第144話 最大限の感謝を込めて
王宮までの帰路。
亜子ちゃんと並んで暗い道のりを歩いていると、
「雪、今まで本当にごめんなさい」
急に亜子ちゃんが暗い顔で謝ってきたのだ。
「亜子ちゃん……?」
どうしたんだろう。急に謝ってくるなんて。
彼女は自嘲気味に口角を上げて、
「ここまで来たら言い訳っぽく聞こえちゃうかもしれないけど、今まであんたを馬鹿にしたり酷い言葉ばかりかけたりしてたのには、ちゃんと理由があったの。心結……グレースを雪に近付けないためだったの」
亜子ちゃんの言葉に、私は思わず息を呑んだ。
ただ私のことが嫌いだから、苛めてくるんだとばかり思っていたから。
亜子ちゃんは、目を伏せたまま静かに言葉を紡いだ。
「グレースは人間界に降りてきた時点で、あたしの正体にも雪の正体にも簡単に気付いてた。それで喜び勇んで雪に何度も近付こうとしてたの」
「ええっ!? そうだったの!?」
全然気付かなかったよ……。
亜子ちゃんは、真剣な表情を崩さずに顎を引くと、
「このままじゃ雪が氷結鬼になっちゃうと思って、それがすごく怖くて。グレースはあたしがどんなに遠ざけようとしても懲りなかった。だったら雪の方から遠ざかってもらったら良いんじゃないかって思い付いたの」
その考えに行き着いて私を苛めて、私が自分から亜子ちゃんや取り巻きの女子達を避けるように計算したってことか。
すごい……。私は、まんまとその作戦に乗せられたわけだ。
「本当は雪は何も悪くない。生きる価値だって十分にあるわ。でも……ああやって傷付けるしか、方法が思い付かなかった。雪が氷結鬼になったらって思うと、焦りが止まらなくて」
私も思い出した。『生きる価値なんてない』と言われたのに流石に腹が立ち、初めて言い返したあの日。
そのせいで亜子ちゃんからの印象もゼロ、もといマイナス次元にまで突入したと思っていた。
そんなことさえも、亜子ちゃんの作戦だったなんて……!
私が心の中で感心している間も、亜子ちゃんの表情は曇ったまま。
自分を否定するかのように、ブンブンと首を横に振って、
「でもたとえどんな理由があっても、無差別に他人を傷つけるなんて行為は許されないわ。だから雪にも、一生嫌われたままで良いって思ってる。この件も片付いたわけだし、あたし達も人間界に戻ってこれまでと同じ生活を送るようになるんだから……」
そんな……嫌われたままで良いなんて……。
「なに言ってるの? 亜子ちゃん」
____私だったら絶対に嫌だ。
いや、亜子ちゃんも、本当はそんなこと思っていないはず!
「……えっ?」
亜子ちゃんは勢いよく顔を上げて、驚いた表情で私を見つめた。
闇夜に紫色の瞳が光っているのは、亜子ちゃんが目を潤ませているからだろうか。
必死に涙を堪えてまで、『嫌われたままで良い』って言ってくれるなんて、優しすぎる。
そんな人のこと____。
「……亜子ちゃんのこと、嫌いになったりするわけないよ」
亜子ちゃんの紫色の瞳が、目を見開いたことで豆粒のように小さくなる。
「な、何でよ。あたしは……あたしは、どれだけ謝っても許されないことを何回も何十回もしてきたのよ!? 雪のこともこれ以上ないってくらい傷付けたのに……」
身ぶり手振りで必死に言い訳をして、亜子ちゃんは自分を許すなと言わんばかり。
自責の念が痛いほど伝わってくるのを感じながら、私は地面を見つめた。
「確かに、色々言われたのは悲しかったし辛かった。正直、ものすごく傷付いたよ。でも、それ以上に亜子ちゃんは、私を助けるために自分の危険も省みないで頑張ってくれたでしょ? 私はそれだけですごく嬉しいの」
「そ、そんな……」
「それに、私のこと『雪』って呼んでくれたし、私が『亜子ちゃん』って呼ぶのも許してくれたでしょ? 私の、友達になってくれたでしょ?」
「そ、そうなのかしら……」
亜子ちゃんは、まだ自信が無いようだ。
『名前で呼び合うだけで友達だなんて、甘いわよ』
きっと、そう思われているに違いない。____でも!
「私の中では、名前で呼び合える関係になったら全員友達だよ」
「そう……」
それでも自信無さげに目を伏せる亜子ちゃん。
そんな彼女に、私は伝えた。最大限の感謝を。
「亜子ちゃん、今まで悪役を演じてきてくれてありがとう。私を守るために必死に頑張ってくれてありがとう。____友達になってくれてありがとう」
「ゆ、雪……」
唇を震わせる亜子ちゃんの目から、透き通った涙が溢れ出した。
ピンク色になった頬をつたいながら、涙は後から後から流れて止まらない。
「え!? あ、ちょ……な、泣かないで!?」
私が驚いて手を振ると、亜子ちゃんはキッと目を見張った。
「な、泣いてないわよ! 馬鹿! ホコリよ、ホコリ!」
慌てたように両腕でゴシゴシと目をこすり、そう言い訳をする。
「夜だし、外なのに?」
言い訳だと分かっていながらも、私は尋ねた。
すると亜子ちゃんは余計に顔を真っ赤にして、
「う、うるさいわね! とりあえずホコリが目に入って勝手に涙が出てきたのよ」
「そっか。分かった。そういうことにしとくよ」
苦し紛れの気持ちは尊重しないと。これは純粋にそう思う。
「あ、あんたね……!」
私は思わず吹き出してしまった後に、亜子ちゃんの両手を包み込むように握りしめた。
「本当に、本当にありがとうございました」
最大限の感謝を込めて、深々と頭を下げた。
「そ、そんなこと言って、これからも迷惑かけるつもり……なんでしょ?」
それって……!
「これからも一緒に居てくれるの!?」
亜子ちゃんは私から顔を逸らすと、モゴモゴと呟いた。
「あたしと雪の関係を勝手に友達にしたの、雪じゃない」
「えへへ、そうだね」
私が笑うと、亜子ちゃんも困ったように笑みを浮かべた。
気が付くと、正面には明かりが灯っていた。
色々と喋っている間に、いつの間にか王宮に着いていたのだ。
「ユキ」
「イアンさん! 皆!」
王宮の門の前では、イアンさん、レオくん、ミリアさんが待っていてくれた。
イアンさんが、レオくんに支えられながらもしっかりと足を踏みしめて目を細める。
「……戻ったんだね」
「はい……!」
イアンさんはたくさん涙を溜めて、赤い瞳を潤ませていた。
そして私を抱き寄せると、しっかりとした腕で優しく抱き締めてくれた。
「おかえりなさい、ユキ」
「ただいま……戻りました……」
いつも学校帰りに吸血鬼界に転移して、イアンさん達のログハウスにお邪魔する時に決まってする挨拶。
それが今は、これまで以上に暖かいものになった気がした。
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それから私は、風馬くんと亜子ちゃんに、明日の早朝には人間界に戻ろうと提案した。
嬉しいことに、二人とも二つ返事で了解してくれた。
そして誠さんにも確認したところ、大丈夫だとOKを貰えた。
相変わらずキルちゃんの意識は戻らないままだけど、ミリアさんとテインさん、そしてスピリアちゃんがしっかりと看病をしてくれるそうだ。
特にスピリアちゃんは、キルのために頑張ると意気込んでいて、その姿がとても可愛らしかった。
____そして『村瀬雪』として吸血鬼界の王宮で迎える、初めての朝がやってきた。




