第25話 私たちは関わっちゃいけなかった
「えっ、今何て……?」
「では、もう一度言おう」
ルーンさんの衝撃的すぎる言葉に、私が思わず聞き返してしまったため、ルーンさんは再度念押しした。
「吸血鬼界の者どもと関わるのは、今後控えて頂きたい」
「______」
何度聞いても頭に入ってこない。
それでも話を進めるために必死に頭の中へとインプットする。
要するに吸血鬼界には行くな、ということのようだ。
「ど、どうしてですか? 確かにあの時のレオくんはちょっとばかり失礼だったかもしれないですけど、あれは私を守るためで――」
「その話はもう良い」
「え……」
てっきり、私が三人組の吸血鬼たちに売買されそうになっていた所をレオくんが助けてくれた後の事だと思って必死に弁解したけど、どうやらそのことではないみたい。
それなら一体、どうして吸血鬼界への接触を禁じられなければいけないのか。
「三つの世界の関係については知っているな?」
ルーンさんに問われて私は頷いた。
三つの世界の関係というのは、この世に存在する三つの世界のこと。
私達人間が住んでいる『人間界』、イアンさん達吸血鬼が住んでいる『吸血鬼界』もとい『亜人界』、そして今私が密会に訪れていてルーンさん達天使が住んでいる『天界』だ。
初めて吸血鬼界に招待された時に、イアンさんから聞いた話を思い出す。
「人間界と天界が同盟を結んでて、吸血鬼界を敵視しているって感じですよね」
「大まかに言えばそうだな。知っているなら話が早い。理由はそれだ」
「どういうことですか?」
私が尋ねると、ルーンさんに代わってフェルミナさんが答えてくれた。
「吸血鬼界と人間が関わっているというのは、天界でも話題になっているのです。元々、天界と人間界は、我々天兵とそちらのVEOを中心に交流を深めてきました」
さらにフェルミナさんは続ける。
「それなのに、人間界が敵視しているはずの吸血鬼界に人間が関わっていて、しかも良い交友関係を築いている、となると今後の同盟に少なからず支障が出るのです、ユキ様」
人間界と天界、吸血鬼界で二対一の関係にある現在の状況下において、私が吸血鬼界と接触するということは、その状況を覆すことに繋がる。
ルーンさんの説明と、フェルミナさんの助言を聞いた私の解釈はそれだった。
「で、でも、それを何で天界のお二人が忠告してくださるんですか? 一応私は人間ですし、注意喚起ならVEOにされるはずじゃ……」
私の中で一つの疑問が湧いていた。
私の吸血鬼界への接触が悪影響を及ぼすことは理解したけれど、それをどうして天界が忠告するのか不思議でならなかった。
私は一応人間界に住む人間だ。
普通に考えると、人間界代表で他の世界と交流しているVEOから注意が入るはずなのに、VEOではなく天界の天兵からその注意喚起がなされたのだ。
「それについては心配無用だ。これらのことは我とVEOで決めたことだ。勿論VEOには迎えを頼んでいる」
「……む、迎えって何ですか?」
「このままお前を引き渡す。しばらくはVEOの人間の監視の下で生活してもらう。吸血鬼界への接触を無くすために協力してほしい」
ルーンさんは深々と頭を下げた。彼女に倣ってフェルミナさんも立ったまま頭を下げる。
二人に頭を下げられて、私は困惑した。
確かに、この世界が長年築いてきた歴史や交友関係を壊してしまったことは申し訳ないし、反省するべきだと思う。
でもだからといって、イアンさんやキルちゃん、レオくん、ミリアさんに会えなくなるのは寂しすぎる。
まだレオくんの無事も確認できていないし、何よりもっと皆と話がしたい。
だけどこれは私の勝手、エゴイズム。
私が学校で上手くいっていないからといって、現実逃避のために逃げ込んだ世界、それが吸血鬼界だった。
偶然とはいえすごくありがたかった。
生きづらかった人生に、一筋の光が差したみたいにやる気が湧いた。生きる希望を見出すことができた。
苦しい学校も、イアンさん達に会える喜びのおかげで乗り越えられた。
私にとって、吸血鬼界との出会いは人生の転機でプラスなものだった。
――じゃあ、イアンさんたちにとってはどうだったのだろう。
訓練中に、敵視されている世界の人間を巻き込んでしまって、きっと命の危険を感じたはずだ。
せめてものお詫びとして、自分達の世界に案内してもてなしてくれた。
私の状況も理解してくれて、そっと背中を押してくれた。
それが、イアンさんたちにとってマイナスなものだったとしたら、という考えが浮かんできた。
まだよく知らない人間を励まして元気付けるなんて、ものすごく勇気がいるし大変だったはず。
もしかしたら、いい迷惑だったかもしれない。
私の前では笑顔で振る舞ってくれていたけど、本当は悩ませて苦しませていたら私のせいだ。申し訳なさすぎる。
どっちかはわからないけど、私が関与していることできっと吸血鬼界に危険が及ぶに違いない。
人間を誘拐しているだとか、身に覚えのない濡れ衣を着せられて、VEOと天兵からの襲撃を受けてしまう可能性も充分に考えられる。
私が接触を止めることでそんな危険が遠のくのなら、一刻も早く吸血鬼界との縁は切るべきだ。
そう。私たちは関わってはいけなかったんだ。
「……協力してくれるか?」
頭をゆっくりと上げてルーンさんが尋ねてきた。
「……はい」
暫く考えた後で、私は仕方なくそう返事をした。




