第187話 何も出来ねぇくせに
「テメェまで負けに来んのかよ……。しょうがねぇ、一瞬で終わらせてやる!」
怒りを爆発させ、水矢を乱射させるウォルを鬱陶しそうに見つつ、ハイトはもう一度爪を伸ばして戦いに臨んだ。
「うわあああぁぁぁっ!!」
怒りのままに叫びながら、ウォルはもうめちゃくちゃに弓を引っ張っていく。ハイトに当たろうが当たらなかろうが、そんなことはもはや関係ない。
そう思っているみたいな弓の引き方だった。
一方、ハイトの方も長く伸ばした爪で飛ばされてくる矢を悠々と弾いていく。
私にも何となく、この戦いの結末は分かっていた。
でも止めようにも止められない。
双子のお兄ちゃんを傷つけられたウォルの怒りが、悲しみが、悔しさが、痛いくらいに伝わってきたから。
きっと今誰かが止めに入ってしまったら、それらの負の感情はウォルの中でもっともっと膨らんでしまうに違いない。
彼は、自分の手で兄の仇を討ちたいと思っているはずだ。
スピリアちゃんの奪還に成功してから数十分くらい経っているだろうか。
空はオレンジ色に近付いていて、もうすぐ日が暮れそうな時間帯だった。
一日が終わりを告げている時でも、吸血鬼と天使の戦いは終わらない。
つまらなさそうなハイトと、感情をむき出しにしているウォル。
ウォルは何度も何度も矢を射って、ひたすらハイトに向かって攻撃を繰り出していた。
でも、背中に手を回して矢を取ろうとしたところで、彼の目が大きく見開かれる。
「なっ……!? 矢切れ!?」
ウォルは絶望を顔に宿し、それでも何度も何度も指を細やかに動かして手探りで矢を探す。
背負っている矢筒の中にはもう一本の矢も入っておらず、当然ながら彼の指が細い矢に当たることはない。
あからさまに動揺したウォルを尻目に、ハイトはここぞとばかりに足を高く上げた。
「ご愁傷さま!」
動揺で立ち尽くしていたウォルのお腹を思い切り蹴り、フェルミナさんやフォレスの居る数メートル先まで吹き飛ばすハイト。
「ぐうっ!」
ウォルは苦しそうな呻き声をあげながら、風のような速さで吹き飛ばされていった。
「ウォル! うっ!」
瞬時に反応したフェルミナさんが、ウォルを受け止めようと立ち上がるけど、彼女も吹き飛ばされてきたウォルに押されるような形で、地面に倒れてしまう。
フェルミナさんに助けてもらったことに気づいたウォルは、彼女の方を振り返って急いで謝罪した。
「ご、ごめんなさい、フェルミナさん!」
フェルミナさんは片目を瞑り、痛みを必死に堪えたような顔でウォルに微笑みかける。
「だ、大丈夫よ……これくらい……。あなた達は下がっていて」
そして何事もなかったかのように立ち上がり、数歩前に進み出て赤紫色の短髪の吸血鬼を真っ直ぐに見据えると、
「吸血鬼のお方、ハイト様、と申されたでしょうか」
フェルミナさんの丁寧な言葉遣いに、ハイトが余計に気を悪くしたのか、訝しげに眉を寄せた。
「あん? だから何だよ。俺の名前にまでケチつける気か?」
「いえ、そんなことは決してありません。あなたがどうして、そんなにも私達天使を憎んでいらっしゃるのか、それが知りたいのです」
ハイトは悔しげに歯を噛みしめると、
「さっきも言っただろ!? テメェら天使が勝手に人間界と同盟結びやがったからだ! 何で俺達が『敵』みたいな扱いになってんだよ!」
「俺達がテメェらに何かしたか? 仲間外れにされるようなこと、何か……。何も……してねぇだろ……?」
怒りよりも純粋な悲しみが勝ち始めたのか、とたんにハイトの語気が弱くなる。
「そ、それ……は……」
地面に倒れたルーンさんが口を開きかけるけど、それを遮るようにフェルミナさんが答えた。
「同盟は、人間界の方から提案されたものです。私達天使の独断ではありません」
「ああっ、クソッ! もう良い! そうやってテメェらは責任の擦り合いしかしねぇ! 俺達がどんだけイラついてるか、思い知らせてやる!」
ハイトはくしゃくしゃと髪の毛を掻きむしって、怒りの声をあげた。
「くっ……!」
フェルミナさんも悔しげに唇を噛みつつ、ハイトに向かって飛びかかっていく。
ハイトの爪を羽を使って飛び上がって綺麗に避け、わざとハイトから焦点をずらして発泡する。
そんなフェルミナさんを必死に顔を動かして見上げながら、ハイトは爪で引っ掻く動作を続ける。
「ちょこまかちょこまか飛びやがって……。この______」
フェルミナさんが低空飛行をした一瞬の隙を見逃さず、彼女の柔らかい羽を乱暴に掴むハイト。
「うぁっ!」
ぐいっ! と強い力に引かれてフェルミナさんはバランスを崩すけど、ハイトはそんなことなんてお構い無し。
「この羽がなかったら、テメェらは何も出来ねぇくせに!!」
そのままフェルミナさんの羽を下に引いて、彼女の身体を地面に叩きつける。
「ぐぅっ!」
うつ伏せの状態で地面に強く顔面を打ち付けるフェルミナさん。
彼女が痛みで弱ったのを確信したハイトは馬乗りになり、鋭い爪でフェルミナさんの背中を羽もろとも突き刺していった。
「このっ、このっ、このっ……!!」
背中に爪が刺さる度に、フェルミナさんは苦しそうな呻き声をあげる。
そんな幼なじみの姿を目の当たりにしたルーンさんは、目を見開いて叫んだ。
「フェルミナ!! やめろ! やめてくれ! 我はどうなっても良い! 我の大事な部下に手出しをするのはやめてくれ!」
「るー……ん……」
フェルミナさんは何とか顔を上げ、ルーンさんをその目に映す。
「チッ!」
ハイトは舌打ちをするとフェルミナさんの背中から尻を上げて立ち上がり、彼女のお腹を思い切り蹴り上げた。
その反動で、フェルミナさんは呆気なく地面をゴロゴロと転がっていく。
「「フェルミナさん!」」
双子の天使が急いで駆け寄り、仰向けに倒れたフェルミナさんを見下ろしていた。
その間に、ハイトはもう一度倒れたルーンさんへと近づいていく。
これ以上はルーンさんの命に関わっちゃう!
ルーンさんにはいっぱいアドバイスもしてもらったし、何より受け身姿勢だった私に渇を入れてくれた。
その恩を返すためにも、これ以上ルーンさんは傷付けさせない!
「あ? 何だテメェ」
私に気付いたハイトが、反射的に足を止めて怪訝そんな表情をする。
私は立っていた。王宮の踊り場……ではなく、ルーンさんの前に。
倒れたルーンさんと、歩いてくるハイトの間を割り込むように。
ルーンさんをこれ以上傷付けさせないために、ハイトの前に立ちはだかった。
「どけテメェ……殺されてぇのか?」
「うぅっ……!」
ハイトは怪力で私の胸ぐらを掴み、足が地面につかなくなるほど持ち上げてきた。
「雪!」
「村瀬! 戻ってこいって!」
後ろで、亜子ちゃんや風馬くんの切迫した声が聞こえてきた。
私のために、必死に叫んでくれているんだ。
その気持ちはすごく嬉しいしありがたいけど、もうこうやって立ちはだかっちゃったんだから今更止められない。
それに、今私がここから退いたら、またルーンさんが傷つけられてしまうから。




