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私の英雄は吸血鬼  作者: 希乃
第六章 堕鬼編
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第170話 自分の身は自分で守れ

 剣と剣が激しくぶつかり合う音が、崩れ落ちたVEOの基地の跡地に転がった瓦礫の山中から響いていた。


 剣を振り回し、自衛と攻撃を繰り返しているのは、二人の吸血鬼だった。


 一方は背の低い桃髪の女吸血鬼、もう一方は少女よりは背の高い青紫髪の男吸血鬼だ。


 互いに手の内を把握しているからなのか、一向に勝負はつかないまま____。


 剣を交えながら、青紫色の短髪の吸血鬼・スレイは余裕綽々と言った表情で相手を見つめた。


「……そんなものか。落ちたな」


 小さい頃は互角の戦闘力を見せていたのに、と、少女の戦闘力の低下を嘆くような声を漏らすスレイ。


 対して、桃髪の吸血鬼・キルの表情には、少しばかり焦りが宿っている。


 攻撃をしようと思って振った剣も、結局は自衛のために動きを止めなければいけない。


 だからと言って、キルが弱気になったわけではなかった。


「うるさいわね。勝手なことばっかりする誰かさんなんかに、私が負けるわけないでしょっ」


 自分の全体重をかけて押し返し、スレイが数歩後退したところを一気に攻める。


「……それでこそだ」


 やっとまともにやり合えるようになったか、とスレイは口角を上げる。


 正直、今までは自分ばかり押していて面白くなかったのだ。


 だから、キルが本気を出してかかってきてくれて、ようやくちゃんとした勝負をすることが出来る。


「スレイ一人で、こんなにしたの」


 もしもキルの推測が正しければ、スレイの戦闘力は格段に上がったことになる。


 VEOの隊員と言っても、一つの支部に三十人ほど整備されているのだ。


 三十人vs一人で、これほどまでに歴然な差を見せつけられているのなら、キルがスレイに負ける確率も自ずと高くなってしまう。


 キルが嫌な予感を覚えながら尋ねると、スレイは首を横に振った。


「……あいにくと、一人じゃこんなに出来ない」


「もう一人はどこ!?」


 スレイの言葉を聞いて、キルは短刀を握る力を込めてスレイに斬りかかる。


「……お前に言う必要など無いだろ」


 キルの攻撃も軽いと思っているかのように、スレイは相変わらずの無表情で、キルの問いをはねのけた。


「ねぇ、スレイ! 教えて!」


 それでもキルは諦めない。何としてでももう一人の吸血鬼の居場所が分からなければ、確実にキル達が不利になる。


 隊員を安全な場所に運んでいっているであろうイアンと(まこと)にも、当然ながら危険が迫ってしまう。


「……黙れ」


 スレイは小さく口を動かしたかと思うと、いきなりキルの腕を切りつけた。


「うっ!」


 キルは鋭い痛みに顔を歪め、切れて血が垂れる左腕を押さえた。


「きゅ、急に何よ……」


 スレイから一旦離れて距離を取り、キルはスレイを睨み付ける。


「……裏切り者に教えることなど無い。失せろ」


 しかし、スレイの口から紡がれたのは冷酷な言葉だった。


「スレイ! がっ!」


 名前を呼んで制そうとしたのもつかの間、キルのお腹に剣の柄が力強くぶつけられた。


 キルの身体はたちまち吹っ飛び、後方の壁に背中から突っ込んだ。


 キルが壁に吹っ飛ばされた拍子に、壁に亀裂が走ってひび割れ、立ち上った土煙が彼女を覆い隠してしまった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 一方、(まこと)とイアン、レオの三人は、負傷したVEOの隊員達を安全な場所に避難させ続けていた。


 一人の女性隊員を基地の敷地外に運び終わってから、誠は息をついて立ち上がる。


「よし、これで全員だな」


「うん。キルの所に戻ろ____」


 イアンはそう言った直後、誠に真剣な表情で見つめられて固まってしまう。


「え? 何、マコトくん」


 すると、誠は腰に挿していた剣を抜いて、切っ先をイアンの方に向けてきたのだ。


「ま、まさか、本気で切り捨てるわけじゃないよね?」


 先程、吸血鬼であるイアンと協力体制を取ることを不安がった隊員に、誠がかけた言葉を思い出しながら、イアンは掌を誠の方に向けて後ずさる。


 隊員を安心させるための冗談だとばかり思っていたイアンにとって、誠の行動は驚くべきものだった。


 それでも、イアンの方は誠と剣を交えるつもりはさらさら無いため、後ずさることしか出来ない。


 そんなことをしていると、誠が大きく剣を振りかぶってきた。


「はぁっ!」


 ____き、切られる……!!


 イアンは反射的に目を瞑り、せめてもの自衛として頭の上で腕をクロスして剣を受け止めようとした。


「隊長!」


 レオの驚いた鋭い声が、イアンの耳に飛び込んできた。


 まもなく誠の剣撃がやってくる。イアンの心臓はますます速く脈打っていた。


「ぐわっ!」


 イアンは痛みに声をあげた____誰かが自分の背後に居たことに気付く。


 慌てて振り返ると、額から血を出して倒れている吸血鬼の姿が目に入った。


「び、びっくりした……」


 イアンが突然のことに目をぱちくりしていると、誠は剣を鞘にしまいながら、


「全く、それでも鬼衛隊の隊長か。自分の身は自分で守れ」


 イアンはやっと分かった。


 誠は、本当にイアンを切り捨てるために剣を取った訳ではなかった。


 イアンの背後に居た、スレイ以外のもう一人の吸血鬼からイアンを守るために、剣を取ってくれたのだ。


「はーい。でも、マコトくんが守ってくれたおかげで助かったよ。ありがとう」


 のんびりと返事をした後、イアンは誠に向かってお礼を言って微笑んだ。


「ふん、礼など要らん」


 しかし、誠から返ってきたのはそんな言葉だった。


 イアンは、誠の相変わらずな態度に吹き出しそうになりながら、


「つれないなぁ」


 イアンとレオが微笑み合い、誠が少しだけ照れ臭そうにしていると、


「おい! てめぇら!」


 誠に額を切られながらも、フラフラと立ち上がった吸血鬼が、血の滴る額を押さえながら怒りを露にした。


「何だ」


 誠の平然とした態度が吸血鬼の琴線に触れてしまったらしく、吸血鬼は拳を突き上げると、


「勝手にオレを倒した気になってんじゃねぇぞ。まだちゃんとピンピンしてんだよ」


「その割にはフラフラじゃないか」


 誠への笑いを抑えきれなかったイアンは、その吸血鬼にも笑いそうな顔を見せてしまう。


 馬鹿にしているかのようなその表情に、吸血鬼はますます怒って歯軋りしながら、


「貴様……! ぶち殺してやる!」


 と、自分も腰に挿していた剣を抜いた。


 戦闘体勢に入った彼を見て、イアンも闘志を燃やす。


「よーし、行くよ。マコトくん、レオ」


「承知しました! 隊長!」


「自分から喧嘩売ったくせに、俺を巻き添えにするなよ……」


 すぐに承諾したレオとは反対に、ため息をついて文句を言いつつも誠は、先に吸血鬼と剣を交えて戦い始めたイアンに応戦したのだった。

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