第205話 吸血鬼を追って
「ど、どういうことですか?」
居場所が分かってる……?
もう王宮から出ていかれちゃったのに何で……。
「ほらね」
そう笑うイアンさんの手元には、スマホのような機械があった。
その画面は点灯していて、地図のような絵の上に三つの丸印が点滅しながら動いているのが分かる。
赤紫色と青紫色と濃い桃色。
キラー・ヴァンパイアの三人の髪色と同じだ。
「これって……」
イアンさんは無言で頷き、得意気に口角を上げた。
「あの三人には内緒で、こっそり付けてたんだ。だからどこに居るかはバッチリ分かるよ」
GPS。人間界と同じような仕様だったから、それがGPSだとすぐに判断できた。
亜人界にもあったんだ、GPS。すごい……。
これだけ技術が似ているなら、いつか共存出来るんじゃないかな。
______なんてね。まだ無理か。
「よし、僕も追いかけるよ。ユキは______」
スマホのような機械をズボンのポケットにしまうイアンさん。
「私も行きます!」
「えっ!?」
イアンさんが仰天して目を丸くする。
「ハイトとマーダに余計なことを言っちゃったのは私だから。私が皆を連れ戻したいんです」
私にはその責任がある。二人に無責任なことを言った以上、私がしっかりしないといけない。
「ユキ……」
それでもイアンさんは心配そう。
当たり前だ。たとえハイト達の元に向かったところで、私には何も出来ないんだから。イアンさんの足手まといにしかならない。
でも、何があってもハイト達を連れ戻したい。
「お願いします! イアンさん!」
イアンさんは困ったように『うーん』と唸っていたけど、やがて決心したように顎を引いた。
「分かった。その代わり、絶対に僕から離れないでね」
私は力強く頷く。そしてイアンさんと一緒にハイト達を追いかけることにした。
『上手く出ていくことが出来たと見せかけて、油断したところを連れ戻す』作戦の始まりだ。
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「ここ……どこですか?」
ハイト達を追った私とイアンさんは、とある廃墟のようなボロボロの建物を見上げていた。
「多分、空き家かな。天界の襲撃で大変な目に遭った吸血鬼達も居たみたいだから、そんな吸血鬼達の家だったんだと思う」
イアンさんは、少し申し訳なさそうな口調で肩を落とした。
マーダ達が王宮を襲撃してきた時に、一般の吸血鬼達が必死になって訴えていた言葉が脳裏をよぎる。
天界の天使達による襲撃が止んでいるからと言って、吸血鬼達が安心できるわけではない。むしろその逆だ。
天使達のせいで家を追われた吸血鬼も居る中で、いつ天界からの襲撃が来るか分からない状況だ。
襲撃そのものに対する不安や恐怖よりも、その襲撃がいつ来るのかが分からないことに対するそれの方が圧倒的に強い。
そのせいで大事な住居を手放さざるを得なかった理由があったに違いない。
「ハイト達、こんなところで何してるんでしょうか」
イアンさんが手にしている機械には、確かにこの場所に三人の反応がある。
ここで間違いないはずなんだけど、明らかに何かするような場所じゃない。
「ますます怪しいね。全く、変なことに首を突っ込んでないと良いんだけど」
イアンさんは腰の鞘から黒い剣を抜くと、扉のドアノブをそっと握る。
「ユキ、約束、忘れてないよね」
「勿論です。絶対にイアンさんから離れません!」
私が力強く言うと、イアンさんは『ありがとう』とお礼を言ってからドアノブを回した。
「行こう」
そうして、私とイアンさんは不気味な廃墟へと入った。
廃墟の中は予想以上に奥行きがあって、どこまでもどこまでも暗闇が続いている。
思わずゴクリと唾を飲み込んでしまう。
それでも進まないことには、ハイト達を連れ戻せない。
剣を構えたまま慎重に歩いていくイアンさんの後について、私も足を踏み出した。
何メートルか、結構長い一本道を歩いていると、視界の先に小さな灯りが見えてきた。
誰かの部屋があるのかな。廃墟かと思ってたけど、ボロボロに見えるだけでちゃんとした誰かの家なのかも……。
もう少し進んでいくと、右手側にはやはり部屋があった。しっかり閉まっていなかったドアの隙間から、中の灯りが漏れ出ていたのだ。
ここにハイト達が……。
もう一度覚悟を決めていると、何やら声が聞こえてきた。
「偉いじゃないか、三人とも。欣喜雀躍。嬉しすぎて小躍りしちゃいそうだよ」
「ったく、何で俺達を置き去りにしたんだよ、リーダー」
「……逃げるのが大変だったぞ。こいつから」
「そぉそぉ。ホント、何してくれるのよぉ」
______こいつから!?
それにこの声、間違いない。グリンさんとハイト、最後の声はスレイとマーダだよね!
何で、天使と吸血鬼が一緒に居るの……?
しかも、リーダーって!?
この状況と、先にハイト達を追いかけていったキルちゃんが廃墟の周りにも、その中にも居なかったことを考えると……。
嫌な予感がした。考えたくなかった。けど……。
私が拳を握っていると、イアンさんが一歩前に進み出た。
「ハイト! スレイ! マーダ! 大人しく王宮に戻れ!」
勢いよくドアを開けて部屋の中に飛び込み、剣を構えるイアンさん。
私も続いて部屋の中を覗き込んだ。
すると______。
「き、キルちゃん!!」
私の想像通り、キルちゃんは捕まっていた。
傷だらけの身体を見るに、おそらく数人がかりで殴られたのだろう。
そして、部屋の一番奥では。
「……グリン、さん」
椅子に座ったふわふわの銀髪の天使が、ニコニコと笑っていた。
私に拳銃を突きつけ、それでもなお屈託な笑みを浮かべていた彼が。ルーンさんとの決着で彼女を圧倒したという彼が。
その前にはハイト、スレイ、マーダの三人が居て、グリンさんの足元でキルちゃんは床に倒れていた。
さらに部屋の中にはもう一人、別の人物の姿があった。
たくさんの髭を生やした中年の男は、イアンさんやキルちゃんと同じように黒いマントを身に纏っていた。
このヒト、吸血鬼だ! でも何で? ハイト達三人しか王宮から出ていってないはずなのに。まさか見過ごした!?
ううん、そんなことはないはず。絶対にあり得ない。ハイト達が出ていった後も、私とイアンさんは暫く王宮に居たから。
王宮から出ていこうとしているヒトがいたら、絶対に気付く。
それなのにここに居るってことは、このヒトもグリンさんやハイト達の仲間……。
私がそんなことを考えていると、
「隊長……」
イアンさんの震えた声がした。
「い、イアンさん!?」
一体どうしたの!?
急いでイアンさんの顔を覗き込むと、イアンさんは目を見開いて赤い瞳を揺らしていた。
イアンさんは信じられないといった表情を浮かべながら、もう一度呟いた。
「ウィスカー隊長……」




