第169話 らしくなっちゃって
村瀬雪の学校を飛び出した四人は、電話があった場所へと辿り着いた。
「な、何だ……これは……」
鈴木誠は、吸血鬼抹消組織・通称VEOの基地____であったはずの建物を見上げて、驚愕の声を漏らした。
いつもは高層ビルのような出で立ちの基地が、宇宙からの隕石が落下したのかと思うほどボロボロに崩れ落ちていた。
窓ガラスは粉々に割れ、ビルの基盤となっていた柱は崩壊し、建物の中にあった様々な機械も砕け散って破片と化し、見るも無惨な姿へと変貌していた。
そんな惨状を目の当たりにして、誠は眼鏡の奥の瞳を揺らしながら、震えるように言葉を絞り出す。
「この基地は吸血鬼どもの奇襲にも耐えられるように、少し前に設計し直したばかりなんだぞ……。実際に検証もした……。それなのに、何でこんなにも簡単に壊されるんだ……」
検証に検証を重ね、次に吸血鬼の奇襲に遭っても大丈夫だと絶対に確信できるまで改装した基地。
時間も労力も従来の工事以上に必要となった。それをフル活用しての大改造だったのだ。
そんな努力も、異世界の魔物の前ではまるで歯が立たない。
信じたくない現実を突きつけられ、誠は暫く呆然と立ち尽くしてしまった。
「マコトくん、しっかり。今は仲間を助けに行くことが先決だよ」
そんなマコトの肩を優しく叩き、長身の黒髪の青年が瓦礫の山へと踏み込んでいく。
「マコト、VEOの隊長なんでしょ。早く皆を助けに行くわよ」
背の低い桃髪の少女も誠を奮い立たせ、イアンの後を追って瓦礫の山をピョンピョンと飛び越した。
その後を、左右に跳ねた橙髪の少年が無言で歩いていく。
「う、うるさい。……分かってる、言われなくても」
ずれ落ちた眼鏡をくいっと上げ、誠は何とか混乱を押さえ込むように目を閉じて深呼吸を一つ。
そして再び目を開けると、イアンとキル、そしてレオの後に続いて崩れ落ちた基地の敷地内へと入っていった。
その瞳に、もう戸惑いの色は宿っていなかった____。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
瓦礫が積もりに積もった廊下を歩いて三人が角を曲がると、その先に剣を持った一人の人物が立っていた。
横に流した前髪を持つ青紫色の短髪の男で、黒いマントを羽織っている。
四人気配と意図的に動かされた瓦礫の音に気付いたのか、首だけで振り返る横顔。肌色……と言うよりは、白色に近いような素肌。
引き締めた口元からは、肌よりも白さが増した牙が覗いていた。
その姿を見たキルが表情を曇らせ、静かに男の名を口にする。
「スレイ……!」
「……キルか。久しぶりだな」
無表情のまま、スレイはキルを見つめる。
「何でこんなことしてるの!?」
感情をむき出しに叫ぶキルを尻目に、スレイは口を開いた。
「……上から指令があったんでな」
スレイの発した『上』という言葉。その正体を、まさかと思いながらもキルは口にする。
「だからって……キラー・ヴァンパイアのオトナが言ったんじゃないよね!? 人間を襲えなんて、オトナ達が言うはずないもん!」
「……ああ。オトナに言われたわけじゃない。俺達が指令を賜ったのは、もっと別の奴だ」
あっさりと肯定するスレイに、キルは声を荒げた。
「何でそいつの言うこと聞いたの!? そいつの言うこと聞かなきゃいけないくらい、墜ちたわけじゃないでしょ!?」
しかし、そんなキルとは対照的に、スレイはあくまでも冷静沈着だ。
「……お前は鬼衛隊に入って、ちゃんとした生活出来てるから良いじゃないか。俺達の苦しみも知らないくせに」
ふと、スレイの細い瞳がさらに細められる。
