第23話 話の後にまた話~いざ、天界へ~
なんと、後藤さんに連れてこられたのは、体育館裏だった。当然だけど私と後藤さん以外に人は居ないし、周りが体育館と堀のようなもので挟まれていて、ジメジメとしている。
目の前の後藤さんが発する威圧なのか、体育館裏のジメジメした湿気が原因なのか、少しだけ体感温度が低い気がする。
「で、話なんだけど」
後藤さんは高く結んだ赤髪のツインテールを優雅にたなびかせて、私の方を振り向いた。
「は、はい……!」
まだ何も言われていないのに、私は肩をすくめて縮こまってしまう。
「あんた、何でこの間遅刻してきたわけ?」
鋭い紫色の猫目でキッと睨んでくる後藤さんに、私は視線を泳がせながら声を漏らす。
「え、えっと……い、色々とありまして……」
「その色々を聞いてんのよ!」
不意に後藤さんが大声をあげ、私は肩を震わせてビクッと目を瞑った。
「そ、その、他人にはなかなか言えない事と言いますか……」
駄目だ、こんな言い方したらますます怪しまれる!
「へぇ〜。学級委員長にも言えないことなんだ」
嫌味っぽく言う後藤さん____もとい、Aクラスの学級院長。
その分、学年団の先生からの信頼も厚いし、表向きは『ザ・優等生!』という感じなんだけど……。
「あたしにも言えないことって……相当ヤバイことしてるのね、村瀬さん」
棒立ちで、手も足も固まって身動きができない私の周りをグルグルと周り、私の顔を覗き込んで皮肉を言ってくる後藤さん。
私達Aクラスの学級委員長の素顔は性格の悪い、グループのリーダー格で偉そうにしているザマス系女子なのだ。私の最も苦手な人種でもある。
怖い……!
「これさ、先生には言ったの?」
肩の上から顔を覗き込まれ、思わず震え上がってしまう。
「は、はい……」
流石に風邪って言ったなんて言えないよ……。
「ふーん」
私の顔を覗き込むのをやめて、後藤さんはまた私の周りを大股でクルクルと回り始める。
「じゃあチクれないかぁ。残念」
え⁉︎ 先生に言うつもりだったの?
先に言っておいて正解だった。おじいちゃんありがとう!
そもそも、てっきり集団で質問攻めにされると思ってたのに予想外だな。
私に質問してくるの、後藤さんだけなんだ。
「お、お話は以上でしょうか?」
そろそろ解放されたくて、私はおそるおそる尋ねてみる。
さっきの発言からして、私がこの間遅刻してきた理由を先生に言いつけるのが、後藤さんの目的だったみたいだし、それならもう用は済んだはずだ。
「ええ。以上よ」
不意に口角を上げ、後藤さんは笑みを浮かべた。それも闇を感じる不敵な笑みを。
「で、では、これで」
ろくに後藤さんの顔も見ないでぎこちないお辞儀をぺこぺこ何回か繰り返して、私はその場をいそいそと立ち去った。
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____早くイアンさんたちに会いたい。
その一心で苦手な教室へ走り、制カバンを取りに向かう。
教室に入ると、まだ仲良し同士で話している子達が残っていた。私が入ってくるのを見ると、皆が一瞬で静かになった。
背中に視線を感じつつ、制カバンを取ってもたつきながら飛び出した。
廊下を走って下駄箱へ。
靴を履いて上靴をしまい、また走って校門の外へ。
学校から出たところで校門の傍にある白い壁にもたれ、荒い呼吸を整える。
予想はしていたけど、相変わらず皆の冷たい視線は変わらない。
入学してからずっとこうだ。
私は元々人付き合いが苦手で、友達もいなかった。
それが高校でも続くだけで、私の人生に大した影響はない。
周りからしたらそんな私が珍しいみたいで、多分『誰とも関わらない変わり者』みたいな扱いをされてると思う。
私にとってみれば、気兼ねなく話せてすぐ友達も作れる皆の方が凄いし、珍しいと思っているのだけれど。
校門の側でずっと壁に寄りかかっている私を、下校中の生徒がチラ見しながら通り過ぎて行く。
そんな視線を浴びてから、ようやく我に返った。
早く吸血鬼界に行こう。
そう思って足を進めたその時だった。
「そなた、ユキという者か?」
そう声をかけながら、私の方に真っ直ぐ歩いてくる人物がいた。
白と金の鎧に純白の短髪。
私が吸血鬼三人組に売られそうになった夜、レオくんを襲った天兵長、ルーン・エンジェラだった。
「は、はい、そうですが」
