を覚ませ!」
凍りついた腰部分を何とか元に戻そうと、喉がはち切れんばかりの叫び声をあげて氷に爪を立てているイアンさん。実の父であるブリス陛下の言葉でさえ、全く届いていない。
その事実はブリス陛下にとっても堪えたようで、ブリス陛下は顔を歪ませながらもイアンさんに言葉を投げかける。あくまでも冷静に、諭すように。
「お前を心配してくれているヒトはたくさん居る。お前を愛してくれているヒトはたくさん居る。そのヒト達を悲しませることだけはするな。早く目を覚まして、そのヒト達の笑顔を守りなさい!」
黒いマントを使って飛躍したブリス陛下は、叫びのような唸り声をあげて暴れるイアンさんの元へ降り立つ。
「ぶ、ブリス陛下……!」
イアンさんがブリス陛下のこと、長くて黒い爪で傷付けちゃう____!
思わずブリス陛下を呼んでしまうけど、彼はまっすぐイアンさんを見つめたまま振り返らない。そして、ゆっくりと腕を掲げ、勢いよく振りかぶった。
パチン! と風船が割れるような音が響き渡る。ブリス陛下と向き合ったイアンさんが、右側を向いていた。ブリス陛下の右腕は既に振り切られた後だった。
何が起こったか瞬時に理解出来た。ブリス陛下がイアンさんをビンタしたのだ。
「この世界を守るために、戦うんだ」
それでイアンさんが大人しくなる____わけではなかった。むしろ逆だ。ブリス陛下に左頬を叩かれたイアンさんは、今度こそ理性を失った怪物のように雄叫びをあげた。
「【漆黒弾丸】!」
でも、ブリス陛下は諦めなかった。もう一度声高に詠唱し、自らとイアンさんを繋ぐように闇の異空間を形成したのだ。
小さなブラックホールは、イアンさんを包み込む闇の能力をどんどん吸収していった。
でも【漆黒弾丸】は秘書のテインさんと一緒じゃないと発動出来なかったはず。
たった一人で発動させて、大丈夫なのかな……。
勿論、その答えは分かり切っていた。でも口に出したくないし、考えたくなかった。本来なら二人で発動させる技をたった一人で発動させた場合、その身に何が起こるのか____。
「【漆黒弾丸】!」
ブリス陛下はさらに詠唱し、もう一つ小さなブラックホールを形成。そこに一個目に入り切らなかった闇の能力を吸収していく。
「ぐっ……! ぐうううっ!」
苦しみ悶えながら、ブリス陛下が二つの小さなブラックホールを手に、闇の能力を吸収していた時だった。
「ブリス陛下、お一人で無理をなさらないでください! わたくしも共にイアン様を元に戻します!」
ブリス陛下の秘書・テインさんがブリス陛下の横に並び立ち、二つのブラックホールうちの一つを肩代わりした。
「て、テイン……すまない……」
紫髪の三つ編みを二つにくくった丸眼鏡の秘書を見て、ブリス陛下は驚きを表情に宿しつつも謝罪する。
「何を謝っておられるのでございますか? わたくしはあなた様の秘書でございますよ?」
国王と国王秘書は互いに微笑み合い、片方の手を強く握り合った。そして握っていない方の掌をイアンさんの方に向け、
「【漆黒弾丸・吸収】‼︎」
二人の掌に出現したブラックホールが、素早く闇の能力を吸い込んでいく。
「イアンを包み込んでいる闇の能力を吸収する。相当な負担になるが……」
「ブリス陛下とご一緒できるのです。こんなに幸せなことはありません」
不安そうなブリス陛下に首を振り、テインさんは目を細めて微笑みかける。
「ありがとう、テイン」
「わたくしこそ、陛下にお仕えできて幸せでした」
二人は互いに感謝の気持ちを伝え合うと、改めて握り合う力を強めた。
「「はあああぁぁぁっ‼︎」」
風が吹き荒れ、ブラックホールの吸収速度が上昇していく中で、ブリス陛下とテインさんは力の限り声をあげた。




