第19話 それぞれの夜
「レオ!」
「レオくん! 大丈__」
家に入るやいなやレオくんを呼ぶ私とキルちゃんを、ミリアさんが人差し指を立てて口に当て『しーっ』のポーズで制した。
私は反射的に口を両手で抑えてしまう。
ミリアさんは今までキルちゃんが寝ていたベッドの脇に座っていて、そのベッドの上にはレオくんがスースーと寝息をたてながら眠っていた。
「もう治療は完了致しました。今は回復魔法で眠っておられます」
私達に笑顔を向けてくれるミリアさん。
「そう、なんですね。良かった……」
私はホッと胸を撫で下ろした。すぐにお礼と謝罪ができないのはちょっと残念だけどレオくんが起きた後にすればいい。
「イアン、大丈夫?」
キルちゃんの声がして部屋の奥に目を向けると、イアンさんが食卓の椅子に座って俯いていた。
「イアンさん……」
私もイアンさんの方に行こうとしたけど、
「情けない」
イアンさんが絞り出したその言葉に思わず足を止めてしまう。
イアンさんはテーブルに肘をつき、手を頭に当てていて、その目には涙がうっすらと浮かんでいるように見えた。
「僕があの時レオに本当は力は消えてなくて溜めてるだけなんだって言えば良かった……。そうすればレオと一緒にユキを取り戻しに行けたのに」
どうやらイアンさんは私を助けに行こうとしてくれたレオくんに任せて、本当は貯めていた力のことや、実は自分は弱いのではなく、力を自ら消していたことを言わずに、家に留まったことを凄く後悔しているみたいだった。
「ダメだね。こんな所で泣いてたら。しっかりするよ」
零れかけた涙を急いで拭い、無理矢理にイアンさんは微笑んだのだった。
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私の目にイアンさんの引きつった笑顔が焼きついたまま、時間が過ぎて夜になった。
私は勿論さっきのことがあって眠れず、ベッドの上に座ってじっと考えていた。
何でイアンさんが、力を溜めてたことをレオくんに言わなかったのかわからない。
でもイアンさんのことだから、きっと何か理由があるんだってことは何となく直感的に感じた。
もしかしたら過去にまだ何かあったのかもしれない。
でも私に言えることじゃないから隠してて私が知らないだけで、本当はもっと別の『何か』がある、なんてことも十分にあり得る。
ふと隣を見ると、イアンさん、その奥でキルちゃんが眠っていた。
一方、ミリアさんは反対側で、レオくんに何があってもすぐに対処できるようにレオくんのベッドの隣で寝ていた。
皆が生きてて良かったと心の底から思った。
あの場所で会話を聞いた限りでは、天兵長のルーン・エンジェラは鬼衛隊のみんなも苦戦するほど強い。
だから時間が経つにつれて、レオくんが一命を取り留めたのが奇跡のように思えてきた。
元々は、私が勝手に家を飛び出してあの三人組に捕まったことが原因だから、真っ先にレオくんや皆に謝らなきゃいけない。
でも、初めてこの目で天兵長を見られたことは良かったって思う。
この先どうなるか全くわからないけど、天兵長ともなればいずれは対戦しなければいけない相手。
そんな相手だからあれが本気じゃないし、もっともっと強いはず。
だからきっと、今のみんなの力じゃ及ばないくらいの力で挑んでくる。
自分が原因でこうなったのに良かったなんてふざけてるかもしれないけど、それでもルーン・エンジェラをこの目で見られたのは凄くいいチャンスだった。
勿論、鬼衛隊が天兵に負けないように私も全力を尽くしたい。人間だから吸血鬼の肩を持つと反感を買うと思うけど、それでもいい。
今のみんなの力になりたい。私が出来ることは限られてるしもしかしたら足手まといになるかもしれない。
でも頑張りたい。この世界で。私の居場所で、私のやるべきことをやりたい。
ふと窓の外を見ると、明るく光る黄色い月が夜空を照らしていて青い光が家に差し込んでいた。
明日、レオくんに謝ろう。
もう一度そう決意して、私は眠りについた。
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__あのユキという人間は一体何者なのだろうか。
丘の上で月を眺めながら、ルーン・エンジェラは考えていた。
ユキの言い分では、鬼衛隊に人間の売買目的はないということだった。
ルーンと会った時に、すぐさまユキを守った鬼衛隊の行動とも一致している。
だが問題は、なぜユキが吸血鬼界にいるのかということだった。
普通なら人間界、吸血鬼界(亜人界)、天界、と綺麗に三つに分かれている。
それぞれ特別な事情がなければ、互いの世界を行き来する必要もない。
尤も、天界の天使と吸血鬼界の吸血鬼の間には、特別な事情__もとい、問題が大有りなわけだが。
「天兵長」
背後から声をかけられてルーンが振り向くと、視線の先には白と金の鎧に身を包んだ薄紫色の長い髪を持つ女天使____ルーンの第一部下であるフェルミナ・エンジェラ____がいた。
「どうした、フェルミナ?」
「大丈夫ですか」
彼女は心配そうな表情で、ルーンを見つめてきた。
ルーンがまだ寝入っていないのを心配して、外に出てきてくれたのだろう、と思いつつ、
「ありがとう。だが案ずるな。少し考え事をしていただけだ。すぐに寝床に戻る」
「承知いたしました」
礼儀正しくお辞儀をするフェルミナに、ルーンは頰を緩めて言った。
「二人だけの時は改まるなと言ったではないか」
「で、でも……」
ルーンの言葉にフェルミナは反論しかけたが、ルーンが言葉を紡いでそれを遮る。
「少なくとも、我はそなたを古き友として認識しているのだが、そなたにはそういう認識はなかったか」
「そんなことないわよ、ルーン! 何言い出すの」
慌てたフェルミナの口調が砕けた。
ルーンとフェルミナは幼馴染みで、小さい頃から互いを認知している仲だった。
だがルーンの父、そして前の天兵長が戦死し、その後継ぎとしてルーンが天兵長に就任してから、フェルミナはルーンを天兵長として崇め、尊敬し、ルーンに従ってくれるようになった。
それ自体に何ら問題はない。
しかしルーンは、フェルミナと二人だけの時なら、普段通り砕けた口調で話してほしいとお願いしたのだ。
勿論、お願いされたフェルミナ自身もそれを了解した。
彼女にとって、それは少し難しかったのかもしれないと思いながら、ルーンは目の前で焦っているフェルミナを見つめる。
「……分かった。二人だけの時は普通に喋るわよ」
少し顔を赤らめながらそっぽを向いて、薄紫の髪の毛を指でいじりながらフェルミナは言った。
ルーンが満足そうに頷くと、呆れたように微笑むフェルミナ。
まだルーンとフェルミナの関係が悪化していなかったことに安堵感を覚えつつも、いずれ鬼衛隊と真っ向から勝負することになった場合には、フェルミナを巻き込んでしまうことになる。
そんな申し訳なさが、ルーンの胸に湧き上がってきた。
フェルミナの身を案じる傍らで、ルーンはユキについて思いを馳せた。
__少し、警戒が必要だ、と。




