第166話 自分の身は自分で守るリ!
もうスピリアちゃんを脅かす敵は居なくなったと思ってたのに……!
私は、背中まで伸びた濃い桃髪の毛先を指に絡めてクルクルと回している女吸血鬼を見つめる。
「マーダ、何でスピリアちゃんをこんなにしつこく狙うの!?」
VEOに身柄を拘束されて能力も奪われたのに、それでもこうして人間界に降りてきてスピリアちゃんを狙う理由は何なの!?
そんなにスピリアちゃんを殺したいの? スピリアちゃんに何かされたわけでもないはずなのに!
私が尋ねると、マーダは空色の瞳を細めた。
「あらぁ? お嬢ちゃん、最初に会ったときに私に言われたこと、覚えてないのかしらぁ?」
最初にマーダが言ったこと……? まさか!
『私達はね、他の種族を殺してその血肉を食べて生活しているの。その生活源が絶たれると困るわけ』
思い出した。マーダは私にそう言ったんだ。
「だ、だからって何もスピリアちゃんだけを……こんなに……」
かと言って、他の吸血鬼達だったら良いわけじゃないけど……!
「はぁもう、ごちゃごちゃうるさいわねぇ。さっさとそいつをよこしなさい!」
マーダは指から細く長い爪を伸ばすと、床を蹴ってものすごい勢いで私の方に走ってきた。
「嫌だ!!」
私はスピリアちゃんを抱きしめて後ろを向いた。一見、敵に背中を向ける哀れな姿に見えるけど、スピリアちゃんに怪我をさせないためにはこれが最善策なはず……!
でも、マーダの爪は私の背中を引き裂かなかった。
おそるおそる目を開けて振り向くと、
「ミリアさん!!」
マーダの長い長い爪を、黄色の長髪の吸血鬼が受け止めてくれていた。
彼女にお礼を言おうと口を開いたのも束の間、ミリアさんの腕から赤い液体が垂れ落ちて、床に赤色の丸いシミを作る。
なんと、ミリアさんは腕を顔の前でクロスして、素手でマーダの爪を受けてくれていたのだ。
「何よあんた! どきなさいよ!!」
「私がここをどくと思いますか?」
「思う思わないの問題じゃなくて、どきなさいって言ってんのよっ!!」
「ぐぅっ!!」
マーダが身体を捻ってミリアさんの横腹を蹴りつけると、ミリアさんは呻きながら壁に激突した。
「ミリアさん!!」
壁に激突したミリアさんは立ち直ることもなく崩れ落ちた。
でもその下には、保健室の先生用の机やパソコン、大量の資料ファイルなどがあったので、あえなくそれらに強く身体を打ち付けてしまう。
「何だ、あんたナース・ヴァンパイアなのね。うふふふ、どうりで雑魚だと思ったわぁ」
「くぅ……!」
ミリアさんは身体を震わせながら身を起こそうとする。でも痛みのせいだろうか、立ち直ることは出来ていない。
「まぁ、無駄な足掻きだったと後悔することね」
マーダはミリアさんを冷たく見下ろして、私とスピリアちゃんの方に歩いてきた。
このまま私がスピリアちゃんを抱きしめてても、私が負ければスピリアちゃんは一瞬でマーダの手に渡ってしまう。
「スピリアちゃん、逃げて!」
だったら少しでも距離を取って逃げる方が良い!
「リッ……!」
「ちょっと何で逃げるのよ」
保健室内の北東にあるベッドの裏側へと逃げるスピリアちゃん。
彼女を追おうと、マーダも息を吐きながら方向転換。
「行かせない!」
私はマーダの前に立ちはだかり、大きく手を広げた。
どれだけ引っ掻かれても、絶対に動かない!
「どきなさいってば!」
「うっ!」
けど、マーダは手____ではなく足を高く上げて、私のお腹を蹴飛ばしてきた。
「ユキ!」
背後、それも少し遠くからスピリアちゃんの叫び声が聞こえる。
「抵抗するからよぉ。抵抗せずに大人しく私に殺されれば良いのにぃ」
「スピリアちゃん!」
私はお腹の痛みを堪えながら、マーダへと飛び付いた。
「まだ立てるの!? 邪魔しないで!」
「ああっ!」
マーダに腕を引っ掻かれて、マーダの腰に回していた腕がそこから外れてしまう。
「人間のくせに……寝てなさい!」
「うっ!!」
マーダに再びお腹を蹴られ、私の背中は簡単に壁に打ち付けられた。
「はぁっ!」
「ぐっ! ちょっ……何なのよ!」
は、反撃しなきゃ……!