私が答えると、ルーンさんは辺りを警戒するようにキョロキョロと見渡して、
「話があるのだが、良いか?」
「は、はい、大丈夫です」
「そうか。なら良かった。ここで話せることではないから、一緒に天界に来てほしい」
ルーンさんに頼まれて、私は少し迷った。
話っていうのが何なのかはわからないけど、多分悪いことはされない。
それに、まだよく知らない天界について知る絶交のチャンスだ。
「わかりました」
迷った末に、私はそう返事をした。
「では、いざ参る!」
掛け声とともに、ルーンさんの背中から美しい白色の羽が生えてきてパタパタとはためく。
「しっかり捕まっていろ、ユキ」
「は、はい!」
言われるがままルーンの腰にしがみついた私が次に見たのは、遠く離れて豆粒みたいになった学校だった。
「え⁉︎ ……ど、どういうこと?」
「見ればわかるだろ。空を飛んでいるんだ」
頭上から呆れたルーンさんの声がした。バサバサと翼がはためく音もする。
見上げると、もの凄い勢いで私とルーンさんは天に向かって上昇していた。
「うぇぇぇぇ⁉︎ 怖い怖い怖い怖い……」
恐怖と驚きのあまり、ルーンの腰を掴む手に力が入ってしまう。
「ちょ……こらっ! そんなに強く掴むな! 痛いではないか!」
ルーンが慌てて私の方を見たせいで、上昇が止まりそのまま空中でバタバタと暴れる。
暴れられると余計に恐怖が増して、私の手の力も強くなってしまう。
「このっ!」
コツンと拳骨をくらい、私は涙目になりながら『ごめんなさい』と謝った。
「全く……。案ずるな。落下などしない」
そう言われても……。怖いものは怖いよ。
「目と口を押さえておけ。もげるぞ」
い、今更!? どうりで風が強すぎるわけだ……。
ていうか『もげる』って言い方凄い……。
「は、はい!」
心の中では色々ぶつぶつ言いつつも、顔無しになるのは嫌なので、ルーンさんの言う通りに目をぎゅっと瞑った。
そして口を___ルーンさんの胸の中にもふっ。
思ったよりも弾力があって、布団みたいにふわふわしている。
いいな、巨乳。胸がない人種にとって巨乳は憧れそのものだ。
「こ、こらっ! 貴様ぁ!」
勿論怒られた。
「だ、だって、腰掴んでるから、両手使えないんですもん」
必死に訴える。これは本当のことだもん。
「たとえそうでも、ば、場所というものがあるではないか!」
声が裏返っていて、おまけに顔をリンゴみたいに真っ赤にさせているルーン。
天兵長と言えどやはり女性。可愛いところもあるのだ。
そんなことを考えていると急に体が雲を突き抜けて、反射的に目をつぶってしまう。
天界って天国みたいに雲の上なんだ、と納得していると、
「着いたぞ」
ルーンさんの声と共に足が地面に着く感触。
おそるおそる目を開けると、そこには首を真上に上げないと全貌が確認できないほど、大きな天門がそびえ立っていた。
神社の鳥居を白く塗ったような門で、その先には見ただけで疲れてしまうほどたくさん段がある階段があった。
「すごいですね!」
素直に感想を言うと、ルーンさんは少し首を傾げて笑った。
「そうか? まぁ、お前は初めてだからそう思うのかもしれないな」
「いつもこの階段を昇ってるんですか?」
思い切って聞いてみる。
考えただけでも恐ろしいけど、もし毎日上り下りしているのなら、レオくんを倒しちゃうほど力が強いのも納得がいく。
知らず知らずのうちに、脚力と共に体力もついているのだろう。
「まさか。我らは飛んでいる。これは敵対策だ」
ずるい。少しでも納得した三秒くらい前の私を返してほしい。
でも言われてみれば天使には羽がついてるし、飛んで上るのも当然と言えば当然だ。
「じゃあ、私だけ上らなきゃいけないんですか?」
またおそるおそる聞いてみると、ルーンさんは口元を緩めて、
「いや、今回だけは特別だ。また我に掴まるといい」
ふぅ、良かった。一安心だ。やっぱり優しい。流石天使だ。
「胸には触れるなよ。触れたら即刻落とすからな」
怖い。やっぱり天使じゃない。堕天使だ。
まぁ、胸に口を埋めちゃった私が悪いんだけれども。
落とされて死ぬのも嫌なので、素直に頷く。
「よし、では参るぞ」
「はい」
私がルーンの腰に掴まると、すぐにルーンの背中から羽が生えて空に勢いよく舞い上がった。
この階段が終わったら、いよいよ天界に着く。
何が起こるかわからないけどせめて生きて帰れますように____!




