第244話 憎悪の虐殺
「グリン。テメェ……テメェ、自分が何やったか分かってんのか‼︎」
ギュッと拳を握りしめ、怒りの声をあげるハイト。
でも、グリンさんは平然と漆黒の剣を振りながら首を傾げた。
「何で怒ってるんだい? 余に歯向かったんだから当然の報いを受けるべきでしょ」
「だから言っただろ! 俺達はテメェには従わねぇって! もうテメェの部下でも何でもねぇんだよ!」
目を見開き、長い牙を噛みしめ、ハイトは腕を横に振るう。
すると、今まで俯いて拳を握っていた中年吸血鬼が、顔を上げてグリンさんを鋭く見据えた。
「あいつはな……若いくせに一番意地っ張りで、空気を読むのが下手くそで……でも俺達とずっと一緒に居てくれた、仲間思いの良い奴だったんだよ!」
その言葉に、青年吸血鬼もグリンさんを睨みつける。
「同感だぜ、おじさん」
ゆっくりと立ち上がり、中年吸血鬼に対して同意を口にしたのは亜子ちゃんの父親・亜雄さんだった。
「俺、あいつと追いかけっこしたんだよ。あいつが、亜子のことも剛くんのこともボコボコにしやがったくせに逃げようとするから。あいつ、俺より歳下だったくせに嘘ついて、自分の方が歳上みたいに言いやがってさ……。だから、ちょっとだけ思入れあんだよ」
空を仰ぎ、二度と元には戻らない『命』を想うような優しい表情で微笑んだ後、亜雄さんは鋭い目つきでグリンさんを睨みつけた。
「だから尚更許せねぇぜ、グリン・エンジェラ。亜人界も人間界もボロボロにしようとした挙句、あいつの魂を簡単に破壊しやがったんだからな!」
グリンさんは『やれやれ』と言ったように首を振って銀髪を揺らし、深いため息をつく。
「好き勝手言ってれば良いじゃないか。別に思い出を語られたところで、余には関係ないし。それに__」
そして銀色の瞳を滑るように動かし、地面にうつ伏せになったイアンさんを見据えた。
「そなたは何も言えないよね、イアン。いや、むしろ懐かしいかな?」
その言葉に、イアンさんが赤色の瞳を見開く。
「魂の核を割るってこんな感覚だったんだねぇ。初めて知ったよ。ルーンの……余の父上を殺した時も、そなたはこんなに清清しい感覚を味わってたんだ」
漆黒の剣をブンブンと振り、爽快感をアピールするかのようなグリンさん。
「ど、どういうことだ。グリオネス・エンジェラは天兵長の父親じゃないのか……?」
眉をひそめるイアンさんをグリンさんはチラリと見やり、
「世間一般的にはそんな風に誤認されてる。でも真実は違う。グリオネス・エンジェラは余の父上だ」
それからルーンさんに視線を移して、さらにニコニコと笑いかけた。
「ルーンもびっくりだよね。何せ、父上はそなたのことを実の娘みたいに可愛がってたもん。そなたの物心がついた頃には、もう父上はルーンを溺愛していたよ。自分がルーンの父親だ、なんて嘘までついて、ね」
「何……だと……?」
ルーンさんは目を見張り、瞳を震わせる。
「そなたの本当の父親と母親は、そなたが生まれてすぐに死んだらしいよ。多分、吸血鬼との戦いの中で戦死したんじゃないかな」
グリンさんの言葉にルーンさんは俯き、
「だ、だが、それならおかしいではないか。我と父上……先代に血縁関係がないのなら、なぜ我が天兵長に任命されたのだ。昔からグリンの方が強かったではないか」
そう、ルーンさんの言う通り、これでは説明がつかない。
普通なら役職などは親から子へ受け継がれていくもの。よっぽどの強者が現れない限りは、天界だって同じようなシステムで親から子に役職としての立場が受け継がれるはずなのだ。
