第172話 ラブラブだからな、俺達
二十年前の亜人界、亜人領。
そのとある一角では、赤髪の少女が技の詠唱を繰り返していた。彼女の詠唱によって建設された砦のようなものだったが、すぐに崩れてしまっている。
「【鉄砦】!」
少女の詠唱によって再び建設された砦だが、すぐに崩れてしまう。
何度も何度も挑戦しているのに、未だ一回も成功出来ておらず、少女は詠唱を止めて肩を落とした。
「どうした?」
と、赤髪のいかつそうな少年が通りかかり、彼女に声をかける。
「いえ……。技の練習をしてるんですけど、いつも途中で崩れてしまうんです」
「そうか」
少女の言葉を聞いた少年は、考え込むように顎に手をやってから、
「なぁ、実は俺もあんまり力加減が出来ねぇんだ。お前さんさえ良ければ、一緒に練習しねぇか?」
「えっ、良いんですか?」
少年の突然の提案に、少女は驚きを隠せない。
目をぱちくりしている少女に、少年は親指を立てて、
「勿論だぜ。俺、アオ。お前さんは?」
「アミ。アミって言います」
ドキマギしながらも、少女は自分の名を名乗った。
「そうか。よろしくな、アミ」
「はい、アオさん」
その日から、二人の亜人は自分達の技を極めるために特訓を始めた。
アオの目標は技の力加減を身につけること、アミの目標はどんな攻撃を受けても崩れない砦を作ること。
お互いの目標の実現のために、二人は必要不可欠だった。
毎日毎日、目標を達成できてからも何年も特訓を重ねた二人は、やがて互いに惹かれ合うようになったのだった____。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
イアンが一旦保健室へ戻った頃。
亜人達が暮らす地域に転移して、村瀬雪を誘拐した吸血鬼三人組のうちの二人と戦っている者達が居た。
鈴木誠の弟・藤本剛、後藤亜子の両親・後藤亜雄と後藤亜美である。
若人吸血鬼に殴り飛ばされ、剛は地面をゴロゴロと転がっていく。
それでもすぐに反撃するべく、悲鳴をあげる身体に鞭を打って立ち上がろうとするが、身に力が入らず膝を付いてしまう。
吸血鬼や亜人と違い、剛は普通の人間だ。そのため、武器もない。攻撃手段は自分の身体だけ。
そのため、剛の身体からのあちこちから血が滲んでいた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
つたってくる汗を拳で拭い、剛は吸血鬼達を見つめて息を切らす。
中年吸血鬼と戦っていた亜子の両親が、瞬時に後退して剛に声をかけてきた。
「剛くん、大丈夫?」
と、長い赤髪をたなびかせる亜子の母・亜美。
赤い短髪を汗で濡らした亜子の父・亜雄が、剛に向かって手を差し伸べてきた。
「立てるか」
「ありがとうございます……」
剛は亜雄の手を取り、立ち上がった。
「全く、お前らも飽きねぇな。いい加減止めたらどうだ? こんなみっともねぇ戦い」
亜雄は吸血鬼達を見つめ、腰に手を当てて呆れたように言う。
すると、その言葉を聞いた中年吸血鬼が眉を寄せた。
「止めるだと? ハンッ! ふざけんのも大概にすんだな」
「そうだ、そうだ! 僕達が諦めるわけないだろ!」
若人吸血鬼も、中年吸血鬼に賛同するように拳を突き上げる。
交渉に失敗した亜雄は、想像通りだとばかりにため息をついた。
「やっぱ無理だよな」
亜雄の隣に並んだ亜美が、亜雄の肩をポンと叩く。
「仕方ないわよ、あなた。私達の力、見せつけてやりましょう」
「ふん、そうだな!」
誇らしそうに笑みを浮かべ、亜雄はもう一度腕をメキメキと鳴らした。
「剛くん、あまり無茶しないでね。私と一緒に戦う?」
先程までは、亜雄と亜美が二人がかりで中年吸血鬼の相手をしており、剛は一人で若人吸血鬼と戦っていた。
そのため、身体に明らかな限界が垣間見える剛を、亜美が心配したのである。
しかし剛はそんな亜美の厚意を丁寧に断って、
「いや、俺一人で大丈夫です。俺一人で倒したい」
「……分かったわ」
「良い心がけだ、嫌いじゃねぇぜ。その代わり、無理すんなよ」
剛の強い決意を聞いた亜美は静かに頷き、亜雄はサムズアップして剛を気遣った。
「はい!」
剛は返事をすると、若人吸血鬼の方へと走っていった。
「何度かかってきたところで、俺らは諦めん!」
中年吸血鬼が再び剣を構え、声を張り上げる。
「そう言うと思ってたぜ、おっさん」
「誰がおっさんじゃ!」
亜雄に年上扱いされた中年吸血鬼は、思わず声をあげた。
だが、その言葉に亜美が吹き出し、
「あら、『じゃ』ですって」
年寄り口調になった彼を、夫婦揃って笑い出す二人。
「貴様ら、調子に乗りおって……!」
散々馬鹿にされ、中年吸血鬼は怒りに任せて拳を握りしめ、亜美の方に駆けていった。
「【鉄砦】」
振りかぶった拳が硬い砦に直撃し、中年吸血鬼は痛みに声をあげ、
「ぐっ! 何だこの壁は!」
「壁じゃなくて砦なんだけど……。まぁ、良いわ」
砦の内側で亜美はそっと抗議したが、最終的にはさらりと流す。
「このっ、このっ!」
拳の痛みと馬鹿にされた悔しさで、中年吸血鬼の怒りは頂点に達していた。
一度だけではなく、もはや砦を壊すために拳を振るう彼に、
「弱いわね。うちの人の足元にも及ばないわ」
「何だと!?」
「参ったな、こんな時に褒めるなよ」
亜美の言葉に中年吸血鬼が立腹し、亜雄が恥ずかしそうに赤い短髪をくしゃくしゃと掻く。
亜美は、照れ臭そうな亜雄をジト目で見上げ、
「褒めてないわ。事実だもの。それに、この吸血鬼さんが弱すぎるだけよ」
「褒められたと思ったのに……。ま、もっと褒められるように頑張るだけだがな!」
亜雄は亜美の言葉に落胆したように声音を低くしたが、すぐに気持ちを切り替える。
巨大な足で地面を蹴って砦を飛び越え、落下の勢いに任せて中年吸血鬼に猛スピードの蹴りを入れた。
「ぐはぁぁぁ!」
胸辺りを蹴られ、中年吸血鬼はたまらず転がっていく。
「イチャイチャしやがって……!」
ケホケホと咳き込みつつ蹴られた胸を押さえ、中年吸血鬼は亜人夫婦を睨み付ける。
「あら、ごめんなさいね」
【鉄砦】を解除した亜美が頬に手を添えて謝ると、亜雄もそれに便乗して亜美の肩を抱いた。
「ラブラブだからな、俺達」
「調子に乗らないで」
「いでっ!!」
しかし、怒った亜美に本気でお腹をグーパンチされ、亜雄はお腹を押さえてうずくまる羽目になってしまったのだった。




