第234話 隠し事はしない
イアンさんの詠唱により、私と亜子ちゃんは魔方陣に乗って人間界に帰った。
「おじいちゃん!」
玄関のドアを開けながら叫ぶ。
でも、おじいちゃんからの返答はない。
家の中はシーンと静まり返っていて、物音一つ聞こえない。
まさか___。
嫌な汗がたらりと背中を流れる。
おじいちゃんからの返答がないから、つい最悪な想像をしてしまう。
あのグリンさんの言葉は嘘で、本当は既におじいちゃんが殺されてしまっているのではないか、とか。
グリンさんに捕まって連れ去られているのではないか、とか。
ううん、そんなことない! おじいちゃんは大丈夫! 大丈夫大丈夫……。絶対に無事なはずだから……。
「おじいちゃん……?」
おそるおそるリビングやダイニングキッチンに繋がるドアを開けると、
「ゆ、雪? どうしたんじゃ?」
そこには、エプロンをしてキッチンに立っているおじいちゃんの姿があった。
「おじいちゃん!」
良かった、生きてた! 死んでなかった!
「すまんな、最近寒くなってきたから暖房をつけて部屋も閉めきっておったんじゃ。わしの声も聞こえんかったじゃろう?」
「えっ、暖房?」
「そうじゃよ? 流石に耐えきれんと思ってのう」
そ、そっか、これから本格的な冬になるから、前もって暖房つけててくれたんだ。
ドアも閉めきってるし、玄関からの声が聞こえにくかったのも当然と言えば当然か。
「友達まで連れてきて、どうしたんじゃ?」
ひょこっと首を動かして私の後ろの亜子ちゃんを見下ろすおじいちゃん。
それに構わず、私はおじいちゃんに詰め寄った。
「おじいちゃん、家に天使が来なかった!?」
「ああ、来たのう」
何の危機感もなく平然と、おじいちゃんは言う。
「えっ!?」
やっぱり本当だったんだ……!
「だ、大丈夫だった!? 何も痛いことされてない!?」
「痛いこと……? 雪のことを色々聞かれただけじゃぞ?」
「えっ!? 私のこと!?」
「ああ。『そなたのお孫さんは不思議な人ですね』とか『もしかして人間ではないとか?』。何せ色々聞かれたのう」
ま、まさか、私の本当の姿が氷結鬼ルミだっていうことをグリンさんが知ってたのって、おじいちゃんから巧みに聞き出したからってこと!?
「まぁ、安心せい。雪は普通の人間だって答えておいたぞ」
おじいちゃんには、私の本当の姿が氷結鬼だということも既にカミングアウトしている。
その上で、おじいちゃんはそう誤魔化してくれたのだろう。
「ありがとう、おじいちゃん」
私がお礼を言う横で、亜子ちゃんも安心したように胸をなでおろしている。
「それはそうと、雪、お前の友達も来てくれたぞ?」
「えっ……もしかして、風馬くん?」
「あぁ、確か、そう名乗っておったのう」
風馬くん、ちゃんとおじいちゃんが無事かどうか確かめに来てくれたんだ。
「わしの仕事が休みじゃったから、天使の坊やにも風馬くんにも対応できたが……。わしが普通に学校勤務じゃったら迷惑をかけていたのう」
おじいちゃんが、申し訳なさそうに肩を落とす。
「心配しなくても大丈夫だよ。とにかく、おじいちゃんが無事で良かったよ」
「何でわしのことをそんなに心配してくれとるんじゃ? 天使の坊やも風馬くんも優しかったがのう」
「うん、風馬くんは優しいんだけど……」
「お祖父様、落ち着いて聞いてください」
私がグリンさんのことをおじいちゃんにどう言おうか迷っていると、先に亜子ちゃんが口を開いた。
「お祖父様の所に昨日来た天使は、あたし達の敵なんです。何を考えているかは未だに分かっていませんが、何か良くないことを企んでいるのは明白なんです」
亜子ちゃんの言葉を聞いたおじいちゃんの目が、驚いたように見開かれる。
「今後、もしも昨日の天使が家に来るようなことがあっても、絶対に出ないでVEO……吸血鬼抹消組織に通報をお願いします」
「じゃ、じゃが、鈴木さんは吸血鬼を取り締まる組織の隊長じゃろう? 天使となると___」
「おじいちゃん、あのね、吸血鬼は思ったほど悪くないの。中には悪いことをするヒト達も居るけど、良いヒトの方が多いんだ」
おじいちゃんの言葉を遮って、私は続ける。
「昨日ここに来た天使は、危ない敵なの。だからおじいちゃんを殺そうとして狙ってくるかもしれないの。お願い、もし今度グリンさ___その天使が来たら、すぐ誠さんに電話して」
「わ、分かった。誠さんに電話すれば良いんじゃな」
私が頷くと、おじいちゃんも表情を引き締めて頷いてくれた。
これでもしグリンさんがまた家に来ても、おじいちゃんが自分から危険な目に遭いに行っちゃう可能性は潰された。
「あ、あとね」
この際だから、ちゃんと言っておこう。
「私、六月あたりから放課後になったら吸血鬼の……イアンさん達の家にお邪魔してたの。おじいちゃんにはずっと黙ってたんだけど、あまり友達が出来なくてひとりぼっちだったから」
まさかのタイミングで打ち明ける私に、おじいちゃんは勿論のこと、亜子ちゃんも驚いている。
「今もずっと続いてて、これからも放課後は亜人界に遊びに行きたいんだけど……許してくれる?」
おじいちゃんは呆気に取られたように私を見つめていたけど、やがて表情を引き締めた。
「分かった。今までのことも全部分かったぞ。ただし、学業に支障のないようにな」
「うん! ありがとう! おじいちゃん!」
良かった、これでおじいちゃんへの隠し事も潰された。
「それはそうと、雪、学校は大丈夫なのか?」
「えっ、学校___」
「「あっ!!」」
おじいちゃんの安否の次に大事なことを思い出し、私と亜子ちゃんは同時に声をあげる。
おじいちゃんのことで頭がいっぱいで、その他のことをすっかり忘れてしまっていたけど……。
「い、行かなきゃ!」
私は学校の準備をするべく、二階へ続く階段をかけ上がろうとする。
「雪! 待って!」
でも、そんな私を引き止めたのは亜子ちゃんの声だった。
「えっ、どうしたの? 亜子ちゃん」
立ち止まって振り返ると、亜子ちゃんは必死な表情のまま私を見つめて、
「あたし達、昨日の昼休みに向こうに転移したから、制カバンとか全部学校だわ」
「あっ! 本当だ!」
すっかり忘れてた! どうしよう……今日の授業受けられないよ……。
「あ、それなら___」
そう言うと、おじいちゃんはリビングから私達の制カバンを持ってきてくれた。
「風馬くんが持ってきてくれたぞ?」
風馬くん……! ありがとう……!
「授業の準備が出来ないのには変わりないけど、制カバンがある方が精神的に安心ね」
亜子ちゃんが苦笑いしつつ、おじいちゃんにお礼を言って制カバンを肩に担ぐ。
私も頷いて、おじいちゃんから制カバンをもらった。
それから二人で一緒に玄関へ。
制靴を履いてから、玄関まで見送りに来てくれたおじいちゃんの方を振り返る。
「じゃあ、行ってきます! おじいちゃん!」
「行ってきます」
「行ってらっしゃい。頑張るんじゃぞ」
私と亜子ちゃんは、おじいちゃんに見送られながら学校に向かった。