「そうさ、余の方が実力もあったから、天兵長になるのは余のはずだったんだ。でも、伸び代のあるルーンの方を天兵長にすることばかり、父上は考えてた。余のことなんて眼中にもない」
呆れたように空を見上げるグリンさんは、今まで絶えず作っていた笑顔を消した。表情のない顔でルーンさんを見据え、
「そなたは知らないでしょ? 実力があっても、それを理由に放置されてきた余の気持ち。屈辱。悔しさ。憎悪……」
負の言葉を連ねていくうちに、再びグリンさんの口角が上がっていく。言葉とは裏腹に、グリンさんはとても楽しそうに笑った。
「だからイアン。そなたが父上の魂を破壊してくれたこと、余は感謝してるんだよ。これで少しは余に目を向けられるかなって思って。現実は、そう都合良くは動いてくれなかったけどね」
少し寂しげに眉を寄せてから、グリンさんはイアンさんを見下ろして笑みを浮かべた。
「ありがとう、イアン。父上を殺してくれて」
イアンさんの表情に恐怖の色が宿る。誰かの命を奪ったことで『感謝』を述べられるなんて、もちろん想像もしていなかったはずだ。
イアンさんは自分が犯した罪を償うために、今ある命を必死に守るとルーンさんに宣言したばかりだった。
それなのに、罪を『感謝』されてしまったら、混乱で思考が回らなくなってしまうだろう。
グリンさんは絶望的な表情で硬直するイアンさんを目を細めて見やってから、背後に居る五人の吸血鬼を首だけで振り返る。
「さて、茶番はここまで。そなた達、さっきの奴みたいに殺される覚悟は出来た? この余が、裏切り者にふさわしい死に様を与えてあげるよ」
「貴様……許さんぞ!」
グリンさんの言葉に怒りを露にする中年吸血鬼。
「言い残すことはそれだけかな?」
「ハン! 何を言う__ぐふっ!」
突然、中年吸血鬼の瞳があり得ないほどに見開かれた。彼の懐には銀髪の天使が入り込んでいる。
そして中年吸血鬼の体はどんどん透けていく。グリンさんが言葉を連ねる間にも。
「さすが雑魚。感情のままに突っ込もうとしてくるから、自分が先に攻撃されるってことが頭にないんだよ。さよなら」
グリンさんは中年吸血鬼の体が完全に消えてから、その後に寂しく浮かぶ丸いガラス玉を剣で一突き。パリンと軽快な音を立てて、ガラス玉____中年吸血鬼の魂の核は割れた。
若人吸血鬼に続き、三人組の中で一番歳を重ねていそうだった中年吸血鬼もまた、この亜人界から完全に消滅した。
「お前な……!」
静かに怒りの火を瞳に灯すのは、最後まで生き残った青年吸血鬼。
でも、グリンさんは彼を殺すのをやめたわけじゃない。ただ単に、後回しにしただけなのだろう。
「そなたも」
悠然と青年吸血鬼へ歩みを進めると、構えを取る彼に少しの情けもかけることなく、若人吸血鬼や中年吸血鬼と同じ死に様を与えた。
「はー楽しい。こんなに切り甲斐のあるものを切ったのは、生まれて初めてだよ。こいつら全員雑魚だったから呆気ないけど」
漆黒の剣に指を滑らせ、爽快感に浸っている様子のグリンさん。
再びカッと目を見開いて、今度は残りのキラー・ヴァンパイア達____ハイト、スレイ、マーダに迫っていく。
「父上……いや、グリオネス! 見てるかい!? 余はこれだけの吸血鬼を殺せるんだよ!? こんな役立たずで出来損ないのルーンより、余の方がよっぽど天兵長に向いてたよね!? これで分かってくれただろう⁉︎ そなたの選択は間違ってた‼︎」
もうこの世界には存在しない父親に向かって声をあげつつ、グリンさんは次なる獲物に鋭い爪を立てた。




