第16話 鬼衛隊長の過去
「天兵長……」
「ああ」
私の言葉にイアンさんが頷くと、キルちゃんやミリアさんも俯く。
「じゃ、じゃあレオくんは!」
私は思わず立ち上がった。
このままだとレオくんが危ない。
そんなにすごい人だって知らなくて、レオくんにされるがままここに帰ってきたけど……。
私があそこにいても、足手まといだったかもしれない。でも私は帰ってくるべきじゃなかったんだ。
そばで、そばが無理なら遠くからでも、レオくんを見守ってなきゃいけなかったんだ。
「流石に放っておくとレオの命が危ない。……行くよ」
「うん!」
「承知しました」
イアンさんの掛け声にキルちゃん、ミリアさんが頷いた。
「あ、あの! 私も行かせてください!」
私は、家を飛び出そうとドアを開けた三人に向かって叫んだ。
先頭のイアンさんは、私の叫びを聞いて立ち止まった。
開いたドアから入ってくる風が、私達の髪を強くかき乱す。
「ああ、わかった! 行こう!」
「……はい!」
私は大きな声で返事をして、ミリアさんの後ろについていった。
後ろでドアがバタリと閉まり、私達はただただ真っ直ぐ走り出す。レオくんとルーン・アンジェラの所へ。
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「そういえばまだ言ってなかったね」
私たちの先頭で走りながら、イアンさんが私に言った。
「何を、ですか?」
私はイアンさんの背中に尋ねる。
「天兵長のことだよ。ちなみに天兵のことも」
「はい。おおよそのことしか聞いてないと思います」
「よし、じゃあ良い機会だ。ユキに話そう」
そう言ってイアンさんは話し始めた。
天兵長、ルーン・エンジェラと天兵たちについて。
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まず、天兵長ルーン・エンジェラは、正義感の強い真っ直ぐな女性。部下をまとめる指導力も高く、天兵時代から天兵長やベテランの兵士たちに評価されてきた数少ない逸材だ。
前の天兵長、グリオネス・エンジェラ_____ルーン・エンジェラの父が戦死したのをきっかけに、ルーン・エンジェラは父の教えを受け継いで天兵長に就任した。
「まぁ、その今の天兵長の父親を殺したのは僕なんだけどね」
イアンさんは、何とも言えない気の抜けた感じで言った。
元々イアンさんは弱いのではなくて、グリオネスが生きていた時はイアンさんも最前線で戦うバリバリの現役だった。
そして、今でこそ少ないけど当時は何百何千といた鬼衛隊のメンバーのうちの一グループのまとめ役をしていた。
天兵長を殺められるほどの実力があったくらいなのだから、当然強いはずだった。
その腕前は、当時の鬼衛隊長____イアンさんのお爺さんにあたる吸血鬼も評価していて、将来の大出世も大いに期待されていた。
「でも、僕が天兵長を殺したことで、天兵からの襲撃が頻度を増していっちゃって。それで上から忠告を受けたんだ」
「何の、ですか?」
「『君のせいで街が危険な状態にさらされている。今回天兵の奇襲回数が増えて予測不可能だったのは、おそらく長を殺された復讐のためだろう。復讐は長を失った者達にとっては、当然の事だがな』って。忠告と言うより、もう力を使うなって言われてるように感じたんだ」
私はなおも走りながら、寂しそうなイアンさんの背中を見つめる。
「いくら戦闘だったって言っても、やっぱり自分のせいで誰かが悲しむのは嫌だった。だから、力を無くして弱い吸血鬼でいようって思ったんだ。おかげで今はこんなへなちょこだけどね」
イアンさんはそう言って、情けなさそうに笑った。
「僕が力を無くした事で、勿論みんなに迷惑かけちゃった。今回も、ユキを僕が守れなかったせいでこんなことになってるんだ」
イアンさんは、走る足に力を込めた。
「僕はもう二度と、仲間に迷惑かけたくないんだ」
「イアンさん……」
イアンさんの過去。私が知らなかった過去。聞くだけで辛かった。でもそれを体験したイアンさんはもっと辛かったはずだ。
イアンさんたちに出会ってすぐは、イアンさんはただ弱い吸血鬼なんだって思ってた。これから強くなるのかなって。
でも違った。元々最強クラスの力を持ってたけど、そのせいで街が危険な状態になったから自らの手で力を消した。
知らなかったとは言え、ただ弱い人なんだと解釈していたことに、私はすごく申し訳なさを感じた。
「イアン様!」
後ろからミリアさんの声がして、イアンさんが立ち止まって振り返る。
「どうした、ミリア」
ミリアさんは、大きな道から外れた細い道の方を見ていた。
イアンさんがミリアさんの所まで戻って、ミリアさんと同じ所を見る。
「……レオ!」
イアンさんはそう呟くが早いか、全速力で走って細い道の奥に消えた。
「あ、もう! 何で一人で行くのよ!」
キルちゃんが呆れながらその後を追いかける。
「っ!」
私もキルちゃんの後を追って走り出した。
元はと言えば、私を逃がすためにレオくんは身体を張ってくれたおかげで、私は今こうして無事で居られるんだ。
なのに、私が何もしないなんて間違ってる!
「気をつけてくださいませ、ユキ様。何があるかわかりません」
私の後ろで走るミリアさんが忠告してくれた。
「はい!」
私は返事をして、細い道に入っていった。
この先にレオくんがいるんだ。必死に戦ってくれてるレオくんが。
____レオくん、ごめんね。待っててね。
私は心の中でそう願った。
その願いが彼に届く事を祈りながら。




