第26話 決意を新たに
私の返事を聞いたルーンさんが、安心したように口角を上げた。
「良かった。ありがとう、ユキ。助かるよ」
「ありがとうございます」
フェルミナさんも、もう一度頭を下げる。
「では参るぞ。もうVEOも迎えに来ているはずだ」
白金の鎧がガチャンと音を立て、ルーンさんは立ち上がって応接室を出た。
「どうぞ」
ドアを開けて、フェルミナさんが先に通してくれる。
「あ、ありがとうございます」
まだ状況の整理が追いつかない。
正確に言えば、この状況を受け入れたくないけれど、とにかく足を進める。
小走りでルーンさんに追いついて、スピードを緩めて長い廊下を歩く。
この廊下、もっと言えば宮殿を出れば、強制的にVEOと……誠さんと一緒に人間界へと返されてしまう。
VEOの人間による監視もつくという話だから、二度と吸血鬼界には行けなくなる。イアンさん達に会えなくなる。
「嫌、です」
思わず口をついで本当の気持ちが出てしまった。
気付いた時にはもう遅く、先を行くルーンさんと私の後を歩くフェルミナさんが、驚いた表情で立ち止まって私を見ていた。
前後からの視線にたじろぎそうになるけれど、必死に訴える。
「やっぱり、嫌です。私、イアンさん達に会えなくなるのは耐えられない」
この気持ちが、自分のエゴだということは十分に理解している。
私の身勝手な行いのせいで、人間界と天界の関係に亀裂が入りつつある今の実態も、これ以上接触を止めなければ、吸血鬼界に危険が及ぶかもしれないことも。
「わかってるんです。本当はどの世界にとっても、この選択が正しいんだって。この選択しかないんだって。でも……」
俯いた途端に目の前が霞んだ。
そして私の視界を霞ませたものは、水滴となってこぼれ落ちる。
「私にとっては、吸血鬼界が生きる希望なんです。やっと自分の居場所を見つけた所なんです。だから奪わないでください。お願いします!」
次から次へと溢れる思いを懸命に言葉に変えながら、私はルーンさんを見つめた後、勢いよく頭を下げた。
「ユキ」
ルーンさんが静かに私の名前を呼んだ。
涙や鼻水でぐちゃぐちゃになってしまった顔を上げた私に、ルーンさんは言った。
「お前の苦しみは見ていた。お前、組織の中で上手くいっていないのだろう」
「は、はい」
そ、組織って学校のことだよね……?
そう思って返事をすると、ルーンさんは私の顔を思いっきり両手で挟んで自分の方へ向けた。
「すぐに逃げるな!」
目前でルーンさんが怒りの声を上げる。
ルーンさんの顔がすぐそばにあった。
「そうやって言い訳を繰り返して、嫌なことから逃げてきたのだな。お前の態度を見ていれば分かる。願望ばかりで、お前自身は何も変わろうとはしていないではないか」
ルーンさんの迫力に気圧されて何も言えなかった。
確かにルーンさんの言う通り。
私は『こうしたい』『ああなりたい』と思っているだけで、実際にその身体を動かしたことなど一度もない。
「ルーン、もうよしなさい」
フェルミナさんが、ルーンさんの肩に手を置いて制してくれた。
ルーンさんはフェルミナさんを見つめた後、渋々私の顔から手を離した。
「ユキ様」
ルーンさんの両手から解放された私に向かって、フェルミナさんは諭すように言った。
「これは絶好の機会でございます。一度頼れるものから離れて、ご自身だけで苦難に立ち向かってみてください。その先にきっと何かが見えるはずです」
自分自身の力だけで苦難に立ち向かう……。
それが、今の私に求められていることなのだろうか。
もしそうなら、やらなければいけない。
一人で頑張って成長したところを、イアンさん達に見てもらいたい。
私も変わらなきゃいけないんだ。
「……分かりました。私、自分で頑張ってみます」
私の言葉にフェルミナさんは笑顔で頷き、ルーンさんは満足げに口角を上げた。
「ルーン様、そろそろ時間が過ぎてしまいます。VEOの皆様がお見えですよ」
フェルミナさんに言われて窓の外を見ると、誠さんを筆頭にVEOの隊員たちが大勢宮殿の前で待っていた。
ルーンさんも窓に目をやって、
「そうだな。では改めて参ろう」
「……はい!」
私は決意を込めて力強く頷き、宮殿を出た。
「久しいな、雪」
黒髪メガネの男性____鈴木誠さんが、前に進み出て挨拶してくれた。
「はい、お久しぶりです。誠さん」
私も会釈を返す。
誠さんとは、イアンさん達との初対面の時にお世話になった後、吸血鬼界で会ったきりなので本当に久しぶりだ。
すっかり吸血鬼界に馴染んでしまった私に対しても、変わりなく接してくれる。
「えっと、これからよろしくお願いします」
ぎこちなかったかもしれないけれど、一応自分なりのしっかりとしたお辞儀をする。
「ああ、こちらこそ」
頷いて頬を緩め、誠さんは少しだけ私に笑顔を見せてくれた。