キルはスレイの言葉に対する返答が出来なかった。何故なら、スレイの言葉は尤もだったからだ。
鬼衛隊に入ったキルと、他種族の吸血鬼を殺すスレイ達では、明らかに生活環境が異なる。
言いくるめられそうになったキルは、首をブンブンと横に振って、
「だからって人間を襲っていいとは限らな____」
「それが、あのお方の望みなんだ」
キルの言葉を遮り、そう言葉を紡ぐスレイ。
「スレイ!」
キルは、彼を説得して止めようと名前を呼んだが、
「……糾弾なら要らん!」
怒りを含んだ声音を発したかと思うと、スレイが剣を振り上げてキルへと斬りかかってきた。
「くっ……!」
キルは短刀を引き抜いて慌ててガードしたが、予想以上のスレイの強さに押され、一瞬で廊下の角へと後退させられてしまう。
「キル!」
物凄い速さで押し戻されたキルの方向を振り返り、イアンが声をあげて加戦しようとする。
「三人は、隊員の皆を避難させて! こいつは私が引き受けるから!」
しかしキルはそれを止め、そう叫んだ。
「分かった!」
イアンもそれが最善策だと察したのだろう、素直に頷くと誠とレオにアイコンタクトを取る。
二人はイアンの視線を受けて顎を引き、廊下を走っていった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
スレイにやられた隊員を探して、三人が辺りを見回しつつ走っていると、次の曲がり角を曲がった先にたくさんの隊員が血まみれの状態で倒れていた。
「おい! 大丈夫か!」
誠が急いで駆け寄って、一番手前に倒れていた隊員を抱き起こすと、
「隊長……すみません、お手を煩わせてしまって」
うっすらと目を開けた隊員の男は傷だらけの顔を上げて、痛みに表情を歪めながらも謝罪した。
「いや、気にするな。この辺に居る奴らは全員無事だな」
そんな隊員を労ってから改めて辺りを見回し、誠はひとまずこの場に居る隊員全員の無事を確認する。
「は、はい」
腕の中で隊員が頷いたため、自分の確認が正しいと確信した誠は隊員の腕を自分の首に回して支え、ゆっくりと立たせた。
「とりあえず安全な所に避難するぞ」
「分かりました。……って、隊長! きゅ、吸血鬼が!」
身を起こして初めて、誠の側にイアンが居たことに気付いた隊員は、イアンとレオの姿を見て青ざめた。
つい先程、同じ吸血鬼であるスレイに攻撃されたのだから、彼が驚き怖がるのも無理はない。
そう解釈しながらも、誠は微笑んだ。
「ああ、こいつらは俺の協力者だ。ここを襲った奴らとは違う。安心しろ」
誠のあまりにも衝撃的な言葉に、隊員は目を丸くした。
「えっ、協力者って……本当に大丈夫なんですか?」
隊員に問われて、誠は改めて安全性を吟味した。
今までイアンとキルは、誠に対して協力的な態度のみを取ってくれていた。
しかし本来ならば、人間と吸血鬼の関係は良好とは言いがたい____。
「まぁ、大丈夫だろう。裏切った時は容赦なく切り捨てるつもりだ」
少し考えてから、誠はそのような結論を出した。
「今、背筋が凍るようなこと言われたような気がしたんだけど? マコトくん」
側で成り行きを見守っていたイアンが、二の腕を擦って寒気がしたことをアピールしている。
レオは、明らかに嫌そうに顔を歪めて誠を見つめていた。
そんなことは気にせずに、誠は二人に背を向けると、支えている隊員に合わせてゆっくりと歩き始めた。
「気のせいだろ。早く行くぞ」
「了解。……さっきまで呆然としてたのに、いきなり隊長らしくなっちゃって」
敷地外に向かう誠の背中を見つめながら、イアンはまるで年の近い弟を見守る兄のように口角を上げたのだった。




