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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第七章 堕天使編
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第219話 破壊の詠唱

「大丈夫かい? ユキ」


 頭上から聞こえてきたイアンさんの声。


「は、はい、大丈夫です……!」


 私がイアンさんを見上げると、彼はにっこりと微笑んでくれた。


 私とイアンさんは地面に倒れていて、イアンさんが私に覆い被さっている状態だ。


 この状態から察するに、グリンさんが発砲する瞬間にイアンさんが身を呈して私を助けてくれたのだろう。


 私は、グリンさんに撃たれることなく生き延びていたのだ。それも、イアンさんのおかげで。


「つっ……」


「い、イアンさん!?」


 呑気にそんなことを考えていると、急にイアンさんが表情を歪めた。


 見ると、彼は左の二の腕を押さえている。さらにそこに目をやった私は、思わず息をのんだ。


「イアンさん……! それって……」


 イアンさんの左の二の腕。


 白いシャツで隠れているはずの肌は見えていたけど、そこから赤黒い血液が滴っていた。小さく開いた傷も見える。


 私は嫌な想像をしてしまった。それでも、それ以外の想像をすることができなかった。


 イアンさんは私を庇ってくれた際に、二の腕を撃たれてしまったのだ。


 そうでなければ、イアンさんが怪我をしてしまっている理由が思い付かない。


 私のせいだ……! 私が下手に飛び出していっちゃったから……!


 そう思った瞬間、急激に体が冷えた。


 ブルブルと震えてしまうほどに寒気がして、心臓がうるさく脈打つ。


 心臓の鼓動が、隣のイアンさんにまで聞こえてしまっているのではないか、と思うほどに。


「……これくらい大丈夫だよ」


 イアンさんは頬に汗を浮かべつつも、笑顔を見せてくれる。絶対、大丈夫なわけないのに。


「イアン様!」


 ミリアさんが叫び、キルちゃんやレオくんも駆け寄ってくる。


「【回復華リカバー・フローラル】!」


「ありがとう、ミリア」


 イアンさんの二の腕に両手をかざして、ミリアさんは治療魔法を施し、傷を治す。


「あんた、よくもイアンを……!」


「もうあいつらのことは、隊長が王宮の牢まで送ったぞ。残りはお前一人だ」


 キルちゃんが怒りをむき出しにして、レオくんが冷静にグリンさんを諭す。


吃驚仰天(きっきょうぎょうてん)。驚きだよ。まさか全員を牢獄送りにしちゃうなんてね」


 すっかりいつもの口調に戻ったグリンさんは、目を丸くして驚き、というよりは感心をその顔に宿していた。


「これくらい造作もないさ」


 ミリアさんの治療魔法を施されたイアンさんは、ゆっくりと立ち上がった。その二の腕には、白い包帯が巻かれてある。


「まぁ良いよ。むしろ報恩謝徳(ほうおんしゃとく)。感謝する」


 グリンさんは丸くしていた瞳を元に戻してから、手をヒラヒラと振る。


「感謝……!?」


 少し得意気だったイアンさんの顔が、一気に怪訝そうになる。


 私もグリンさんの真意を理解できないでいた。


 少なくとも鬼衛隊四人とグリンさん一人で、追い詰められているはず。


 それなのに、どうしてグリンさんはそんな状況でも感謝の気持ちを述べるのだろう。


「これで、雑魚なんて気にせずに思う存分遊べるじゃないか」


 そう言うと、グリンさんは黒い拳銃を空に投げた。


「ほら、フェルミナ。返してあげるよ。そなたが使うと良い」


 地面に落ちた拳銃をおそるおそる拾い上げつつ、フェルミナさんは警戒心に満ちた表情でグリンさんを見る。


「どうしていきなり……。何の真似でしょうか、グリン様」


「どうしても何も。正々堂々と勝負したいからに決まってるじゃないか」


 当たり前のことだと言わんばかりに、グリンさんは口角を上げてニコニコと笑う。


 そして自分は丸太のように大きくて太いハンマーを担ぐと、


「さぁ、行くよ!」


 地面を蹴ってイアンさん達の方へ飛びかかっていった。


「イアンは無理しないで!」


「俺達が前に出ます!」


 言うが早いか、キルちゃんとレオくんはグリンさんの方へと走っていく。それぞれ、短剣と片手剣を構えて。


 カンカンカン、という金属音とともに武器同士が激しくぶつかり合って火花を放つ。


 ハンマーで殴られて大怪我を負ったルーンさんやフェルミナさんを見た後だからだろうか。


 キルちゃんもレオくんも、グリンさんが振り下ろすハンマーに当たらないよう細心の注意を払っているように見える。


 それでも逃げてばかりというわけではない。


 少し距離を取りながらも、素早い攻撃は一切やめていないのだ。


「【剣光ソード・フラッシュ】!!」


「【炎嵐ファイヤー・トルネード】!!」


 そして、二人同時に必殺技を放つ。


 キルちゃんは短剣を光のような速さで振るい、レオくんは片手剣に纏った炎を放出した。


 それなのに___。


「【破滅鎚(アーテ・ハンマー)】」


 落ち着いた声が凛と響いたかと思った直後。


 キルちゃんが持っていた短剣が地面に落とされ、レオくんの炎が一瞬にして消し去られた。


「はっ!?」


「何だ、今のは……!」


 技を放った二人自身も、何が起こったのかさっぱり分からないといった様子だ。


 技が、消えた。いや、消されたのだ。グリンさんのハンマーによって。


 跳ね返されたわけでも、途中で効力を失って消滅してしまったわけでもない。


 ただ単純に、ハンマーで打ち消されてしまった。


 鬼衛隊の中でも絶対的な攻撃力を誇っていた技が。


 特に、レオくんは『炎の使い手』と呼ばれているほど。


 炎術に関しては亜人界トップの実力の持ち主なのだ。


 それなのに、そんなレオくんの技でさえも、呆気なく消え失せてしまった。


 とても、信じられる状況ではなかった。


 イアンさんもミリアさんも、一瞬の出来事を驚きの表情で見つめていた。


「【破滅鎚(アーテ・ハンマー)】」


 もう一度、もう一度。あの声が響いた。


 そして、巨大な地震が起こったのかと思うほど、大きな揺れが襲ってきた。


 そこで私は確信した。


 フェルミナさんが天界に帰ろうとした時にやって来た揺れ。あれは、グリンさんが意図的に引き起こしたものだったのだ。


 たちまち私達は吹き飛ばされて、その場に居た全員が地面に強く叩きつけられた。


 私達全員がなす術もなく地面に倒れたのを見て、ただ一人、グリンさんだけが声高らかに嗤っていた。

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