第204話 ちゃんと分かってるから
「えっ!? ルーンさんがグリンさんに倒された!?」
学校が終わっていつも通りイアンさんに吸血鬼領へと連れて来てもらった私。
まだイアンさん達も誠さんも王宮で寝泊まりしているということだったので、早速王宮に向かった。
そこで、誠さんから聞いたのだ。天界の天兵長、ルーン・エンジェラがグリン・エンジェラに倒された、と。
「まぁ、簡単に言えばそういうことだな。いきなり決着をつけるという話になって」
「そ、それで、ルーンさんは大丈夫なんですか!?」
グリンさんがどれくらい強いのかは分からないけど、イアンさん達のことも圧倒していたルーンさんが負けるくらいだ。
最低限分かることは、グリンさんはイアンさん達鬼衛隊よりも遥かに勝る強さを持っているということ。
私が慌てて尋ねると、誠さんは眼鏡をくいっと上げた。
「その場で応急処置は済ませてある。俺もVEOの仕事があるから、そう頻繁に様子を見に行けんのだが、フェルミナなら何とかやってくれるだろう」
誠さんの言葉で、私の脳裏に薄紫色の長髪の天使が思い浮かんだ。
「た、確かに、フェルミナさん、しっかりされてますしね」
天兵長の第一部下で、ルーンさんの幼なじみというフェルミナさん。
私も、何度もフェルミナさんがルーンさんをたしなめたりしているところを見てきた。彼女なら、ルーンさんが怪我をしていてもしっかりと処置をしてくれるはずだ。
私には治療は出来ないから、完全にフェルミナさんに任せっきりになってしまっていることが申し訳ないけど……。
「にしても、グリン・エンジェラ。やっぱりただ者じゃなかったな」
ふと、イアンさんが顎に手をやった。
「やっぱりってどういうことですか?」
私が聞き返すと、イアンさんはハッとして手をブンブンと振って慌て始める。
「あっ、いや、えっとね……」
イアンさんはそこで言葉に詰まったのか『えーっと』と何回も呟いていたけど、やがて理由を思い付いたかのように口を開いた。
「天兵長まで倒しちゃうなんて、強すぎるなぁって思って。あはは、あははははは」
確かに……。ルーンさん、イアンさん達よりも強かったもんね。今の強くなったイアンさん達と勝負したら、どうなるかは分からないけど。
キルちゃんもレオくんもミリアさんも本当に訓練頑張ってたから、今度もし天使達と戦うことがあったら勝てるんじゃないかな。
「そうだ、イアンさん」
「うぇっ!? えっ、な、何だい? ユキ」
まるでオバケでも見たかのような驚き様のイアンさん。ちょっと、ボーッとしてるのかな?
イアンさんのことも心配になってきたけど、まずは本題だ。
「キルちゃん、大丈夫ですか?」
「えっ、キル? キルがどうかしたのかい?」
あれ、特に問題無さそう?
「いや、あの、私達が人間界に帰る時に、ものすごく思い詰めてるみたいな感じで謝ってくれたので」
「……もしかして、あのキラー・ヴァンパイア達のことかい?」
「はい、おそらく。ハイトに謝らせることが出来なかったからって、キルちゃんが代わりに謝ってくれたんです」
「ああ、あの時か」
イアンさんは赤い瞳を動かして目を泳がせると、口角を上げてにっこりと笑った。
「……大丈夫じゃないかな。ユキは気にしなくて大丈夫だよ」
良かった。キルちゃんも気持ちのコントロールがちゃんと出来たのかな?
私が呑気にそんなことを考えていると、突然甲高い叫び声が王宮の奥から聞こえてきた。
しかもだんだん、こっちに近付いてきてる。
「ちょっと待って!」
まず最初に現れたのはハイト。そして彼を追いかけてキルちゃんも走ってきた。さっきの声は、キルちゃんがハイトを引き止めてる声だったんだ。
「うっせぇ! 黙ってろ!」
「勝手に出て行かないでって言ってるでしょ!」
ハイトの腕をがっしりと掴み、絶対に行かせまいとするキルちゃん。
そんな彼女を見下ろして、ハイトは赤紫色の髪を乱暴に掻きむしった。
「うっせぇなぁ! 行かせろ!」
「駄目に決まってるでしょ! 何考えてんのよ!」
さらに畳み掛けるキルちゃんをなだめるように、イアンさんが二人に声をかけた。
「落ち着いて、二人とも。何があったんだい?」
「イアン……。ハイトが急に出て行くって言い出して……」
キルちゃんの言葉に、チッと舌打ちをするハイト。
「急にどうしたんだ。まさか、また他の種族の吸血鬼を殺すつもりじゃないよね」
ハイトはキラー・ヴァンパイア。同じ種族だけどもう足を洗っているキルちゃんとは違って、つい最近までホーリー・ヴァンパイアを狙っていた。
王宮に閉じ込められたストレスで、またその矛先を他の弱い種族に向けるんじゃないか。
イアンさんはそう危惧したみたいだ。
「んなことするかよ! そんなんじゃねぇっつーの!」
「じゃあ何で出て行くなんて言うの⁉︎」
キルちゃんが尋ねると、ハイトは目を見開いて声を荒げた。
「テメェには関係ねぇだろ! いちいち口挟むな!」
ついに怒りが頂点に達したのか、ハイトはドンドンと床を踏み鳴らして王宮を出て行ってしまう。
「あ、ちょっと!」
そんなハイトを追って、キルちゃんも走っていった。
「キルちゃん!」
私が反射的に追いかけようとすると、肩にずしりとした重量を感じた。振り向くと、イアンさんが首を横に振っていた。
「ユキ、駄目だ。君まで出て行くことないだろ」
「で、でもキルちゃんが心配で」
王宮のドアを見つめていると、後ろから二種類の声がした。
「……お前が来ても邪魔なだけだ」
「何も出来ないお嬢ちゃんは、大人しく待ってなさいよねぇ」
ハイトの仲間のスレイとマーダだった。
「スレイ、マーダ……」
私が二人の名前を呟くと、
「……俺達には俺達のやるべきことがある。それを邪魔する権利など、お前達にはないはずだ」
「そぉそぉ。邪魔しないでよねぇ」
淡々と言って出口へと向かうスレイとは対照的に、マーダはピラピラと手を振る。そうして、二人もハイトと同じように王宮から出ていってしまった。
「イアンさん、大丈夫なんですか?」
本来なら王宮を襲撃した罪で牢獄行きだった三人。それなのに、いとも簡単に出ていかれてしまった。
しかも、それをイアンさんは黙認している。私にはその理由がよく分からなかった。
「大丈夫だよ」
でも、イアンさんはいたって真剣な表情で言った。
「あいつらの居場所はちゃんと分かってるから」




