第249話 強くならないで
「うんうん、酷いよねぇ」
腕を組んで頷きながら、グリンさんは地面に手をついたイアンさんへと歩みを進める。
「グリン、貴様!」
イアンさんの後ろに居るウィスカーさんは、近付いてきたグリンさんに怒りの眼差しを向ける。
でもグリンさんは、ウィスカーさんには目もくれずにイアンさんを見下ろすだけだ。
「そなたはその前に余の父上を殺したのに、またさらに誰かを殺すところだった。しかも人間をね」
私を見やってから、やっとウィスカーさんに目を向けるグリンさん。
「ウィスカーが憎くないかい? こいつがそなたに指示してこなかったら、そなたはユキを殺しちゃいそうにならなくて済んだんだよ?」
「そ、それは……」
言葉を濁すイアンさんを尻目に、グリンさんは組んでいた腕を天高く伸ばして伸びをした。
「まぁ、もっと怒りたいのは余とルーンだけどね」
「__」
「グリン、何を言ってるんだ」
目を見張るイアンさんと、訳が分かっていない様子のウィスカーさんを背に、グリンさんは元居た場所へと戻っていく。
「父上を殺されて、余もルーンもとっても辛かったんだ。父上を殺した奴が許せなかったよ。憎かった。いつか殺してやりたいって思ってたんだ。ね? ルーン」
グリンさんはルーンさんまで巻き込んで、勝手にあらぬ方へと話の路線を展開。
それでもルーンさんは、グリンさんに異論を示した。
「我は別に、イアンを殺したいなどと思ったことはない。憎いことには変わりないが……」
「でも、本当は殺してやりたいって思ってたんじゃない?」
「な、何を言う。そんなはずは__」
ルーンさんの耳元に顔を近付け、グリンさんは薄く微笑む。
「本当かなぁ。ルーン、自分の気持ちに嘘をつくのは良くないよ?」
ルーンさんは目を見張るけど、すぐに首を横に振った。
「違う! 違う違う違う!! 勝手に我の気持ちを変えようとするな!」
腕を横に振るルーンさんから一歩二歩下がって、グリンさんは首をかしげた。
「あれ、バレちゃったか。まぁ良いや。どっちにしろ余は、ずっと父上を殺した奴を殺したいって思ってたもんね」
「あっ、おい! グリン!」
グリンさんはルーンさんの腰に差された鞘から純白の剣を抜き取り、再びイアンさんの方へ歩いてくる。
「貴様、何をする気だ! 我の剣で勝手に____うっ!」
ルーンさんはグリンさんを追いかけて必死に剣を取り戻そうとしたけど、グリンさんにお腹を蹴られて呆気なく吹っ飛んでしまう。
「ルーン!」
仰向けに倒れて苦しそうにお腹を押さえるルーンさんを抱き起こし、フェルミナさんがグリンさんに向かって叫ぶ。
「グリン様、おやめください! こんなことは誰も望んでおりません!」
「残念でした」
グリンさんはその場で立ち止まると、首だけで彼女の方を振り返った。
「この余が、ちゃーんと望んでるんだよねぇ」
そして薄気味悪い笑みを浮かべたまま、純白の剣を肩に担いだ。
「さて、イアン。父上が味わった痛みをそなたも味わってみようか。まぁ、魂を破壊されちゃったら痛みなんて感じないけど!」
グリンさんがイアンさんめがけて突っ走ってくる。
「イアンさん!!」
私はとっさにグリンさんの前に立ちはだかった。
左の脇腹に、焼けるような痛みが走る。
見ると、ルーンさんの剣が刺さってそこからドクドクと血が流れ出していた。
グリンさんが私を怒りのこもった眼差しで睨み付ける。
「またそなたか……! ことごとく余の邪魔をするんだな、そなたは!」
言うが早いか、グリンさんはさらに奥へと強く強く剣を刺してくる。
「うぅっ!! ぐっ!」
痛い……痛い……! 何、これ……今まで感じたことない……。
「まぁ、ちょうど良いや。__バイバイ、ユキ」
グリンさんは刺した時と同じように勢いよく、私の脇腹から剣を抜いた。
「ぁっ……がはっ!」
剣が抜かれた衝撃からか、唐突に吐き気が襲ってきて、私はたまらず血塊を吐き出してしまう。
「ユキ!!」
「雪!!」
そのまま後ろに倒れた私を、イアンさんが抱き止めてくれて、誠さんも遠くから走ってきてくれた。
イアンさんが私を抱き起こしながら叫ぶ声がする。
「ユキ!! ユキ!! ねぇ、ユキ!! 何でこんな……無茶し過ぎにも程があるよ!!」
「__さん」
「ユキ!!」
「しっ! 静かにしろ、イアン」
再び叫ぶイアンさんを制したのは誠さんだった。誠さんは、間髪を入れずに私に問いかけてくれる。
「雪、どうした?」
私が喋るのを最優先に許してくれたんだ……。私は心の中で誠さんに感謝しつつ、イアンさんを見上げた。
もう駄目だからなのか、視界が歪んでいてイアンさんの顔もはっきり見えない。
「イアン……さん……だいじょ……ぶ……ですか……」
「あ、ああ。僕は大丈夫だよ。ありがとう、ユキ」
「良かっ……た__」
「ユキ!」
一瞬遠のいた意識が、イアンさんの声によって瞬時に引き戻される。
言わなきゃ……これだけは……絶対……!
「イアン……さん…………駄目……です……」
「……えっ?」
イアンさんが驚いたように赤い瞳を大きくさせる。
「作戦……駄目…………イアン……さんじゃ……なくなる……から……」
私の言葉に、イアンさんが息を呑んだのが分かった。
「お願い…………強く……ならない……で__」
だって、だって、ルーンさんから聞いた作戦は、どう考えてもイアンさんを捨て駒にしようとしている作戦だ。
五人の使い手__正確には三人の使い手と、同等の能力を手にした二人__の能力を吸収する、なんて作戦、イアンさんに耐えられる訳がない。
別にイアンさんが弱いから、というわけじゃない。
ただ、『使い手』と呼ばれるってことは、レオくんもフォレスもウォルも相当強い能力の持ち主ということになる。
そんなヒト達の能力を五人分も一気に吸い込んで、イアンさんの闇属性の能力をより増大させるなんて、あまりにも危険だ。
私がルーンさんから作戦の全貌を聞いた時、真っ先に思ったのはそれだ。
だから、絶対にイアンさんには使い手の皆の能力を吸収してほしくない。
しかも、イアンさんが闇の能力に飲まれて暴走してしまう可能性があるなんて尚更だ。
そんな危険な役回り、イアンさんにはしてほしくない。
だから、私は最後の力を振り絞ってイアンさんに懇願した。
__使い手の能力を吸収して強くならないで、と。
だって____。
「イアン……さん……は……私……の……え____」
だ、駄目……だ。ちゃんと……言わなきゃ____。
「ユキ……? ユキ……! ユキ! ユキ!!」
私を抱くイアンさんの声がどんどん遠のいていき、急激な寒さが襲ってきて__。




