第22話 呼び出し
「イアンさん! キルちゃん!」
思わず叫びに近い大声で二人を呼んでしまい、私は慌てて口を押さえる。
急いで教室を見回したけど、みんな友達とのランチに夢中で私のことなんて気にも留めていなかった。
ひとまず安心だ。
イアンさんやキルちゃんのことがバレたら間違いなくVEOが出動するし、吸血鬼界が滅ぼされちゃうかもしれないから、慎重にしなくちゃいけない。
「どうしたんですか?」
私が尋ねるとイアンさんはにっこり笑って、
「当たり前じゃないか。ユキの様子を見に来たんだよ」
「えっ、でも訓練が……」
「ちょっと休憩よ」
そう言ったのは、額にたくさん汗を浮かべたキルちゃんだった。
「久しぶりに本気で戦いあったから疲れちゃったのよ」
そう言いながら息を吐くキルちゃんは、本当に疲れをその顔に宿していた。
「な、なるほど。お疲れ様!」
「ありがとう」
私が労いの言葉をかけると、キルちゃんは引きつった笑顔でお礼を言ってくれた。
そういえば、イアンさんは溜めてた力を解放したみたいだし、私と初めて出会ったときのボコボコにされてたイアンさんとは違う。
きっとその時はイアンさんに勝ててたキルちゃんも、今では簡単には勝てなくなっちゃったんだろう。
「僕も体動かしたの久しぶりだから、何だか爽やかな気分だよ」
へとへと顔のキルちゃんとは正反対で、ニコニコ笑顔のイアンさんは満足そうにそう言った。
「良かったですね」
私も笑顔を返すと、キルちゃんがブーイングを連発した。
「ちょっとくらい手加減ってものを覚えてもらわなきゃ困るんだけど?」
「そんなに怒らないでくれよ、キル。それに君も強くなったんだからそこまで僕との力の差もなかったはずだよ?」
「そんなことないよ。もう、ずっと力溜めたままでよかったのに」
頬をぷくっと膨らませるキルちゃんに、イアンさんが笑顔で言った。
「いい訓練になったじゃないか」
「まぁね」
そう言ってキルちゃんも口角を上げる。
さっきよりも汗がひいていて顔色も良くなっていた。
「そう言えば学校大丈夫だったのか? ユキ」
「はい。何とか授業は受けられました」
「そっか。良かった」
安心そうに笑顔を浮かべるイアンさん。
自分のことよりも私のことを気にかけてくれていたんだ、と思うとすごく嬉しく感じた。
「本当、あの人間が来たときは見つかったかと思って焦ったね」
そう言ってキルちゃんは苦笑い。
私もあの時は覚悟したけど、瞬時に二人が隠れてくれておじいちゃんには見つからずに済んだから、本当に良かった。
「そうだね」
キルちゃんもイアンさんに同意する。
するとその時、教室に椅子や机を動かす音がガタガタと鳴り出した。
教室の中央に振り向くと、いつの間にか五時間目が始まる十分前になっていて、クラスのみんなが授業の準備をしながらいそいそと動いていた。
「あ、ごめんなさい。私も次の授業の準備しなきゃいけなくて」
「お、もうそんな時間か」
「頑張ってね」
私が謝ると、イアンさんとキルちゃんが笑顔で労いの言葉をかけてくれた。
「はい。ありがとうございます」
「じゃあそろそろ訓練再開しようか」
「了解。優しくしてよね」
顔を赤らめながらキルちゃんが言うと、
「うん、勿論。じゃあね、ユキ」
「また後でね」
イアンさんはキルちゃんに向かって頷いた後、キルちゃんと二人で私に向かって手を振ってくれた。
「はい!」
私も笑顔で二人に手を振り返す。
黒髪と桃髪の、背丈も違う二人がマントを翻して空に舞い上がる。地上から遠ざかるにつれてその違いがよくわかる。
二人が訓練を頑張ることが出来るように祈りつつ、私は教室の方に向き直って教科書やノートを制カバンから取り出して授業の準備を始めた。
____イアンさんとキルちゃんが飛び立っていった上空で、白色と金色の鎧を纏った白髪の女天使が見つめているのも気付かないで。
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ピーンポーンパーンポーン。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、クラスのみんながため息をついて一斉に机に突っ伏す。
私も、遅刻はしたけど無事に授業に参加できた安心感で、一気に疲れが出て同じように突っ伏した。
机に身体をベタリとくっつけながら、学校の成績も大切だから吸血鬼界に泊まるのは土曜日にしないといけないなと改めて思う。
こうやって、今日みたいに学校があることも忘れてしまうし、日常生活にも支障を来たしてくるはずだ。
いくら学校が嫌だからって甘えすぎていたと反省する。
それに学校が終わったら吸血鬼界のみんなが笑顔で待っていてくれているから、今まで以上に頑張れるかもしれない。
いつまでも甘え過ぎだ。ちゃんとしなければ。もうあの時みたいな後悔はしたくない。
私の甘えのせいで、今までたくさん失敗してきたんだから。
「ねぇ」
不意に声をかけられて横を向くと、遅刻した時に私に嫌味を言ってきたツインテール女子・後藤さんが私の席に来ていた。
「え……? 何?」
また何か嫌なことを言われると思って、私はおそるおそる尋ねた。
後藤さんは両手を腰に当てて、猫のようにつり上がった鋭く大きな目で私を見た。みかんのようなオレンジ色の瞳に私の不安げな顔が写っている。
「ちょっと話があるんだけど。放課後いい?」
「あ、はいっ!」
思わず瞬時に返事をしてしまう。
しまった、何の用事かも聞いてないのに。
「じゃ、よろしく」
後藤さんはそれだけ言い放つと、さっさと自分の席に戻っていった。
何だったんだろう。一体何を言われるのかな。
もしかして今日遅刻してきたことをねちねち言われたりして。
嫌な予感を覚えながら、先生が教室に入ってきたところで終礼が始まり、私は連絡事項をメモ帳に書き留めた。
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やがて、放課後を知らせるチャイムが鳴った。
私は教室掃除に使ったほうきを掃除入れの棚にしまいながら、内心ではすごくビクビクしていた。
____ついに、約束の放課後が来てしまった。
授業が終わって言いに来たのは後藤さんだけだったけど、おそらく放課後待っているのは彼女だけじゃないはず。後藤さんに従っているグループの子たちも一緒に違いない。
案の定、席に戻った私を待ち構えていたようにすぐに後藤さんが来た。
「村瀬さん」
「……はい」
「話あるから。こっちに来て」
そう言って後藤さんは手招きし、教室を出て行った。
おぼつかない足取りで彼女の後を追いながら、私の不安は絶頂に達していた。
命の危険さえも感じる。何を言われるかも想像がついてる。逆らえば痛い目を見る。全部わかってるけど怖い。
今までに感じたことのない恐怖に身を震わせながら、私は後藤さんの背中を見ていた。




