第175話 逃げて助けて
「スピリアちゃーん! スピリアちゃーん!」
王宮を出た私達は、王宮周辺や王都、市場、王都から外れた集落や村など色々な所を探して回った。
でも一向にスピリアちゃんが見つかったという報告はなく、私自身も彼女を見つけることが出来ないでいた。
「マーダ、スピリアちゃんのこと、どこに連れ去っちゃったんだろ……」
集落や村が並ぶ場所。
なかなかスピリアちゃんに辿り着けず、私は立ち止まってついぼやいてしまった。
すると、私と一緒に歩き回っていた風馬くんが、
「多分、すぐに見つけられるような場所じゃない。もしかしたらどこかの建物の中かもしれないぞ」
「建物の中……?」
「ああ。どこかにスピリアを幽閉してる可能性が高いんじゃないかな。ほら、よくサスペンスドラマとか見てると、そういうシーンあるじゃん」
確かに言われてみれば、ドラマの中で誘拐された子達はどこかの狭い地下室とか、ひと気のない場所に監禁されていることがほとんどだ。
それなら、スピリアちゃんも同じだと考える方が妥当なのかも。
「そっか……。じゃ、じゃあ私達は、建物の中を重点的に見て回ろう」
「そうだな」
それから私と風馬くんは、やみくもにスピリアちゃんを探すのを止めて建物を中心に探し始めた。
勿論外れの方が圧倒的に多かった。
周辺の村に住んでいる吸血鬼達にもスピリアちゃんのことを説明し、目にしなかったかを尋ねたけど、見たと口にする吸血鬼は誰一人としていなかった。
「村の方じゃなかったのかな……」
そんな考えに行き着いてしまう。
でもキルちゃん達キラー・ヴァンパイアは村や集落の吸血鬼達を殺して糧にしてきたって言ってたし、この辺で間違ってないはずなんだけど……。
「あ! ……なぁ、村瀬!」
何かを見つけたのか、突然風馬くんが声をあげた。
「どうしたの?」
風馬くんは、ある一軒の小屋のような建物を指差していた。
「あれじゃないか?」
風馬くんが指差すその小屋は、村などの表から外れた所に建っていて、何だか陰気な雰囲気を醸し出しているように感じる。
それにひと気のないこの場所なら、幽閉には好都合だ。
「入ってみよう」
頷く風馬くんを確認してから、私はその小屋へと一歩を踏み出した。
扉の前に立ち、ゴクリと唾を飲み込む。
何となく、ここに入ってはいけないような感じがした。
まるでお化け屋敷に入る前の緊張感のよう。
この先に、何かとてもいけないものが居るような……。
「開けるよ」
「ああ」
意を決して古びたドアノブを握り、そっと内側に引く。
ギギギ……と古びた音がして、扉が開いた。
「スピリアちゃん……? 居る……?」
おそるおそる中を覗き、スピリアちゃんが居るかどうかを確認していると、
「……村瀬!」
息を呑む音とともに、後ろで風馬くんの焦った声がした。
「え?」
一体どうしたんだろう、と思いながら振り返った瞬間、
「がっ!」
頭部を思い切り殴られた。その拍子に、私は簡単に地面に倒れてしまう。
「あらぁ、ごめんなさいねぇ。うるさいハエが居たから殺さなきゃって思ったらぁ」
「こいつ……!」
誰かが棍棒のようなものを振り上げているのを、風馬くんが必死に押さえてくれている……そんな様子がぼんやりと視界に写った。
何でいきなり……?
もしかして、マーダが待ち伏せしてたとか……?
聞こえてきた声から考えても、今私を襲ってきたのは絶対にマーダだ。
と、とにかく、風馬くんのこと助けなきゃ!
「む、村瀬! 大丈夫か!」
立ち上がり、マーダが振り下ろそうとした棍棒を風馬くんと一緒に受け止めると、風馬くんが驚いたように尋ねてきた。
「う、うん! 何とか。とりあえず、風馬くんはここから逃げて!」
「何言ってるんだよ! そんなこと出来るか!」
「お願い!! 逃げて、助けてほしいの!」
「______!」
風馬くんは目を見開いていたけど、私の意図を察してくれたように力強く頷いた。
「分かった!」
アイコンタクトの後、風馬くんはマーダの体の間を縫って走っていき、私は棍棒を止める力を強くする。
そんな私達を見て、マーダが馬鹿にしたような笑い声をあげた。
「ふふふ、あのお坊ちゃん、本当に逃げていっちゃったわよぉ。逃げて助けるだなんて、あなたが変なこと言うからぁ」
「……逃げてって私からお願いしたの! だから良いの!」
「ふん、まぁ良いわっ!!」
マーダは鼻で笑うと、棍棒を思い切り振りきった。
そのせいで、私の手は棍棒から離れてしまう。
振りきられた棍棒の反動で私が数歩後ずさった瞬間。
「______! うぐっ!!」
マーダの棍棒が私のお腹を直撃。
私はまた膝から崩れ落ちてしまう。
「ユキ!!」
後ろで泣きそうな声______スピリアちゃんの声が聞こえた。
良かった、スピリアちゃん、まだ生きてた!
そう思ったのも束の間、
「おとなしくしてなさい!」
マーダはヒステリックに叫ぶと、私の手足を縄のようなもので縛り付けてきた。
「うっ!」
咄嗟のことで、私には抵抗する隙も与えられなかった。
手足を縛られ、バランスを崩した私の体はあえなく地面に崩れ落ちた。
「ユキ!」
今度は間近から、スピリアちゃんの声が聞こえてきた。
私が倒れたのが彼女の横だったからだ。
「ふん、残念ねぇ。助けに来たのに自分も捕まっちゃうなんてぇ。お気の毒様ぁ」
マーダは嘲笑うと大きく太い棍棒を肩に担ぎ、小屋から出ていって鍵を閉めてしまった。
私の耳には、鍵が閉められたガチャン! という音が飛び込んできた。
「ユキ、血出てるリ。痛くないリ?」
心配そうに私を見つめるスピリアちゃんの黄色い瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「大丈夫だよ、ちょっとだもん。それにもうすぐ助かるしね」
私の言葉に、スピリアちゃんは信じられないと言ったような表情をした。
「何でリ? わたしもユキも捕まっちゃったリ。フウマだって______」
それまで押さえていた棍棒から手を離し、小屋から走っていってしまった風馬くん。
はたから見ればそのように映るだろう。
でも、本当は違ったのだ。
「ううん、風馬くんはね、皆のこと呼びに行ってくれたんだよ」
「えっ、でも……」
「私が頼んだの。風馬くん、ちゃんと分かってくれたよ」
『逃げて、助けて』
ここから逃げてイアンさん達に助けを求めて、そして私達を助けてほしい。
私は、そうお願いしたのだ。
あの風馬くんの真っ直ぐな瞳は、私の意図をしっかりと理解してくれていた。
「絶対助けが来るから。それまでの我慢だよ、スピリアちゃん」
「……分かったリ!」
スピリアちゃんは素直に頷いてくれた。




