第18話 ニ種族の戦い
「ユキは下がってて」
イアンさんがルーンさんを見つめたまま言う。
「は、はい!」
私はイアンさんの指示に素直に従って、数歩ほど後ずさった。
「よし、行くよ、キル」
「何か久しぶりだね。イアンと一緒に戦うの」
キルちゃんは、嬉しそうにイアンさんをチラ見した。
顔は見えないけどキルちゃんの声色が明るい。
本当はキルちゃんもずっとイアンさんと戦うのを楽しみにしていたのだと思う。
「勝負!」
ルーンさんが叫んで、ものすごい速さでニ人に突っ込んでいった。
向けられた剣を華麗にかわし、負けじと攻撃したのはキルちゃん。ルーンさんのお腹あたりを狙って剣を突き出す。
でもルーンさんは手を緩めることなく、身体を回転させてその攻撃を避け、キルちゃんの背後に回ってその背中を切りつけた。
「うっ!」
痛みを耐えて体勢を整えようとする隙も与えず、ルーンさんはさらにキルちゃんの腰あたりに強い蹴りを入れた。
「あぁ!」
たまらず叫んだキルちゃんの身体は地面に叩き落とされ、さっき切りつけられた背中を思いっきり打ち付ける。
「うぅ……」
間髪を入れずにキルちゃんに突っ込もうとするルーンさんを横から体当たりで防ぎ、イアンさんがキルちゃんの前に立ちはだかる。
「僕のこと忘れてないかい?」
「邪魔をするな。先にそいつを抹消しようと思っていたのに」
「そんなことさせると思う?」
イアンさんはそう尋ねて空気を蹴り、ルーンさんに向かって突進していった。
剣と剣とがぶつかり合い、小さな火花が散っている。
どちらも引けを取らない互角の勝負だ。
「凄い……!」
私はイアンさんの闘いぶりに圧倒された。
イアンさんは力を消して弱くなっていると言っていたのに、その腕前はとてもそうだとは思えない。
「くっ! 生意気な……!」
ルーンさんも予想外のイアンさんの強さに驚きを隠せないようで、悔しそうに歯を食いしばっている。
「良かった。ずっと力を溜めてきた甲斐があったよ」
イアンさんは、ルーンさんと剣を交えながら笑顔で言った。
「何だと!?」
「完全に力を消してると見せかけて、ずっと強くなるために特訓してたんだ」
イアンさんの言葉で、私は彼らと初めて出会った時のことを思い出した。
明らかに一番弱そうで、皆からボコボコにされていたイアンさん。
キルちゃんに弱いと言われても怒らずに、おどけて笑っていたイアンさん。
天兵軍が攻めてきても戦えないと言って、全てをキルちゃんに託したイアンさん。
正直、隊長なのに良いのかなって心配だったんだけど、あれは全部力を溜めるためだったんだ!
「お前……! 我らを騙していたというのか!」
ルーンさんが怒りを露わにした。
怒りの力は剣にも引き継がれ、ものすごい力で振られた剣はイアンさんを少し押し気味にする。
「正解! 上手かったでしょ?」
でも、横から攻撃を仕掛けたキルちゃんによって、再び形勢は逆転した。
ルーンさんは一旦ニ人から距離を取り、地面に降り立つ。
イアンさんもキルちゃんも、得意げな表情でルーンさんを見つめている。
「なら聞くが」
そう言って、ルーンさんは私を指差した。
「なぜ人間とともにいる? 人間は人間界に住んでいるものだろう」
「え、えっと、それは……」
ルーンさんの突き刺すような眼差しに、私は思わず固まってしまう。
怖い。この人の殺気が伝わってくる。
「今話すと厄介だ。近いうちに話すよ」
イアンさんはそう言いながら私の横に移動し、私の肩を優しく抱いてくれた。
「隠し通すつもりか」
「隠すも何も、お礼がしたかったから来てもらったんだ。この子を僕達の訓練で巻き込んじゃったからね」
情けなさそうに頭をかくイアンさん。
ルーンさんは、信じられないと言った風に目を見開いた。
「つ、つまり、売買目的ではない、と?」
「勿論」
イアンさんは微笑んだ。
「そ、そうか」
ルーンさんは、自分の見当違いだったことに気付き(私はずっと言ってたけど)目を伏せた。
「その件に関しては失礼した。最近、吸血鬼界も物騒になってきたから色々と調査を____」
そこまで言ってから、ルーンさんはハッとして口を押さえた。
「いや、何でもない。ともかく今回だけはその人間、ユキに免じて大目に見てやろう。だが」
ルーンさんは、真剣な表情で私達を見つめた。
「次はないぞ」
そう言ってルーンさんは背中から立派な白い羽を生やしてそれをはためかせ、暗い夜空へと消えていった。
「ふぅ、ひとまず一件落着かな」
ルーンさんが消えていった所を見ながら、イアンさんが短く息を吐いた。
「一件落着じゃないわよ!」
キルちゃんが、怒りを含んだ形相で近づいてきた。
「私痛かったんだからね! なんでもっと早く助けてくれなかったの?」
ぷぅっと頬を膨らませながら怒るキルちゃんに、イアンさんは黒髪をポリポリとかいて謝る。
「いやぁ、ごめんね。天兵長にはあんなこと言ったけど、本当はちゃんと力を溜められてるか不安でなかなか……」
イアンさんの言葉に、キルちゃんが小さな身体に合わない大きなため息をつく。
「おっと! こうしちゃいられない! レオの様子を見に行かないと!」
「あ、本当だ!」
イアンさんの言葉に、キルちゃんも声をあげる。
「行こうか、ユキ」
イアンさんが私に手を差し伸べてくれた。
「はい!」
私は頷いてイアンさんの手を握り、また風みたいに走って家にたどり着いた。
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「キルちゃん」
イアンさんに続いて家に入ろうとするキルちゃんを、私は呼び止める。
「なに?」
キルちゃんはきょとんとした顔で振り向いた。
「あ、あの、これ、役に立つかわからないんだけど」
ポケットをゴソゴソ漁って、私は花柄のピンク色の絆創膏を手渡した。
「何これ。絆創膏?」
「うん! ……怪我、大丈夫?」
私が尋ねると、キルちゃんは笑って言った。
「大丈夫大丈夫、気にしないで」
そして家に入ろうとするが、『あのさ』とすぐに立ち止まる。
「ユキのことも騙しててごめん。イアンが弱いって最初に言ったの私だから」
私の方を振り向くことなくまっすぐ前を向いて、キルちゃんが謝ってくれた。
「あ、ううん! 良いよ良いよ、そんなの。気にしないで」
私が慌てて両手を振ると、キルちゃんは恥ずかしそうに笑ってから下を向いた。
「結構やるでしょ? うちの隊長」
そして振り返り、最高の笑顔を向けてくれた。
「う、うん!!」
すると急に風が冷たく吹き付け、私とキルちゃんは思わず体を縮こめてしまう。
「「……寒いね」」
思いがけず声が重なり、私達は大声で笑った。
「は、早く入ろう。寒いし、レオのことも心配だから」
「あ、うん!」
こんなところで油売ってちゃいけないよね!
私はキルちゃんに続いて、急いで家に入った。
ちゃんとレオくんに謝ろう。そしてお礼を言おう。
そう決意しながら。




