第24話 天界
「うわぁ」
天界の全貌を見た瞬間、私は思わず驚きの声を上げた。
まるで城下町のような風景がそこには広がっていた。行き交う天使たちは皆、人間の想像とそっくりの姿をしていた。
頭の上に浮いた天使の輪っか、背中から伸びる純白の羽、そして白い羽織りもの。
「すごい、同じだ」
「同じ?」
不意に私の口を注いで出た言葉に、ルーンさんが反応する。
「あ、はい。私たち人間は『天使』って聞いた時、天界の皆様と同じような姿を思い浮かべてるんです」
「そうなのか。それは……運命だな」
「ぷっ……くくくく……」
急に吹き出した私を見て、ルーンさんは怪訝そうに眉をひそめた。
「何がおかしい」
「あ、す、すみません! ルーンさんさんが『運命』って言うからちょっと面白くて」
笑いを堪えるのに必死になりながら、それでも笑いを止められない。
「笑いすぎではないか。我が運命を口にするのがそんなにおかしいか」
「いえいえ! そんな!」
ルーンさんは呆れつつ、ゴッホンと顔を真っ赤にしながら咳払いをして、
「よし、じゃあ行くぞ。ずっと入り口で立っていたって迷惑だ」
「は、はい!」
緊張のあまり、心臓がはねる。
笑いすぎて本来の目的を忘れてしまっていたけど、話があるって言われていたんだった。
「そう言えば、話って何ですか?」
人混みというより天使混みの中を掻き分けながら、必死にルーンさんの後を追いつつ尋ねると、
「着いてから話す」
「わ、わかりました」
そう返事をして、そのまま進んでいく。
すると、すれ違う天使たちがちらちら私とルーンさんを見比べて、
「あれ人間じゃないか」
「ルーン様と一緒にいるわ」
「しかもVEOでもない普通の女の子だ」
などと話していた。
一斉に注目の的となって、恥ずかしさのあまり顔が赤くなってしまう。
「気にするな。彼らは別に、お前を不審に思っているわけではないからな」
「で、でも、視線が……」
「仕方ない。人間を呼んだのは久しぶりだからな。皆も驚いているんだろう」
そう言って、ルーンさんは少し微笑んだ。
その時、私たちを見物していた天使達の中から黄色い歓声が起こった。
「キャー! ルーン様! 今日もお美しいです!」
どうやらルーンさんのファンの女の子天使たちのようだった。
ルーンさんに向かって手を振ったり拍手をしたり……。
何よりもまるで漫画の世界のように目がハートマークになっている。
確かにルーンさんの身なりは、同性である女性から見ても美しい。
すらっと伸びた長身に陽の光を浴びて輝く白い短髪。そしてキリッとした透き通るような水色の瞳。
人間界のアイドルのように、ファンが出来るのも納得だ。
「ありがとう」
「キャーーーーー!」
ルーンさんにお礼を言われ、その女の子天使達は叫び声をあげた。
「すまないな。彼女らも悪気はないんだ。不快に思ったかもしれないが、許してくれ」
「いえいえ、そんな! むしろ微笑ましいです」
ルーンさんは、私を見下ろしてどこか安心したように口角を上げた。
そのまま道なりにまっすぐ進んでいくと、正面からルーンさんによく似た天使が歩いてきた。
「フェルミナ」
「お待ちしておりました。ルーン様」
フェルミナと呼ばれたその女天使は、薄紫の長い髪をなびかせながら一礼した。
「ああ。出迎えありがとう」
そう言ってルーンさんは少し口角を上げた。ルーンさんも笑うんだ、と意外に思いながら、私が二人を見比べていると、
「ひとまず、宮殿の応接室へお通しします。ユキ様、人間界から遥々来ていただき、ありがとうございます」
遠くに見える、宮殿のような豪華な金と白の建物を手で示しながら、フェルミナさんがまたお礼を言ってくれた。
「いえ……」
フェルミナさんの優しさに、私は思わず安堵してしまいそうになる。
まだ来たばかりの場所で、会ったばかりの天使達と密会を交わすんだし、気を引き締めないといけない。
人間界の人間が吸血鬼界に加担しているともなれば、天界は野放しにはしないはず。
今日はきっとその事についての話だと察した。
フェルミナさんの後を歩きながら先を急ぐ。
「どうぞ。こちらでございます」
フェルミナさんがホテルの使用人のような仕草で、私を応接室という所に案内してくれた。
ドアが開かれると、そこには煌びやかな装飾が施されていて、眩しいほど輝く家具がたくさんあった。
そしてその中央には、金色の縁取りがされた紅色の机と椅子が並べられていた。
薄緑色のタイルの床も綺麗に掃除されていてゴミ一つなく、天井に吊るされたシャンデリアの明かりを受けて反射し、キラキラと輝いていた。
フェルミナさんに促されるまま、私はその煌びやかな椅子に腰をかけた。
さすが宮殿だと思わせるほど、椅子がフカフカで座り心地も抜群だ。
触れると、赤い毛布のような生地がサラサラとわずかに音を立てる。
「すごいですね、ここ。全部ピカピカで」
さっきまでの緊張感はどこへやら、入り口のドアの前で並んで私の方を見ているルーンさんとフェルミナさんに向かって、私は思わず歓声をあげてしまう。
ルーンさんの表情は少しも変わらなかったけど、フェルミナさんは口角を上げて微笑んでくれた。
「それでだ。本題に移りたいのだが」
ルーンさんはそう言いながら、机を挟んだ私の向かい側の席に腰を下ろした。
「は、はい」
解けていたはずの緊張が、これで瞬時に戻ってくる。
「今日はお願いがあって来てもらったんだ」
ルーンさんがまっすぐ私を見つめながら話し始めた。




