第28話 私、頑張るからね!
ピリリリリリ……。
目覚ましの音で私は目を覚ました。
チュチュチュと鳥のさえずりが聴こえる朝。いつも通りの起床だ。でも少しだけ違うところがある。
今日はとても寝起きが良い。え? どうしてかって? それはね……。
おじいちゃんが私のカレーをべた褒めしてくれたから!
身内だし何より孫だからおじいちゃんも気を使っただけって言われるかもしれないけれど、私にとってはすごく嬉しかった。
これからもご飯作るぞ! って意欲が湧いてくる。
「おはよう、おじいちゃん」
階段を降りてリビングに向かいつつ、キッチンにいるおじいちゃんに挨拶をする。
「ああ、雪。おはよう。よく眠れたか?」
「うん! 今日は最高だよ!」
私が言うとおじいちゃんは嬉しそうな顔を崩さずに、私が昨日作った晩ご飯のカレーのお礼を言ってくれた。
「昨日の雪のカレー、美味しかったぞ。ありがとうな。それにしてもやけに今日はご機嫌じゃの。浮かれて羽目を外さんようにな」
「はーい」
おじいちゃんの忠告に、私はのんびりと返事をしたのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
でも……。
「はぁ」
数十分後の私は信号待ちをしながら、周辺を通りすがっている人達にも聞こえるんじゃないかというくらい大きなため息をついていた。
天界でルーンさんやフェルミナさんと約束したのに、やっぱり学校に向かうとなると精神が拒否反応を起こしてため息ばかり出て辛くなる。
その点私は何も変わっていない。約束しただけで変われるなら苦労しないけれど。
「はぁ」
それでも何とか足を動かして地獄の扉の前へ。
負のオーラを放つその威厳な建物を前にして、またしてもため息が出てしまった。
周りを見ると他の生徒たちは仲の良い友達同士で並んで登校している。それが普通なのだけれど、引っ込み思案とコミュ障をかけもっている私にそんな『普通』はない。
ため息を漏らす私を嘲笑うかのように、夏が近づく時期の太陽はギンギンと光を放っている。
___ダメだダメだ! 頑張るって約束したのに!
「よしっ」
何とか自分を奮い立たせるべく両手でガッツポーズ。意を決して校門をくぐった。
まぁ、毎日これを繰り返しているのだけれど。
___私、頑張るからね!
誰にともなく決意を表明し、そのまま勢いで教室まで直行。
感情を無にして早足で行けば意外といけるかもしれない!
……と思ったその時。
「あら、今日は終礼直後じゃなかったんだ〜」
教室に入ろうとした私を引き止めるように、嫌みたらしい声が聞こえてきた。
しつこく私を目の敵にして馬鹿にしてくるのはもうあの子しかいない。
「後藤さん……」
赤みがかった髪の毛を高い位置のツインで結んで私を睨みつける女の子。同じクラスの後藤亜子ちゃん。おまけにその後ろには、後藤さんと同じように吊り上がった目で私を睨む女子軍団の姿もあった。
おかげで私のやる気は一気にガタ落ち。絶望の色に満ちた目で後藤さんを見る。
「おはよう。む・ら・せさん」
「お、おはようございます……」
何とまぁ、そんな親しげに肩まで組んできて。
私、あなたと仲良くないし、むしろあなたの方が私を嫌ってますよね⁉︎
とは言えず……。
「本当は今日、村瀬さんがちゃんと定刻通りに来るか心配だったのよ〜。ほら、前に終礼直後に来たじゃない?」
意図的なのか無意識なのかわからないけど、私の黒歴史をニ回も大声で言う後藤さん。
「あ、あれはちょっと色々ありまして……前にも言った通り……」
そう。私はこの間、掃除終わりにこの人たちに呼び出されて、終礼直後に登校してきた理由をネチネチと聞かれたのだ。
それでちゃんと答えたから、もう納得してもらってるものかと思っていたのに。それ以上に、後藤さんたちに納得してもらう筋合いなんてこれっぽっちもないけど!
私は心の中で後藤さんに文句を連発。でも不運なことにそれは顔にも出ていたらしく、
「あら、何かしらその顔」
さっき以上に後藤さんに睨まれてしまった。
「ご、ごめんなさい。私も遅れてきたことを思い出しちゃって。あれは一生の黒歴史ですし……」
何とかごまかそう。心の中で文句言ってるなんて気づかれたらもう何されるかわからない。
「まぁ、そうよね! あんな失態犯しちゃったら黒歴史と呼べるわよね! アハハハハ!」
高々と笑って満足げに教室に戻る後藤さんと御付きの者たち。
ていうかあの付き者たちって私のこと睨んで声高々に笑っていっただけだよね⁉︎
何がしたいの⁉︎
「はぁ」
また大きくため息。心の中で何言っても相手に伝わらないのは十分わかってる。
でももしも後藤さんたちに本音を言ってしまったら、と考えると、悪寒がして身震いが止まらなくなる。
女子は陰険だし、何をしてくるか分からない。
ものすごく怖い生き物なんだから、ここは黙ってやり過ごすしか……。
『すぐに逃げるな! そうやって言い訳を繰り返して逃げてきたんだろう!』
私はハッとなった。天界で弱音を吐いた時にルーンさんに言われた言葉を思い出したのだ。
___そうだ、逃げてばかりじゃ何も変わらない! ちゃんと言いたいこと言わなきゃ!
心臓がドクドクと音を立てて身体の芯から芯までが鳥肌で震えてくる。それでも、甘えるわけには、逃げるわけにはいかない!
___ルーンさん、私、頑張ります!
心の中でルーンさんに告げて深く深呼吸。心を決めると教室に入った。
まずぐるりと辺りを見回して後藤さん軍団の場所を見つけて近寄る。
心臓が壊れちゃうんじゃないかってくらいドクドクいって止まらない。スピードは彼女たちに近づくにつれて速くなっていく。
何の話をしていたのかケラケラと笑っていた女子軍団の一人が、私に気付いて後藤さんに耳打ちした。
「何?」
あの鋭い目で睨まれて、私は思わず立ち止まる。
いつもなら『何でもありません!』ってすっ飛んでいくけど、それももうダメだ。自分の力で変わるんだ!
「あ、あの!」
私は叫んでから息を整えて、もう一度勇気を振り絞って口を開く。
「私のこと馬鹿にするのやめてもらえませんか?」
一息で言ったせいか息切れがひどい。バクバクとうねる心臓を抑えつつ、床を見つめて後藤さんの答えを待つ。
快心、してくれないかな? 私はそんなはかない期待を抱いた。
「は? 何言ってんの?」
返ってきたのは、私の予想を遥かに超えた厳しい言葉だった。
「あんたには馬鹿にする以外の価値なんてないから」
今までうるさく音を立てて波打っていた心臓が、ピタリと止まった気がした。