私がそう思っていると、スピリアちゃんを追おうとしたマーダが突如壁に激突した。
彼女に体当たりをかましたのは、風馬くんだった。
風馬くんは壁に身体を打ち付けたマーダを必死に押さえ込み、
「スピリア! こいつと反対方向に逃げろ!」
今、スピリアちゃんが追い詰められているのは、保健室を真上から見下ろした場合の北東方向にあたる。
それなら南東方向に逃げれば、マーダとかなり距離を開けられる、と風馬くんは考えたのだろう。
「フウマ……!」
「ホント、どいつもこいつも邪魔ばっかり!」
「があっ!! ……うぐっ!」
「風馬くん!」
マーダは歯を噛みしめると、風馬くんの頬を引っ掻いた。そして去り際にお腹を強く踏みつける。
「逃げないでって言ってるでしょ!?」
怒りを露にしながら、スピリアちゃんを再び追おうと足を踏み出すマーダ。
「【鉄壁】!」
詠唱と共に、スピリアちゃんとマーダの間に大きな鉄壁がそびえ建った。
見ると、亜子ちゃんが右手を二人の方に掲げていた。
「弱いのに出すなんて、ホントお馬鹿さんねぇ」
ほぉと小さく息を吐き、マーダは亜子ちゃんの鉄壁を蹴飛ばした。
完治していない右手で生み出した鉄壁は、呆気なく崩れ落ちる。
「誰が弱いよ……! 【鋼拳】!」
亜子ちゃんは意を決したようにベッドから立ち上がると、大きく飛躍してマーダに拳をぶつけた。
「何なのよもう! 私の邪魔ばっかりしてきて!!」
マーダは押されつつも怒り心頭で叫ぶ。
亜子ちゃんは、マーダを押した隙にスピリアちゃんを庇うように立つと両拳を構えて、
「スピリアは絶対あんたなんかに殺させないから!」
「こんのっ! もう! 雑魚は引っ込んでなさい!!」
濃い桃色の髪をくしゃくしゃと掻きむしり、細い髪の毛が何本か絡み付いた長い爪を振りかぶるマーダ。
「ああっ!!」
マーダの長い爪が、亜子ちゃんのお腹を斬り付けた。
「アコ!」
「亜子ちゃん……!」
スピリアちゃんと亜子ちゃんは同時に叫ぶ。
亜子ちゃんは床に倒れたまま、血が溢れ出すお腹を押さえた。
マーダはそんな亜子ちゃんを軽く蹴ってどけると、
「ほら、どうするの? おチビちゃん。もうあんたを助けてくれる雑魚ちゃんはだぁれもいないわよぉ?」
保健室をぐるりと見回して、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
実際、マーダは私達を圧倒していた。ミリアさんも私も風馬くんも亜子ちゃんも、マーダに受けた攻撃のせいで身体中が痛み、スピリアちゃんの元に行くことが出来ないでいたのだ。
「リイッ……!」
悔しげに唇を噛み締め、マーダを見上げるスピリアちゃん。
「大人しく私に食われなさい」
マーダは濃い桃色の髪をかきあげてふわっとなびかせる。
「【神聖槍】!」
その瞬間、スピリアちゃんは叫び、その手に金色に輝く槍を掴んだのだ。
「は? 抵抗する気?」
マーダの笑みが一瞬で消え、眉が中央に寄せられる。
スピリアちゃんは、自分を怒りの眼差しで見つめる吸血鬼を黄色い瞳で見据えると槍を構えて、マーダに刃の先を向けた。
「皆、身体を張って一生懸命わたしのこと守ろうとしてくれたリ。なのに簡単に殺されて、皆の努力を無駄にしたくないリ。自分の身は自分で守るリ!」




